第51話

槍を投げ捨てて二人の兵士は必死に逃げた。何故か豚人も並走して街道を逃げており、その後ろに片手を失った兵士がヨロヨロと続いていた。

「ま、まってくれ!た、たすけて・・・」

それだけを言い残して後ろから来たアレックスの手刀で首と胴体が離れた。

街道のすこし先には簡易の材木バリケードがあり、数人の兵士がいた。

逃げる兵士と豚人を発見し

「敵襲!合図!」

と大きな声で叫ぶと一人の兵士がラッパのようなものを「ブオーブオー」と大音量でふいた。

近くにいた兵士たちや、少し離れた所にある駐屯地のテントが数個ある場所から何人もの兵士が集まり、あっというまに隊列を組んだ。

遠くから数頭の馬が走ってきているのも見えた。


俺は東屋から見ていたが、丘や坂が多く、アレックスも見失っていた。

「さて、荷物もまとまったし、吾輩達も少し移動するかね?」

俺はアレックスが心配になり頷いてエータについて街道から少し離れた丘の上に移動した。


馬に乗った兵士の一団が集まっている兵士の集団に加わると同時くらいに逃げていた兵士はその中に走っていった。アレックスは少し後ろをゆったりと歩いていた。

兵士と並走していた豚人は槍に突かれて倒れていた。

「そこのお前!とまれ!!」

馬に乗った指揮官と思われる人間が大声で言った。さっきの馬車に乗っていた分隊長に見えた。

アレックスは歩みを止めずにゆったりと歩いて指揮官を見ている。

指揮官は片手を上げて前に倒した。

「うてーーーーーー」

という甲高い声が聞こえ、10本ほどの矢がアレックスに向かって飛んだ。

俺はアレックスだけを見ていたが、歩きも止めずに迫る矢をめんどくさそうに両手を払ってすべて打ち払った。

アレックスは兵士集団の10メートルほどの距離で止まった。

兵士はまだ集まっているようだが、既に100人を超えているように見える。

ザワザワとしている兵士は「やっちまえ」とか「殺せ」とか言っている声が混じっている。

「総員静まれ!」

分隊長の低くよく通る大きな声で静寂に包まれた。

分隊長は馬に乗ったまま集団の先頭に立ち、アレックスに対峙し誰何した。

「お前は何者だ?何をしにきた」

アレックスは少しだけ首をかしげてふっと息を吐き

「お前たちは非礼を働き、矢を射て謝罪をするのだろう?」

分隊長は一度兵士達を振り返り、事態を把握しようとした。

シーンと静まり返っていた。

分隊長自身もアレックスの存在に当てられた緊張感からか、喉がカラカラで汗が止まらなかったが、振り向いた兵士たちは凍り付いたような表情をしており、数人は震えていた。

「ああああーーーーやああーーーはあーーー」

一人の兵士が緊張感に耐えられなくなり、奇声をあげながら槍を構えてアレックスに突撃をした。

「ま、まて」

分隊長が言い終わる前に槍を持った兵士がドウッと前のめりに倒れた。

首を切られており、アレックスはぞんざいに分隊長の前に頭をほり、分隊長の足元にコロコロと転がってきた。

・・・無音・・・

・・・静かだった・・・

分隊長も他の兵士たちも息をするのを忘れたかのような静寂が訪れた。

風さえも止まっているようだった。

ケンも遠くで見ていたが、自分の心臓の鼓動しか聞こえなかった。

分隊長は「ここは撤退したほうが良い」と考えていたが、一人の下士官が馬の下から

「あ、相手はたった一人!このままでは王軍の恥です!」

そう声を張り上げて分隊長を見上げいた。

分隊長のこめかみから一筋の汗が流れた。

「し、しかし・・・ヤツは異常だ。お前も見ただろう!」

「分隊長!ご命令を!!」

ポキっとアレックスの指の骨がなった。

「お、俺の首一つで許してもらえるのなら・・・」

「分隊長!何を言っている!」

下士官は分隊長の前に槍を構えて飛び出し

「全軍突撃!俺に続けーーーー!」

そう叫んで突撃してしまった。

他の兵士達も沈黙に耐えかね

「うおーーーー!!」

雄たけびを上げて続く。

「ま、まて!お前ら!とまれ!」

分隊長の大きくよく通る低い声は誰の耳にも届いていなかった。



アレックスは横一列に槍襖を引く兵士達を見ていた。

そう、迫る槍を躱しもせずに見ていた。

ケンはじっと見つめていたが

「あ、あぶない!」

そう叫んだ時には素手のアレックスの両手に、いつのまにか兵士の槍が握られていた。

アレックスの姿はかすむような速度で動き、墓標のように地面に突き刺さる槍には2~3人の兵士が刺し貫かれ、地面に縫い付けられていた。

俺は少し離れた所からその光景を見ていた。

心臓が早鐘を打ち、体が震えていた。

「な、なんでこんな・・・」

小さくつぶやくと隣に並んだエータが

「アレクシウスは優しい男だ。君に危害がおよぶのを許せなかったのだろう」

俺は自分の体を両腕で抱きながら

「や、やさしい・・・のか・・・アレックス」

真っ赤になったアレックスの遠い姿にそう声をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る