第18話 黒い騎馬隊



 あろうことか、ラベンダーはワインを飲みほしてしまった。


(信じられない、あなた全部飲みほしたわ)

「疲れていたのね」


 ラベンダーは何気なく言ったが、それどころではない。

 お酒を飲んだことのないアニスにとって、ワインを一本空けるということはとんでもないことだった。

 ラベンダーはとろんとした顔でアニスを見ているが、ぼんやりとしている。


(絶対、飲み過ぎよ)

「平気よ」


 ラベンダーはすっと顔を上げた。


「アレイスターはあの山を越えたらいいと言ったわね」

(ええ……でも)

「行くわよ」

(待って)


 アニスは慌てて押しとめた。その時、妖精の王女であるラベンダーに向かって、一羽の鳥が近づいてきた。

 鳥は、妖精の女王であるラベンダーに、大きく翼を広げると優雅にお辞儀をした。ラベンダーはそれを見て顔をしかめた。


「なぜ、ここにローワンがいるの?」

(え?)


 アニスはあたりをきょろきょろした。ローワンの姿はない。


(やっぱり、酔っているのね?)

「いいえ、酔ってなど……」


 ラベンダーは口をつぐんだ。その時、湿った生温かい空気と共に、池の向こうから黒い騎馬隊が現れた。


 瞬時に、空気が穢れた。


 鳥たちが一斉に飛び立つ。

  騎馬隊に乗っている真っ黒の騎士が一羽の鳥を狙った。弓矢を引いて、鳥に向かって矢を放った。


「やめなさいっ」


 ラベンダーが杖を取り出し、一振りすると、矢で攻撃した騎馬が燃えあがった。

 つんざくような雄たけびが辺りを包み込んだ。アニスはその鋭い声に耳を押さえた。燃えあがった騎士の後から、残りの騎馬隊が一斉に突撃してきた。

 ローズマリーの妖精は悲鳴を上げて飛び立ち、たちまち見えなくなってしまった。


 涎をまき散らした赤い目玉の黒い馬と、黒い兜にマントを羽織った騎士たちは、ものすごい勢いでこちらへ突進してくる。


(ラベンダーっ)


 アニスは恐怖に震えあがった。

 ラベンダーは杖を持ちかえると、呪文を唱えた。

 池の水が盛り上がり、騎馬隊めがけて大量の水が襲いかかった。

 列を崩した騎馬隊の一部は池の中へ消えたが、森の向こうから蹄の音と共に先ほどの倍の数の騎馬隊が現れた。

 ラベンダーは杖を振り上げた。その時、頭上から女の鋭い悲鳴が聞こえた。


 アニスは体を震わせて耳を押さえた。

 ラベンダーの目が見開き、一瞬体が凍り付く。その隙をついた騎馬隊が猛烈に突っ込んできた。


(ラベンダーっ)


 アニスが悲鳴を上げた。

 ラベンダーの体が宙を舞う。


(やめてっ)


 アニスがとっさにラベンダーに抱きついて、力の限り彼女を守った。その時、狼のような咆哮が聞こえたかと思うと、騎馬隊が一瞬で塵となった。


 アニスは顔を上げて、あっと呻いた。

 目の前に、ローワンが真っ青な顔で立っていた。


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