第20話 魔法使いの幽霊



 戻ってこちらは、ジョーンズが池の中で苦戦している最中である。


 池の中で、光り輝く小魚をエヴァンジェリンが捕らえた。

 ジョーンズはすぐにエヴァンジェリンを追って、水面へと浮かび上がった。そして、顔を出したとたんに攻撃を受けた。


(わっ!)


 黒い矢が目の前を通過していく。実体でなければ、ケガをしていたかもしれない。

 気がつけば、池は取り囲まれていた。全て幽霊だ。

 死んでいるのに、物質攻撃ができるのか。ジョーンズはぞっとした。


(エヴァンジェリン!)


 ジョーンズは使い魔の名を呼んだが、彼女の姿が見えない。


(ま、待ってくれっ。僕はアレイスターを復活させる気など……。わっ)


 幽霊たちに訴えたが、容赦なく攻撃が始まり、ジョーンズは再び池の中に戻った。しかし、池の中では、無数の骸骨がジョーンズの足首をとらえ引きずり込もうとしている。ジョーンズは慌てて池の中から飛び出し、地面へと転がり出た。


 実体に戻るべきか逡巡する。

 戻ったとしてもすぐに攻撃されたら、今度こそダメかも知れない。

 光る魚をくわえたエヴァンジェリンはどこへ行ったのだろう。あの魚こそ、アニスの居場所を握る鍵なのに。


 とにかく、ジョーンズは自分の肉体へと向かった。いつまでも肉体から離れていると、なんとなく疲れやすいような気がしていた。

 背後には魔法使いたちの手が伸びてくるが、実体ではないので何とか交わす事ができた。


(おーいっ。ここだ、ここ)


 アレイスターが手招きしている。ジョーンズは夢中で自分の肉体の上に寝転んだ。目を閉じて集中する。


「くっ。はあっ……」


 肉体に戻って目覚めた時、一気に空気を吸い込んだ。動こうとしたが、鉛のように体が重くてうまく動けない。その時、鋭い剣先が目の前をかすった。

 驚いて体を回転させる。膝をついて立とうとしたが、うまく立てなかった。

 気がつけば、幽霊たちに羽交い絞めにされていた。


「くっそう…っ」


 もがけばもがくほど力が込められる。手足を拘束されて動けない。

 何か魔法が使えればいいのに、呪文の言葉など何ひとつ知らないのだ。

 目の前に、青白い幽霊の魔法使いが現れた。表情は怒りを押し殺したような顔をしていた。


(目玉をくり抜かれたいか)


 男の低い声が耳元で聞こえた。ジョーンズは背筋が震えた。


「それは嫌だ……」

(そうだろうな。まだ、未熟者らしいから、お前が死んでも復活は不可能だ)

「聞いてくれ。僕はただ、アニスの肉体を探すために池の中に潜っただけだ。アレイスター城主とは無関係なんだ」

(みんな、そう言う)


 くっくと男は笑った。

 これでは話しにならない。


 ジョーンズは背中がぐっしょりと濡れているのを感じた。

 息をするのもやっとで、周りを見渡せば、恨みのこもった幽霊たちに囲まれていた。しかし、ここで死ぬわけにはいかない。なんとしてでもアニスを復活させるのだ。


 アニス! 


 彼女をこんなおぞましい場所で復活させるのか。

 幽霊に囲まれ、腐敗した自分の肉体から新たに生まれてくるのか?


 彼の迷いが幽霊たちに通じたのだろうか。

 魔法使いは顔を近づけると、冷たい息をジョーンズに吹きかけた。体が凍るように冷たくなる。唇が震えだし、手先に力が入らない。

 ジョーンズはぐったりして、意識を失いそうになった。


(こいつを殺せっ)

(手足を引きちぎれっ)


 両手が引き延ばされ、片方の腕が脱臼して、あまりの痛みにジョーンズが悲鳴を上げた。


(色男の目玉はあたしがいただくよ)


 女のかすれ声がして薄目を開けると、白い髪の女が指を伸ばし、ジョーンズの目をくり抜こうとニヤニヤしている。

 ジョーンズは必死で顔を背けた。すると、ぎゃっと悲鳴が上がって魔女が後ずさりした。頭上で、ガアーガアーっとけたたましい声が無数に聞こえたかと思うと、羽音が聞こえた。

 目を開けると、白鷺が自分を取り囲んでいた。

 その時、魔法使いが放つ黒い矢じりが再び攻撃してきた。ジョーンズはとっさに腕で庇うと、一羽の白鷺が飛び出した。

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