第36話
次の日、正確には同日の日没後だが、ジンナはケンの元を訪れた。
ケンは椅子に座っており、変化がないように感じられたが、テーブルの上に水が半分減ったコップが置いてあった。
ジンナはそれを確認して、すこしだけほっとした。
「おはようケン。こんばんはっていうのかな?」
ケンはテーブルの一点を見つめていたが、僅かに顔を上げて
「・・・うん」
と返事をした。
ジンナは見逃さなかった。僅かだがケンの目に光が戻っていることを。
ジンナはケンの向かいに座った。
テーブルの上で何かに祈っているような姿勢のケンを見つめて
「昨日は眠れた?ごはんは食べた?」
ケンはジンナの顔を見上げた。曖昧な感じはあったがジンナの問いかけに反応していた。
ジンナはケンの手に左手で触れた。
ジンナは夢で同じような姿勢でミミズに驚くケンを思い出していた。
私のぬくもりでケンに元気になってほしいと願い、勇気をだして右手を出し、両手でケンの手を握った。
「・・・ケン。手が冷たい・・・」
ケンは焦点の合わない目でジンナを見つめ
「・・・ジンナ・・・あたたかい」
ジンナは唇を震わせて泣き出してしまった。
「・・・私、私ね。ずっと怖くて・・・今もケンが・・・」
ケンは手を放さずにじっとしていた。
優しく微笑んではくれなかったけど、ジンナは拒否されなかった。それだけで十分だった。
「いつかケンもみんなと同じように・・・」
「・・・うん」
「でも・・・」
ジンナは手を放したくなくて涙を流したまま
「私、ケンを信じたい。だから、待ってるね」
ケンはジンナをじっと見つめていた。
「明日も来てもいい?」
「・・・うん」
ジンナ昨日と同じ質問をしたくなった。怖かったけど、好き嫌いを・・・
「ねえケン・・・私の事・・・好き?」
「・・・うん」
ジンナはドキドキしながら
「じゃあ、私の事・・・嫌い」
「・・・」
ケンは答えなかった。ジンナは不安になって手を放してしまった。
「水浴びしてくるね。また・・・明日ね」
「・・・うん」
「ちゃんと寝てね」
ジンナはそれだけ言ってケンの家を飛び出した。
やっぱり、やっぱりバケモノの私が・・・バケモノの私の事が好きなはず・・・
それでも、少しでもケンを助ける為にと考えるが、不安に苛まれていた。
翌日の夜、ジンナはケンの家を見た。灯りが漏れ、人の話し声が聞こえた。
ジンナはケンに好きだと言ってしまったのを後悔し始めていた。
期待して嬉しくなってしまったのが、余計に自分を傷つけるのではと考えていた。
ケンを信じたいけど、これ以上仲が深まる前に・・・そんな事を考えてケンの家を見つめていた。
ケンの家からはヒロミスと長老が出てきた。
「明日も来るから。何か食べたいものはあるかい?ああ焦らんでいいよ」
そんな事をいいながら、ほっとした表情で出ていった。
ジンナは二人に見られたくなかったので咄嗟に家の中に隠れたけど、ケンが食事を取ったのかと思ったらうれしかった。
ケンの家に誰もいなくなったのを確かめてから一応ノックしてケンの家に入った。
「こんばんはケン。お邪魔します」
「ジンナ・・・」
ジンナはケンの反応に抱きつきたくなる衝動を押さえて向かいの椅子に座った。
「元気そうね。今日は何か食べた?」
「・・・うん、ヒロミスと長老が食べ物を持ってきてくれて・・・」
「そう、よかった」
ケンの目はまだ焦点がイマイチあってないようで、ジンナを見ずにテーブルの一点を見ていた。
「ケン。またね、前に街から治療しにきた人の話しを聞いてほしいの」
「・・・うん」
「その人は、若い女の人・・・」
全身のやけどを負った街からきた高貴な女性が、ジンナによって完治しながらも、ジンナの姿を見た途端、恐怖に駆られて去っていった。
お礼を言いたいと言っていたらしいが
「私は穢れてしまった」
と言って逃げていった。
ジンナは悲しかったが、よくある話しだと言った。街の人の反応はそれが普通だとケンに話して聞かせた。
「だからケンも・・・あなたもいつかそうなるのが・・・普通なんだと思う」
少し震える声でジンナは言った。
そしてケンを見て驚いた。ケンはポタポタと涙を流していた。
ジンナは心配になり
「え、ケン?大丈夫?どこか痛いの?」
椅子から立ち上がり、ケンの近くに行き、ミミズの手で診察をしようと伸ばした。
ケンはジンナのミミズの手を優しく握り
「ジンナは・・・美しい」
涙を流しながらそう言った。
ジンナは何を言っているのか、なんでケンが泣いているのか理解できなかった。
わからないことがこわかった。
「私の治療・・・ケンが助けた人・・・」
ケンはジンナの手を握ったままジンナの目を見ていた。
「ケンが助けた人の治療に肉が必要だったの、たくさんの肉が。だから・・・」
ジンナはケンが助けた人を救う為に、ケンが殺した人を「使った」と言った。
「『使った』ってわかる?私の・・・ミミズが・・・死体を食べて・・・」
ジンナは震えていた。怖かった。嫌われるのなら早いほうがいいと考えていた。
早く皆と同じように私を嫌ってほしい。その方が楽になれると考えていた。
今まで誰も「美しい」などと言ってくれた事などなかった。
ケンは立ち上がりジンナをふわりと抱きしめて
「心配かけてゴメン。もう大丈夫だから」
ジンナは恐る恐るケンを抱きしめ
「・・・信じていいの?」
「ああ、ジンナは俺が守る、だから・・・」
ケンはジンナから離れて
「ジンナに二回も助けてもらった。ジンナにもらった命。だから・・・」
ケンの目に光が宿った。
「だから、ジンナを裏切ったらジンナが俺を殺してくれ」
ジンナは泣きながら笑い
「・・・もう殺してくれなんて言わないで!」
「だって前にも『バカにしたら殺す』とか言ったのはジンナだろ?」
ケンも笑いながら答えた。
「ケン!あなただって『ころじでぐでー』って情けない顔で泣いてたのに!」
二人の笑い声は朝まで続いていた。
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