第21話 そっぽを向く白い魔法使い



「エヴァンジェリンっ……」


 かばってくれた一羽の白鷺の白い羽には、鋭い矢じりが刺さって血に染まり、真っ赤だった。しかし、彼女はジョーンズを守るように羽を広げている。

 顔を上げると、空が真っ白になるほどの数の白鷺が飛んでいて、ジョーンズの周りで羽ばたいていた。


「仲間を呼んでくれたんだね」


 鋭いくちばしで魔法使いたちを威嚇して、突いて交戦する。すると、すうっと魔法使いたちが消えて、たった一人だけが残った。


「フェンネル……」


 ジョーンズは、アニスの師匠、白い魔法使いを見つめた。

 フェンネルは険しい顔をしていたが、ジョーンズの肩に手を置いて、脱臼した肩を元に戻した。

 ジョーンズは顔をしかめ、ケガをした腕を支えて立ち上がった。


「君はなんてことをしてくれたんだ」


 フェンネルが硬い声で言った。


「僕は間違ったことはしていません……」


 きっぱりと答えた。


「アニスは死んでいないんです」

「君は見ていないからそんな勝手が言えるんだ」

「ええ、見ていないから信じられないんです。僕のアニスを返してください」


 ジョーンズが言うと、フェンネルが眉を吊り上げて、せせら笑いをした。


「君のアニス? アニスが入れ替わっていたことにも気付かなかったのに」

「えっ?」


 ジョーンズはドキッとした。今の言葉は何だ? どういうことだ?

 頭がぐるぐるした。でも、今はそんなことを考えているはない。


 ジョーンズは握りこぶしをした。

 何を言われてもアニスのためにじっと我慢した。すると、血で赤く染まった白鷺がすっと出てきて、口にくわえていた魚を差し出した。


「エヴァンジェリン……」


 差し出された魚は動いていない。


「死んでいる?」

「それはアニスじゃないよ。間違いなく」


 見下したようにフェンネルが呟いた。

 ジョーンズが手のひらに魚を乗せると、ぴくりと動いた。


「では、アニスはどこにいるんです? 会わせてください」


 ジョーンズは魚をじっと見つめた。うろこが一枚だけ光っている。汚れでもついているのだろうか。

 目を凝らして青い光を放つ鱗をそっとこすると、魚が飛び跳ねた。


「わっ」


 ジョーンズが驚くと、魚は池の中へ飛び込んでしまった。

 フェンネルの顔がこわばり、後ろに下がる。

 池の中から泡ぶくが出てきて、ぬーっと人の頭が現れた。金髪の若い女性が顔を出し、緑色の大きな瞳でジョーンズを見つめた。


 黒い池の中から現れた美女は上半身裸だった。健康的な肌をしていたが、彼女は人間ではなかった。胸元にはしずく型の無色透明のクリスタルのネックレスをつけている。


「扉を叩いたのは誰?」


 女が言う。甘く柔らかい声だった。

 フェンネルが素早く答えた。


「この男だ」


 ジョーンズを指さし、自分はそっぽを向く。

 女の体が池の浅瀬に寄り、両手をついて体を起こした。ジョーンズは息を呑んで彼女の姿を見つめた。


 初めてマーメイドを見た。

 下半身の尾びれは青く、昇って来た朝日に反射して鱗がキラキラ光った。


「あなた、名前は?」

「僕は……ジョーンズ・グレイ」

「わたしは見ての通りマーメイドよ」


 人魚はにやりと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る