第25話 小さな小瓶



 リリーオブは、胸元から小さな小瓶を取り出した。


「彼女はアルコールが抜けたのよ」

「なんだって?」


 ローワンが恐ろしい顔でリリーオブを睨んだ。


「今、なんと言った」

「ワインを飲めば目が覚めるわ」

「貸してください」


 ナーダスが小瓶に手を伸ばすと、リリーオブはそれを遮った。


「触らないでくださる?」

「意識のない人に飲み物を与えるなんて、ましてやお酒なんてありえません」

「匂いを嗅いだら目を覚ますわ」

「まさか」


 ナーダスは呆れたように言ったが、リリーオブは勝手に蓋を開けるとラベンダーの鼻の近くへ持っていく。匂いを嗅いだラベンダーがうめいた。


(ラベンダーっ)


 アニスより先にローワンの方が早く、ラベンダーを腕に抱き起こした。


「ローワン……?」

「ああ、大丈夫か?」

「少し、めまいがするけど……」


 ラベンダーは頭を押さえた。


「喉が渇いたわ」

「シャル、アンゼリカ茶を用意して」

「はいっ」


 ナーダスの言葉を聞いて、シャルが返事をするや否や飛んでいった。


「リリーオブ、それを俺に渡せ」


 ローワンがすごみのある顔でリリーオブに言った。リリーオブはさっと小瓶を胸に隠した。


「嫌よ」


 しかし、ローワンは無理強いせず舌打ちをしただけだった。


「いいか、金輪際、こいつにおかしなものを飲ませるんじゃないぞ」

「ただのワインじゃない」


 リリーオブは肩をすくめた。


「ねえ、それより何かドレスを貸してくださらない。わたし、こんな薄着で恥ずかしいわ」


 リリーオブは、今頃になってナイトドレス姿でいることに恥らしさを見せた。

 チャールズがメイドを呼び、どこか別の部屋へと誘導して行く。


「アニス……」


 ラベンダーが手を伸ばし、アニスを呼んだ。


「早く行って、あなたの肉体が呼んでいるのでしょう」

(ええ、でも、あなたをこのままにして行けないわ)


 そこへ、シャルがハーブを載せたトレーを持って戻って来るとナーダスに渡した。

 ナーダスがハーブティーに呪文を唱えた。


「太陽のハーブ、アンゼリカ。治癒・治療ヒーリングの力を持って、王女の老廃物を全て取り除いてほしい。さ、これを飲んで」

「おい、何をする」


 ローワンがいつものごとく遮った。


「彼女は毒を盛られています」

「は?」

「大丈夫、このハーブティーはただの毒消しです」

「ま、待て、証拠はあるのか。ラベンダーが毒を盛られていたって……」


 ローワンはまだ信じられないようだった。ナーダスは息をつくと、ではお見せいたしますと言った。そして、彼はローブの胸ポケットから試験管を取り出した。

 ラベンダーの方へ近寄り、


「王女、申し訳ありません。一瞬、チクッとしますがこらえてくださいね」


 そう言って、彼女のひとさしに小さく傷をつけると、指先から溢れだした血を試験管に入れた。


「シャル、花びらをもらえる?」


 ナーダスが、シャルからアザミの花びらを受け取ると、試験管の中に放り込んだ。たちまち花びらは溶けてしまった。


「見てください。普通なら花びらは血液で溶けたりしません。毒の濃度がこんなに混じっている。きっと幻覚が見えていたはずです。さ、王女、このお茶を飲んでください」


 ラベンダーの体をそっと支えると、アンゼリカ茶を飲ませる。ラベンダーは少し飲んで息をつくと、少し休んで全部飲み干した。そのままゆっくり横になると、苦しそうだった表情が和らいだ。


「彼女は治癒能力で必死に戦っていたのでしょう。けれど、限界がきていた」

「そんなバカな……」


 ローワンには信じられないようだったが、アニスはそばで、ラベンダーの苦しむさまを見てきた。


(ナーダスの言うことは本当だと思うわ)


 アニスが言うと、ローワンに睨まれた。アニスは負けじと睨み返した。


「やめて……アニス……」


 ラベンダーの声がして、アニスは口をつぐんだ。ラベンダーは、ほうっと息を吐くと、ナーダスを見た。


「ありがとう。とても楽になりました」


 お礼を言ってから立ち上がろうとしたが、ナーダスがすぐに止めた。


「動かないで、無茶はいけない」

「もう、大丈夫です。それよりもアニスの体が先です。一刻を争うのではなくて?」


 ナーダスはちらりとアニスを見た。アニスの体はだいぶ薄れていた。


「ええ。アニス、君も自分の心配をしなくてはならない」

(でも……、ラベンダーは大丈夫なの?)

「わたしは大丈夫よ」


 ラベンダーが笑ったが、顔はまだ青白かった。


(なぜ、ラベンダーがこんな目にあうの?)

「アニス、これはわたしの問題だから、あなたは気にしなくていいのよ」

(気になるわ。だって、あなたは大切な人だもの)


 アニスは涙ぐんだ。

 一人ぼっちで助けを求めていた時に、ラベンダーは何も聞かず、温かい手を差し伸べてくれた。


(あなたが元気になるまでそばにいたいわ)

「それはわたしのセリフだわ、さあ、あなたの肉体の元へ行きましょう」

「ダメだ」


 ローワンが硬い口調で言った。ラベンダーは初めて彼を見た。


「なぜ?」


 冷たい声にローワンは目を吊り上げた。


「約束したはずだ。この娘をアレイスターに送り届けるだけだと」

「嫌よ」


 ラベンダーはそっぽを向くと、アニスの手を取った。


「アニス、行くわよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る