第22話 マーメイドの棲みか
(そうか、マーメイドの棲みかにアニスを隠したのか)
アレイスターが現れてにたにたと笑った。フェンネルが悔しそうな顔でアレイスターを睨んだ。
「やはりあなただったか、アレイスター卿」
(お前らが何もせんから手伝ったまでだ)
にやっとするアレイスターに、フェンネルは息を吐いた。ジョーンズは、マーメイドを見て驚いた。
「あなたの所にアニスはいるのですか?」
「魔女のことね。ええ、いるわ」
マーメイドはじろじろとジョーンズを見た。
「あなたはあの魔女の何なの?」
「僕は……」
ジョーンズはためらった。今さら、彼女の婚約者などとは言えない。
「アニスの友人です」
「ふうん……」
マーメイドは顎に手を当てて何やら考えていたが、頷いた。
「いいわ、連れて行ってあげる」
ジョーンズの顔がぱっと明るくなった。
「感謝します」
ジョーンズがお礼を言うと、マーメイドはにっこりと頷いた。
「案内するわ」
「待ってくれ」
フェンネルが慌てて止めに入った。
「魂が戻っていない」
「魂が戻っていないとはどういうことですか?」
ジョーンズが険しい顔でフェンネルを睨んだ。フェンネルはバツの悪い顔で大きく息を吐いた。
「肉体が朽ちた後、アニスの魂はどこかへ飛んでしまったらしい。今、復活するのは無理なんだ」
「どうしてそれを早く言ってくれないんですか」
「あの時の君はただの人間だった。それに、なかなか目覚めなかった」
ナーダスは、アニスは死んだ、もう生き返らないの一点張りだった。
「では、あなた方はアニスを復活させる気はあったのですね」
「当たり前だ」
フェンネルがむっつりと答える。ジョーンズはあやうく怒鳴りそうになった。
「どうでもいいけど、早くしてよ」
マーメイドがしびれを切らして急かす。
「アニスの魂は必ずここへやってくるはずだ。一緒に行かなければ意味がない」
「いつまで待てばいいの?」
マーメイドは短気らしい。腕を組んでフェンネルを睨んだ。
「わたしは待つのが嫌いなの」
フェンネルは、マーメイドには勝てないらしい。
「分かった。行こう」
ジョーンズは、傍らにたたずむ傷ついた白鷺を見た。
「少しだけ待ってください。エヴァンジェリンのケガをなんとかできませんか?」
白鷺はうなだれたままじっとしている。
人間に戻る力もないようだ。
「おいで、エヴァンジェリン、傷を見せておくれ」
ジョーンズがしゃがんで白鷺の羽に刺さる矢じりを見た。
「抜いたら血が出るぞ」
フェンネルがぼそっと言った。
「それくらい分かります。それよりも彼女を助けてください」
フェンネルは何か言い返そうとしたが、そんな暇はないと思ったのだろう。白鷺のそばにしゃがみ込むと、ローブの袖から軟膏を取り出した。蓋を開けて手のひらをかざし、ぶつぶつと呪文を呟いた。
「マロウよ、この鳥の傷を癒やし、浄化しておくれ」
それから、軟膏を指に取った。
「その矢じりを抜きなさい」
ジョーンズは言われた通り、鳥に刺さった矢じりをできるだけ短く折り、残りの刃がついている半分の方を引き抜いた。白鷺が両足を曲げて地面に倒れた。
フェンネルは溢れだす血を布で止血した後、すぐに軟膏を塗った。血が止まると、白鷺が頭を起こした。
「大丈夫かい?」
白鷺がこくりと頷く。ジョーンズはほっとした。傷は治ったが疲れているだろう。ジョーンズは、エヴァンジェリンを気遣って言った。
「お前はここで待っていなさい」
ジョーンズが言ったが白鷺は首を振った。そして、人間の姿に戻った。
エヴァンジェリンの白いドレスは赤く染まり、銀髪もところどころが血で濡れている。頬にも血がついて、手足はさらにひどい姿だ。ジョーンズは顔をしかめた。
「無理はしなくていいんだよ」
「無理はしていません」
エヴァンジェリンは口をへの字に曲げて、池に映る自分の姿を見た。
「傷は治っています」
「わたしに任せて」
マーメイドがにっこりと笑い、池の中に手をかざして呪文を唱えた。
聞き取れない言葉で何を言ったのか分からなかった。すると、水は透き通り、青空が反射して、真っ青の池になった。
「さあ、この水で体を清めなさい。きれいになるわ」
エヴァンジェリンが手足を洗うと、血がすっかり洗い流され、顔も元の白さになった。
「どうでしょうか、ご主人さま」
エヴァンジェリンが振り返る。ジョーンズは頷いた。
「綺麗だよ」
そう言うと、エヴァンジェリンがにやりと笑った。彼女が笑うのを初めて見たが、笑顔の仕方も教えた方がよいかもしれない、とジョーンズは思った。
「さあ、行くわよ」
(俺も行くぞ)
アレイスターが言うと、フェンネルは顔をしかめた。
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