第5話

宿の受付カウンターの前にあるテーブルで朝食を食べた。

アレックスは何事もなかった顔で、固いパンをちぎりながら食べている。

俺はコーヒーを啜りながらパンをかじった。

・・・歯が折れるかと思った。

アレックスの真似をしてパンをちぎろうかと思ったら、それすらも固い!

「こ、ここのパンって固くないですか?」

「・・・」

ああ、またこの無言睨みのプレッシャーが今日も始まるのかとげんなりした。

が??

アレックスは無言のまま俺が持ったパンを手にとりちぎり、俺の皿に置いた。

あら、なにこのイケメン優しい・・・けど怖いので何か言ってください。

「あ、ありがとう・・・ございます・・・」

「・・・」

無言のまま目を閉じてコーヒーをのんでいらっしゃいます。

俺もアレックスも食事を終えて部屋で荷物をまとめた。

アレックスはボロボロの真っ赤な服は捨てていたが、俺はお気に入りのTシャツとズボンを昨日アレックスが買ってくれた荷物袋に詰め込んだ。

「行くぞ」

俺の返事も待たずに部屋を出て行ってしまった。

「行くっていったいどこへ?明け方の話しの続きは?ホント何が目的なの?ちょっと返事くらいしてほしい」

と心の中でグチりながら慌ててついていた。

茶色い片掛けリュックのような荷物を背負って宿を出た。

アレックスは宿の外で俺を待っていたようだが、無言で歩き出した。

俺は相変わらず訳がわからないままついていった。

服屋?とか金物屋?とか何に使う道具かもわからない物が置いてある店でアレックスは何個か買い物をし、俺にそれを手渡した。

俺はいそいそと荷物袋にそれらをしまい、食料品店でも同じような事をしていた。

荷物袋はパンパンになり結構重かった。

「アンタ旦那の従者かい?精進しなよ!」

と包丁片手に食料品店の店員だか店主だかわからないスキンヘッドのおっさんに言われ

「お、おう!」

と、とりあえず返事したけど従者ってなんだ?

荷物を背負い、少し歩いたらアレックスは立ち止まりこちらを振り向いた。

「おい!」

「は、はい!?」

アレックスは下を指さしてる。

ん?ええと靴を磨けか?なんだ?わからないぞ??

「荷を置け」

「は、はっ!」

俺はなんだかわからず、敬礼をして返事をしてしまった。なかなかパニックだと自分でも思った。

荷物をおろすと、アレックスは軽々と持ち上げ、背負い歩き出した。

俺はついていくのも忘れ、しばらくその場でアレックスの背中と揺れる荷物を見ていた。

頭の中で

「だ、旦那さま荷物はわたくしめが!」

みたいな声が聞こえたが、慌ててアレックスの背中をおった。

アレックスは少し先で、街の衛兵のような人と話し出していた。

俺はアレックスにたいして感謝すればいいのか、謝罪すればいいのかわからず、黙ってついていった。

俺はコミュ症なのは自覚している!だが!アレックスも対外だろう!

いや、優しいのはわかるんだけど、何考えてるかわからないのがなー。

俺は空気読むのは得意じゃないから、今までは愛想笑いでごまかして逃げていたけど、逃げられそうにないしな今回は。どうしよう。

「ここで待つ」

「ほへ??」

俺は地面の石畳を見ながら考え事をしていて、アレックスの急な発言に変な声で返事をしていた。

「ええと旦那さま。待つとは何を?」

「・・・」

「あ、えええとあ、アレックスさ、アレックス。何を待つのでしょう?」

「・・・」

俺は咄嗟に旦那さまとか口走り、慌てて弁明するも安定の無言。今回は目を閉じているみたいだから、まあよしと自分に言い聞かせる。

何がなんだかよくわからないけど待つことにした。


アレックスは荷物を担いだまま、目を閉じてフリーズしてしまった。

俺としても雑談とか苦手だしよかったと思う事にして周りを観察した。

昨日街に入った所とは違う街の入口のようだった。

先には石畳は伸びているが、家や建物は無く、畑や草原が広がっている。

街道の脇では風車が回っているのが目に入った。

アレックスが立つ横には看板が立っていたが、相変わらず俺には読めなかった。

しばらくすると荷物を背負った人が俺の後ろに並んだ。

「お、今日はお客さんがいるね。従者かい?」

大きな荷物を背負ったおじさんが気さくに話しかけてきた。

「え、ええまあ」

俺は曖昧な返事で作り笑顔を浮かべた。

「北方の旦那様ですかな?もし機会がありましたらぜひ」

前掛けをしたおじさんは荷物袋に手をつっこんで、赤い果物を二つ手にとり、俺とアレックスに差し出した。

アレックスは無反応で固まっているので、とりあえず俺が受け取って

「ありがとうございます」

と愛想笑いで返事をしておいた。

「今年は麦も豊作になりそうだ、天気がいい日が多いけど雨が少ない、ワシは行商をしていて北方街道をもうすこし北にいってみたいのだが、そっちのほうはどうなんだ?」

俺は曖昧に返事をしながら、そんな話しを一方的にされていたところに馬車が来た。

アレックスの背より大きな真っ黒な馬二頭が引いていた。

ガラガラと音を立てる馬車は、俺がイメージしている貴族の乗る装飾の派手なものではなく、所々穴の開いた茶色い布に木の枠がついているような質素な物だった。

俺たちは馬車に乗り込み、左右の椅子に座った。

アレックスと俺は横並びで目の前にさっきの行商人が座り、また何かを話し始めた。

8人程乗れそうな馬車に乗客は俺たち3人だけだった。

「旦那とアンタはどこからきたんだ?」

そう言った話題になったので、俺はちょっと疑問に思っていた事をカマかけて聞いてみた。

「旦那様が貴族だってわかります?」

一か八かだったので、心臓がドキドキしていた。

「そりゃお前さん、見ればわかるわ!俺だって商売人のはしくれだからな!あ、お忍びの要件か、そうかそうか」

おじさんは一人で話して納得してくれたようだった。

俺は話しの内容とかより、自分の適当な話しがバレなくてほっとした。

それを見てか、おじさんは

「大丈夫大丈夫、誰にも言わないから、ワシの事を覚えておいて執事にでも言っといてくれ。ロスタルのへルマ商会だ。へルマだぞへルマ!おぼえたか?」

「ロスタルのへルマさまですね。あ、果物ごちそうさまでした」

「ああそうだ。昨日ワッサムの砦が襲われたそうだ、吸血鬼が出たってな」

俺はドキッとしてアレックスの方を見てしまった。

アレックスは置物のように目を閉じて動いていない。

俺はバレてはいないかとヒヤヒヤしたが、この商人はまた勘違いしてくれたようで

「まあロスタルから近いしな、明日には王都から兵隊もくるみたいだし、街の出入りも厳しくなるだろうしな。今日街を出て正解だったと思うぜ」

「そ、そうですか。王都から兵隊が・・・」

「だいたい吸血鬼がいくら強くたって砦には腕の立つ兵士も多いし、ワッサムの砦にはエルフの魔法使いもいるし吸血鬼も無傷じゃないだろ。吸血鬼の5人や10人くらい返り討ちにしてるかもな!」

いや、無傷でここにいるんですよその吸血鬼が・・・

砦の被害はわからないけど、あのエルフの魔法使いも・・・

俺は思い出して少し悲しくなったが、商人の話しが気になった。

「この前まで王都の南で吸血鬼騒ぎがあったのにな。別のヤツなのかわからんが、迷惑なヤツだ。東のほうでは豚人がまた暴れ出したって噂だ。まあちょっと騒ぎがあったほうがワシは儲かるんだがな。・・・おっと!」

おじさんはいたずらっこのように舌を出して笑っていた。

この世界には王都があって、南に吸血鬼が出て、東に豚人?なんだそれ?が暴れていて、ここは北方になるのか?イマイチわからないな、地図がほしい。

馬車は揺れたが、おじさんの話しに夢中になってあまり気にならなかった。

それよりも情報を得れたのがありがたかった。

馬車は少し速度を落とし、前の方から馬車の運転手?御者っていうのかな?が声をかけてきた

「へルマの旦那、もうつきますぜ」

「おう!じゃあ旦那、にいちゃん、また会いたいね。へルマ商会、覚えておいてくれよ」

そういって馬車を降りていった。

騒がしいおじさんだったな。

っていうか俺達、というか俺はどこにいくのコレ?

静かになった馬車は

「はやーっ」「ピシッ」「ヒヒーン」

という御者の掛け声とムチの音でゴロゴロと動き出した。

馬車の話し声はなくなり、ゴロゴロガラガラと馬車の音だけが街道に響いていた。

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