第14話 わたしの試練



 外へと飛び立つと、血なまぐさい臭いと、土埃がもうもうと立っている。

 ラベンダーの羽が広がり、またたく間に先へ先へと進んだ。


瘴気しょうきに満ちているわね」


 辺り一帯が穢れている。黒い力が取り巻いているのが分かった。


(手を貸すわ)

「ダメよ」


 ラベンダーは首を振った。


「あなたは力を蓄えておかなきゃ。これはわたしの試練でもあるの」

(試練?)

「ええ。わたしはこの妖精の世界をつかさどる王女よ、世界を守らないでどうするの」


 ラベンダーの目は生き生きと輝いていた。

 ラベンダーの翼は一瞬で、何マイルも先へ移動できるようだった。城はもう形すら見えない。


 アニスは地上を見た。土埃を上げているのは、黒い犬と騎馬隊だ。

 騎馬隊に乗っているのは、黒い騎士たちで目が赤く燃えている。


(あれは……)

「奴らは生き血を求めて走っている」


 ラベンダーは憎々しげに言ったが、前を見据えた。


「あいつらをやっつけたいところだけど、今は、あなたの肉体が先だわ」


 アレイスターは、もっと東にある領土だ。


 昔、アレイスター城主が、魔女や悪魔たちの世界を作り上げようとした。その当時、魔法使いであふれかえった。魔法使いを恐れた妖精たちだったが、その強大な力はアレイスター城主一代で終わったという。しかし、力は子孫にも影響しているはずだ。以来、アレイスターに近づく者は数少ない。


 アレイスターに行くためには山を越えなくてはならなかった。何日も飛び続けることはできない。一度、地上へ下りて力を蓄えてから出発をするつもりだった。



 ラベンダーは一気に遠くまで飛んだので、少し休憩をしようと地上へと向かった。降り立つ前に、半径一キロメートル以内の場所を浄化しなくてはならない。

 深い森の中へ入る直前に、鳥たちがいっせいにラベンダーたちへと向かって羽ばたいてきた。


「あっ」


 ラベンダーは顔を覆って、体勢を崩した。


(大丈夫?)

「ええ、アニスは?」

(わたしは大丈夫よ)


 アニスは、ふわふわと浮かんでいる。少し、顔色が悪い。


(瘴気が強いみたい)


 ラベンダーは手のひらを上に向けた。呪文を唱えると、ヨモギ色のドレスをまとった小さな妖精が現れた。


「マグワート(ヨモギ)よ、アニスを守って、常に浄化し続けるのです」


 妖精は小さく頷いてアニスの髪の毛に入っていった。さわやかなすっきりした香りがする。


(ありがとう)


 アニスはお礼を言って、大きく息を吸い込んだ。顔色が少し明るくなる。光りも強くなった。


「鳥たちが飛び立ったということは、何か起きたのね」


 ラベンダーが呟いた。


(助けに行きましょう)

「でも……」


 ラベンダーは渋った。こんなところで時間を費やしてはいけないのに。


(わたしのことはいいから、困っている人がいたら、助けてあげなきゃ)


 アニスが言ったが、口を噛んで思案していたラベンダーは首を振った。


「いいえ、ダメよ。このまま飛び続けるわ」


 アニスの手首をつかみ、ラベンダーは羽を広げた。だいぶ疲れていたが、そんな悠長なことを言っている場合ではない。


(ラベンダー、無理をしないで)


 アニスに心配をかけてはいけない。ラベンダーはほほ笑んだ。


「心配しないで」


 アニスは、ローワンのことが気がかりでならなかった。なんとなくだが、彼は必ずラベンダーを追いかけてくると思っていた。


(ねえ、ドアに仕掛けた魔法ってなんだったの?)


 ラベンダーは、にやりと笑った。


「テレポートキーよ」




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