第23話 特定できない森



 マーメイドが先頭に水に入る。

 ジョーンズはその後に従い、次にフェンネル、エヴァンジェリン、最後にアレイスターが続いた。先ほどまで汚れていた池は、美しい世界へと変わっていた。

 アレイスターの墓もない。

 一体どうなってるんだ? ジョーンズの頭は混乱した。しかし、どこまで行くのか。息が続くだろうかと心配をしていると水面が見えてきた。顔を出すと、別の場所へとつながっていた。


「ここは……」


 緑に囲まれていたが、明らかに墓場の池ではない。


「ここは、湧き水によってできた池よ。人間たちには見つからないように、わたしたちが守っているの。特に、あなたのような人間には絶対に知られたくなかったのだけど」


 マーメイドは、アレイスターを見て言ったが、当然、彼はこの場所を知っていたと思われた。驚きもせず、にやにや笑っているからだ。


(もちろん、俺は知っていたよ。だが、ここへたどり着く前に生き長らえなかっただけのことだ)

「死んでくれてよかったわ」


 二人が話している横で、エヴァンジェリンは目が生き生きとして、先ほどまで傷だらけだったとは思えないほど回復していた。そして、ジョーンズ自身も体が軽くなったのに気付いた。


「この水は治癒・治療力ヒーリングでもあるのよ」


 マーメイドの説明を受けて地上へ出ると、深い森の中に迷い込んだ錯覚を覚えた。

 驚いたのは、マーメイドの尾ひれが足に変わっていたことだ。今は、淡い水色のクレープドレス姿で歩いている。


「ここへはマーメイドの案内がないと来られないわ。常に場所を移動しているの。つまり、場所を覚えた所で無意味なのよ」

「じゃあ、アニスの魂はどうやってここへ来るんだ?」


 ジョーンズが尋ねると、マーメイドは答えなかった。


「不可能じゃないか」

「アニスはきっと来る」


 フェンネルが代わりに答えた。


「彼女には、僕がずっと指導してきたのだから」


 ジョーンズは信じられなかった。


「僕が探しに行くよ。ここで待っていてもどうにもならない」

「死体を見るんじゃないのか?」


 フェンネルの言い方にムッとした。


「言葉に気をつけてください」

「アニスは死んだんだ」

「まあまあ、二人とも」


 マーメイドが間に入った。ジョーンズは、ふうっと息を吐いた。このフェンネルの性格からして、よくマーメイドが手伝ってくれるな、と不思議に思った。


「なぜ、あなたは手伝ってくれるのですか?」

「取引したのよ、この魔法使いと」

「取引?」


 ジョーンズが首を傾げる。


「アニスを隠す場所は、ずっとマーメイドの棲みかにしようと考えていたんだ」

「何と取引したんですか?」

「彼女は石が大好きなんだ」

「パワーストーンを集めているの」

「僕も石の収集家でね。常に、新しい石を探し求めている」


 フェンネルの言葉は無視して、ジョーンズはマーメイドの胸元に光るクリスタルを見つめた。


「このパワーストーンのおかげで魔力が上がったわ」


 マーメイドはうれしそうだ。一行が少し進むと白い物体が見えた。ジョーンズは眉をひそめた。


「あれは何ですか?」

「あっ」


 マーメイドが口を押さえて立ち止った。


「なんてことっ」


 こわばった顔で繭のような物体に駆け寄った。


「これは何ですか?」

「魔女よ。ここに寝かせていたの」


 みんながいっせいにアレイスターを見た。

 今まで黙っていたアレイスターは、口を開けて繭を見つめていた。


(面白いっ)


 手を叩いて繭のそばに近寄る。耳を当てて臭いを嗅いで、こんこんと繭を叩いた。


「アレイスター卿、これはどういうことでしょうか」


 フェンネルがこわばった顔で尋ねた。


(どういうことって、俺も知らんよ)

「本当にアニスなんですか?」

「だって、ここには誰も入れないのよ」


 マーメイドはおろおろと言った。


「生きているのか死んでいるのか、これではもっと分からなくなりましたよ」


 ジョーンズが怒って言うと、誰もが口をつぐんだ。アレイスターはにやにやしている。


(復活するんだよ、この魔女は)


 沈黙を破って、アレイスターが言った。


(復活を遂げる魔法使いは稀だ。俺はできなかったが、お前はできた)


 フェンネルを指さす。ジョーンズは驚いて、白い魔法使いを見つめた。

 彼は一度、死んだのか。


「わたしは覚えていないのです……」


 フェンネルの声は硬い。


「この状態が復活の兆しなのか、正直言って分かりません」

「あんた、アニスを復活させる気はあるのか」


 ジョーンズがつかみかかる。


「あるに決まっている」


 フェンネルは、ジョーンズを睨みつけた。


(この繭は生きているぞ。間違いなく、何かが中に入っているんだ)


 アレイスターは、興味深そうに繭のそばにしゃがみ込んだ。そして、


(ああ、俺も肉体があれば、復活するのに)


 とぼそりと呟いた。


(なあ、俺を復活させてくれ、暗黒世界が始まるのなら、俺の力も必要となるだろう)

「いいえ、あなただけは復活させません」


 フェンネルは頑なだった。


(頑固な男だ)


 しかし、アレイスターはうれしそうだった。何か、考えがあるのだろうか。


 ジョーンズは繭のそばに近寄った。

 人が入る大きさは十分ある。


「何でできているんでしょう」


 ジョーンズが触れると、それは確かに糸で紡いであった。


(娘が吐き出して作ったか、とにかく見たかったな)


 アレイスターの冗談に胸が悪くなる。


「本当にアニスが入っているのでしょうか」

「待つしかないな……」


 フェンネルが答えた。


「アニスは必ずここに来るのだから」

「なぜ、そう言い切れるんですか?」

「肉体がここにあるからだ。間違いなく、アニスは中にいる」


 フェンネルが自信を持って言う。

 ジョーンズは不安でたまらず、何度も繰り返すが、自分に力があればと切に思った。

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