第52話

「な、なにが・・・」

分隊長はものの2~3分の出来事が理解できなかった。

もうすでに半分以下の兵士しか残っておらず、そのほとんどが恐慌状態に陥って逃げ惑っていた。ものすごい速度で一か所から投函される弾丸ライナーの投槍に、その数を着実に減らしていく。

分隊長は一度ガチンと歯を噛んでから大きく息を吸い

「全ぐーーーん!待機だ!」

訓練を積んだ兵はその掛け声でピタリと止まった。

アレックスも動きを止めていた。

「我が後方に整列」

兵士たちはゼンマイ仕掛けの人形のように、だが素早く整然と並んだ。

分隊長はそれを確認した後下馬した。

じっと立っているアレックスの前に歩き出し、跪いて兜を外し、よく通るがひび割れた声で

「我が首一つでこの者たちを許してはもらえぬだろうか」

地面についている拳が震えていた。

アレックスがゆらりと動いた時にはケンは飛び出して両者の間に走った。

「ま、まってくれアレックス!」

アレックスはケンをじっと見つめていた。

分隊長も顔を上げてケンを見て「お前は・・・」と小さくつぶやいた。

「アレックス!もう十分だろ!」

そういって俺はアレックスに抱きついた。

返り血まみれだったけど、俺の服にもべったりと血がついてしまったが、強く抱きしめた。

「もう・・・俺も無事だったんだ・・・許してあげてくれ!」

俺は大声でそう叫んだ。もう人がたくさん死ぬのを見たくなかった。

エータはゆったりと歩いて近寄って

「やれやれ。遺恨を残すのは得策ではないな。全員討伐してしまったほうが効果的だ」

アレックスは俺の抱擁をほどいた。

跪く分隊長の前にしゃがみこみ手を伸ばして頭をつかんだ。

「あ、アレックス!お願いだ!や、やめてくれ!」

俺は涙を流してアレックスの腕をつかんだ。

アレックスは分隊長の顔を無理やり俺の方に向け

「俺はいい。だが・・・この者に刃を向けるなら・・・王都の人間全員殺す・・・」

分隊長は痙攣しているのかと思えるほど全身を震わせて頭を大きく上下に振って頷いていた。

アレックスはぱっと手を放して立ち上がった。

それから俺の姿を見て

「・・・また服が汚れてしまったな」

俺はほっとして

「ぷっ、やっぱり服は重要なんだね」

そう答えてから分隊長の前にアレックスと同じようにしゃがみこんで片手で肩に触れた。

分隊長はビクッとして目を見開いて俺の顔を驚愕の表情で見ていた。

「き、君は・・・」

俺は分隊長の言葉を無視して

「その・・・向こうに豚人の・・・死体がたくさんあります」

振り向いて指さして

「だ、だから・・・えーとなんていうのかな。豚人と戦って・・・死んだ・・・こうなったって報告できませんか?」

分隊長は俯いて泣き出してしまった。

「す、すまない・・・兵達は無駄な死では・・・くっ」

そう言って泣き崩れてしまった。



俺たちは呆然としている僅かに残った兵士たちを後目に立ち去った。

近くの川まで歩き、アレックスと一緒に裸になって服と体を洗った。

エータは焚火を起こしてくれていた。

俺は・・・全員を救う事は出来なかった・・・。

けど、アレックスは最後の願いは聞いてくれた。

俺は川から上がり、焚火に辺りながら向かいで体と服を乾かしているアレックスに

「アレックス。ありがとう」

そう告げたが、アレックスは

「・・・新しい服を買いに行く」

そう言ったのが面白くて笑ってしまった。

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