第19話 この野獣



 突然、現れたローワンは、アニスからラベンダーを奪い、腕に抱いて頬を叩いた。


「おいっ。ラベンダーっ」

「ローワン……。ねえ、ここはどこなの?」


 女性の声がしてアニスが振り向くと、空色のナイトドレスを着た胸の大きい女性が立っていた。その女性が、ラベンダーが言っていたリリーオブだとすぐに分かった。


 なぜ、彼女がここに……。


 あんぐりとリリーオブを眺めた後、ローワンを見つめた。

 ふつふつと怒りが沸いてくる。


 本当だったのだ。ローワンはテレポートキーで、リリーオブの寝室へ行ったのだ。それから先のことなど……知りたくもないっ。


(この野獣、その汚らわしい手でラベンダーに触れないでっ)


 アニスがローワンの肩を押し返そうとしたが、触れることができない。


「一体何があったっ」


 ローワンは大声で吠えたが、アニスも負けじと言い返した。


(あなたが浮気している間、わたしたちは死んでいたかもしれないのよっ)

「お前のせいだろうがっ」


 アニスは、ローワンの頬を叩こうとしたが、無駄だと分かり手を下ろした。

 アニスはこぶしを握り彼に説明をした。


(ラベンダーは、わたしをアレイスターへと送ってくれていたの。でも、その途中で、ラベンダーが突然意識を失って……。それで、ローズマリーの茂みに落下したのだけど、わたしにはどうすることもできず、ローズマリーの妖精に頼んだら、妖精がここへ連れて来た……。ラベンダーは意識を取り戻したんだけど、ワインが飲みたいと言って……。その直後、騎馬隊が現れたのよ。戦ううちにあなた方が現れて、ラベンダーは何かに気を取られた瞬間、騎馬隊に跳ね飛ばされたの)


 ローワンの顔がこわばり、噛み切れそうなほど唇を噛んだ。


「俺のせいだな……」


 彼は悔やんでいるようだった。


 そうよ、あんたがリリーオブを連れてきたから、気を取られたラベンダーがケガをしたのよ。


 アニスはそう叫びたかったが、思いのほか、ローワンが後悔しているようなので、ぐっと言葉を呑んだ。


(なぜ、彼女を連れて来たの……?)


 かろうじてそれだけ言うと、ローワンはそれに答えずに、ラベンダーをそっと抱きあげた。


「ラベンダーをアレイスターへ連れて行き、介抱してもらう。様子がおかしい」

(ワインのせいよ)

「なんだと?」

(ラベンダーは、ワインを一気に全部飲み干したのよ)

「嘘だろ……?」


 ローワンは困惑してラベンダーを見つめた。ラベンダーはぐったりとしたまま動かない。


(生きているんでしょ?)

「当たり前だ」


 ローワンが怖い顔で答えた。彼は小鳥のひなを抱くように、自分の肩口にラベンダーの頬をそっと乗せると、アニスを睨んだ。


「最初から、俺が連れて行くことができなたなら、こんな結果にはならなかった」


 片側にはリリーオブがぴったりと寄り添っている。ローワンはリリーオブの腰をしっかり抱き、アニスの手首をつかんだ。

 アニスは、その手を振り払いたかった。しかし、アレイスターへ戻らなければならない。

 唇を噛みしめ、ローワンから目を逸らす。ラベンダーのことを思うと心が痛んだ。


 なぜ、ラベンダーがあなたから離れようとしているのか、考えた事はある? 


 ローワンに聞きたかったが、ラベンダーを助ける方が先だった。


「行くぞっ」


 ローワンが叫んだ。

 一瞬で、四人の体は舞いあがり、ラベンダーとは比較にならないスピードで山を越えていった。

 

 アニスは涙をこらえきれず、アレイスターへと向かった。



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