第32話

まだ完全に日が沈む前だったので、俺は井戸で水浴びをしてから家に帰った。

部屋に入り椅子に座って

「はー」

と溜息をついた。

体は疲れていたが充実感があった。

眠りたい誘惑に負けずに日が沈み暗くなったのを確認してジンナの家に向かった。

ケンはドアを二度ノックしてから

「ジンナ、入るね」と家に入った。

ジンナは既に起きていてテーブルに座って水を飲んでいた。

「おはようジンナ。よく寝れた?食事を持ってきたよ」

ジンナはまたちらっとだけケンの方を向いてから目をそらし

「・・・うん、ありがと」

とそれだけを言った。

ケンは無理に会話をしてもジンナが嫌な気分になるかもしれないと考えて

「今日は仕事をして疲れちゃったよ。アレックスの顔を見たら帰るよ」

そういってアレックスの様子を見に行った。

ジンナは本当はケンにそばにいてほしいと思っていた。

ケンが毎日来てくれると思ってあまり眠れなかった。

だがケンの顔を見て、夢の事を思い出し怖くて仕方がなく黙っていた。

ケンはアレックスの寝顔を見て

「今日はがんばってきたよアレックス。また明日くるから。おやすみ」

そういってジンナにも一言だけ

「また朝日がのぼる前にくるから、また後で」

そういってケンは出ていった。

ジンナの孤独な一日は始まったばかりだった。


次の日もケンは日の出前に起きた。

足腰を中心に僅かに筋肉痛を感じたが、心地よく思えた。

すがすがしい気分でヒロミスの家に向かった。

ヒロミスは外にいなかったので、ドアをノックして入ったらヒロミスは椅子に座っていた。

「おはようケン。ちょっとお座り」

ヒロミスはフードを外しており、真剣な顔をしてケンの顔を見上げていた。

「お、おはようござ・・・おはようヒロミス」

俺はなにか失敗してしまったのか、どうしようと考えてヒロミスの向かいに座った。

「ケン、今日は畑じゃないことを手伝ってもらうよ。後で村の男衆がくるから一緒にいきな」

俺は自分の失敗じゃないと思い、少しほっとした。

「な、何かあったのか?」

「・・・噂だけどね、村の近くで狼人を見たってヤツがいるんだ。遠くだから定かじゃないって言ってたけどね」

「狼人って?・・・おおかみ・・・あ・・・」

ケンはもう完治したはずの右腕がうずいた感じがした。

狼人の少女リュナ・・・忘れた訳ではなかった。

「アンタも知っているんだね。ヤツらは人の肉が好きなのさ。さすがに村の中までは入ってこないだろうけどね」

ケンはアレックスとエータが戦っていたリュナを思い出した。自分では勝てる相手ではないのは確信していた。

あんな小さな少女だったのに、恐ろしい狼のような姿になったリュナを思い出して心臓の鼓動が早くなっていく。

「ケン。アンタ、戦えるかい?」

俺は両手の震えを隠す為に両手の指を祈りを捧げるように強く握り

「む、無理だ・・・」

「そうかね。じゃあアンタは柵の方に回るように言っとく。とりあえず今日も食事を持って行ってアンタも食べて待っときな」

俺は一人になるのが怖くなってしまったが

「まあ狼人がこんな荒野には来ないと思うんだけどね」

というヒロミスの言葉を信じてジンナの家に走って向かった。


コンコンとドアを手早くノックして無言で滑り込むようにジンナの家に入った。

「え?」

椅子に座っていたジンナが驚いた様子で俺を見つめていた。

「ど、どうしたのケン?顔が真っ白・・・」

俺はジンナの顔を見て安心して椅子に座りうなだれた。

ここには、寝ているけどアレックスもいるという安心感もあった。

「ジ、ジンナ、み、水をいっぱいもらっていいかな」

ジンナは無言で水の入ったコップを俺の前に置いた。

俺も無言で水を飲み干した。

ただ事ではない雰囲気の俺を察してか、ジンナは

「ケン・・・何かあったの?」

と聞いてきたから、ジンナにも一応教えておいたほうがいいと思い

「じ、じつは狼人を村の人が見たらしいんだ。はっきりとは見ていないから見間違いかもしれないみたいだけど・・・」

俺は話しているうちにジンナから視線を逸らし俯いた。リュナを鮮明に思い出してきた。

「狼人・・・あなたの・・・あ。ケンの腕の・・・」

「そ、そうだ。俺は・・・俺は・・・怖くて・・・」

俺は寒気を覚えて、俯いたまま自分の体を自分の両腕で抱いていた。

ジンナは葛藤していた。ケンに寄り添いたい。けど自分が傷つくのが怖い。そう思っていたのに体は勝手に動いていた。

ジンナは後ろからケンを抱きしめていた。

「大丈夫よケン。この村には狼人より強い人が何人もいる。だから・・・ここで・・・私と・・・」

俺はジンナの温かさを感じて顔をあげた。

俺は・・・俺は・・・変わりたい!

もう、守られてばかりいるのはイヤだ!

俺が・・・俺がアレックスとジンナを守る。そう決めたんだ!

俺はジンナの両手を握り、抱擁を解いてジンナに向き合った。

ジンナは小さく「・・・あ・・・」とつぶやいた。

「ごめんジンナ。こんな情けない姿見せて。俺が、俺がジンナとアレックスを守る」

ジンナは俯いていて表情はわからなかった。

「みんなが待っている。もういかないと」

そういってケンは振り返らずに、ジンナの家から出ていった。

「・・・ケン・・・いかないで・・・夢と同じ・・・」

ジンナの家では彼女のすすり泣く声が小さく響いていた。

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