第34話
翌朝も日の出前に起きた。
ビビっていたのによく眠れたとベットの上で伸びてから外に出た。
月は沈みそうだったが、かかった雲をぼんやりと照らしていた。
「今日は雨がふるのかな?」
全体的に雲が多く、俺はぼーっとそんな事を考えながら井戸で顔を洗おうと向かうことにした。
家から数歩歩いた時に悲鳴を聞いたような気がした。気がしたのだ。
以前の俺なら絶対に「気のせいだ」と思い行動しなかっただろう。
俺は家に戻り、槍を握りしめて悲鳴が「したと思われる」方向に向かった。
昨晩、柵の修理をした辺りに静かに移動した。恐怖が胸を締めつけ、音を立てぬよう細心の注意を払った。
なるべく音をたてないように、静かに慎重に。
虫の鳴き声が大きかったが、自分の心臓の音がうるさいと感じていた。
「どうせなにもない、気のせいだった」
そう思いたいのに嫌な胸騒ぎがした。
子供の鳴き声が聞こえる・・・
心臓の鼓動がまた一段と大きくなった。槍を握る手には汗をかいている。
「助けを呼んだほうがいい」
と俺の中の俺が言っている。
「早く子供を助けてあげろ」
別の場所の俺が言っている。
「逃げちまえよ」
後ろの俺は言っている。
迷っている暇はない。心の中で『行くんだ』と自分を奮い立たせ、村の一番外れにある家の裏手に回った。
地面に尻もちをついている2~3歳の子供が静かに泣いている。
その横でその子供よりもすこし大きな裸の人がしゃがんでいる。
何かを食べているような動きをしている。
その下には月の光を反射する液体が広がり、しゃがんでいる人物の前で仰向けに寝ている人が見えた。
俺は「狼人じゃない?あれ?冷静だな」
なんて考えながら静かにしゃがんでいる人の後ろに移動した。
体にはいぼが生え、耳はとがっている。見た目はゴブリンのようだが、その肌の色は緑ではなく、自分と同じだった。
泣いている子供が俺に気付き、俺の顔を見た。
ゴブリンは俺を振り返った。
俺は咄嗟に「まずい」と思い槍を突き出した。
槍はしゃがんでいるゴブリンの首のやや下の背中に突き刺さった。
振り返ったその顔は、びっくりしたおじさんに見えた。
頭の毛はなく、鼻のよこやおでこにもいぼがあったが、日本人のおじさんに見えた。
真っ赤な口をあんぐりと開き、目を見開いてこちらを見ている。
その後に自分の胸を確認した直後、ブルっと大きく震えて動かなくなった。
・・・
俺は何をしたんだ??
動けなくなった俺を見つめる子供は、突然大きな声で泣き出した。自分の行動の重みを感じ、心の中で焦りが広がった。
その後の事はよく思い出せなかった。
俺はジンナの家の椅子に座っていた。
数人の人が俺に向かって何かをワイワイと言っていた。
しばらくしたらジンナが来て
「ケンは出て行って!」
と言っていたような気がする。
外にでて家に戻ろうとしたら長老が、俺、俺が・・・俺がころした「おじさん」の死体を持っていた。
「君もやはり英雄・・・」
的な事を言っていたのだろうか?「おじさん」のうごかない顔しか見ていなかったがジンナの家の中に消えてしまった。
そのすぐ後に来た女の人二人も何か俺に感謝をしていたような気がした。
「人殺し」の俺に・・・
俺は家に帰り、槍を手放しベットに倒れこんだ。
「俺が・・・殺した・・・俺が?」
段々と槍を刺した感覚が手に戻ってきた。なんの抵抗もなく槍は吸い込まれていくようだったが、途中で嫌な重たい何かを押しているようになり、それから軽くなった。
俺は慌てて外に出て吐いた。
誰も俺の背中をさすってくれなかった。
苦しくて涙が出て顔をあげ涙を拭った。
ジンナの家が遠く見えた。ジンナの家から女の人が出てきて俺とおなじように嘔吐していた。
俺はただぼんやりとそれを見ていた。
俺はもうどうしていいのかわからなくなっていた。
椅子に座って、目を閉じても見える「おじさん」の顔が怖かった。おじさんは震えていた。
「ごめん・・・ごめんなさい・・・」
「・・・ン・・・ケン・・・」
俺はおじさんに謝っていたのに椅子に座っていたのはジンナだった。
「ジンナ・・・なんで・・・こんな・・・」
ジンナは泣いていた。
「ケン。ごはんを食べて眠って。お願い!」
何を言っているのかわからなかった。なんで泣いているんだ?
さっきまでジンナがいたのに長老に変わっていた。
目を閉じたら「おじさん」はうらめしそうにずっと俺を見ている。
「ケン殿。君が倒したのは『野人』だ。君は正しい事をしたのだ。村を救ったのだ」
長老はなにか言っているようだったが、聞こえなかった。
長老がケンの家から首を振りながら出ていくのをジンナは家のドアを開けてみていた。
ジンナは昨日の夜にケンの家に行きケンを見て愕然とした。
彼の目は生気を失い、肩は垂れ下がりまるで命の残り火が尽きかけているようだった。彼が自分の過ちに囚われ、心を閉ざしてしまったことが、ジンナには痛いほど伝わってきた。
ジンナは小さなため息をつき、手を強く握りしめた。私にできることはなんだろう?ケンを救うには何をすればいいのか?私の、このミミズの手でケンを癒す事ができるのだろうか?
もしかしたら、彼をさらに苦しめるだけなのではないか?
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