第33話

一度自宅に戻り、玄関横に立てかけてあった槍を握りしめた。手にすることで、少しだけ自分が強くなった気がした。

「そ、そうだよ。なんでいつも持っていなかったんだ?」

戦ったことも人を殴ったこともないのに、槍を持っているだけで少し自分が強くなったような気がした。

俺は槍を握りしめて再びヒロミスの家に向かった。さっきよりも怖くなくなっていた。

ヒロミスの家の前にフードを被った大柄な人と数人の人影があった。

「おおケン殿。おはようございます。勇ましいですな!」

俺の姿を見た長老ガイウスは大きな声で言った。

「あ、おはようございます。勇ましいなんてそんな・・・」

俺は槍を片手に持ってもう片方の手を広げて振った。

「いやいや、なかなか様になっていますよ。ヒロミスからは柵の方の手伝いに行かせてやってほしいと聞いていますが、それでよろしいですか?」

「あ、はい。俺・・・戦えないので」

「なかなか筋はよさそうですが、今はまあ良いでしょう」

そういって後ろの顔に布を巻いた人に何か話しかけて

「この者についていき手伝って上げてください。彼はロイ。狼人一人なら彼一人で大丈夫ですから安心してください」

「はい。よろしくお願いしますロイさん。ケンです」

「長老から話しは聞いている。よろしく頼む、ケン」

背は俺と同じくらいで顔は忍者みたいな布でわからなかったが眼球が金色のような気がした。ケンと同じような茶色のダボっとした服をきていた。

今になって、長老が『彼一人なら狼人一人に勝てる』と言っていたことの意味が理解できた。

「あ、え、一人でも勝てるんですか?」

とすこし間抜けな質問をしてしまったが、彼はキリっと

「俺一人なら・・・でも皆を守らないと、だろ?」

俺はいつもどおり自分の間抜けさに恥ずかしくなり

「そ、そうですね。失礼しました」

ペコリと頭を下げたが、そんな俺にロイは

「ちなみにだが・・・長老はもっと強いぞ」

・・・狼人よりこの人達の方が怖いのではないかと思わせる情報をくれた。


ロイについていき、村の外周にある柵を点検しながら補修することになった。

ロイの他に二人、ハンクとユリという人も同行している。

二人も布を巻いた姿をしており顔は見えない。

皆ほとんど無駄話しをせずに、手押し車に積んでいる木材と紐を使い柵を黙々と補修していた。

ユリと言われた人が周囲を警戒してくれるから大丈夫だと言われたが、一緒に作業しているのですが・・・まあ俺はここを持っていてくれ的な「誰にでもできる簡単なお仕事」が精一杯です。

ユリさんは名前からして女の人かと思ったが男性でした。ちょっと残念・・・「こんな俺でごめんジンナ」と心の中で謝罪しておく。

途中でロイが「食事休憩にしよう」といい休憩になった。

ほとんど会話がないのが気まずかった。こんな時にエータの偉大さを実感した。

俺がなんでこんなに心に余裕があるかというとロイの強さもあるし、

「ユリの警戒は信用できる」

とロイがいった後にユリが

「今から5秒後に俺の後ろから鳥が飛び立つ。2羽か」

と言ったのを見たからである。なんだかよくわからないけど、その後にも

「この先の藪にヘビがいる」

とかよそ見をしながら言うのを見て

「あ、この人もやばい人だ。味方でよかった」

と思ったからである。

ジンナの「この村には狼人よりつよい人達がいる」はマジだったんだと安心していた。

その後も柵の補修を続けていたが、木材がなくなり日暮れも近いので続きは明日行うことになった。


その日もヒロミスの家で夕食をごちそうになり、ジンナの食事を渡され帰路についた。

今日はビビっていたり、ロイやユリを見て少し安心できたといっても一日気を張っていたせいでかなり疲れていた。槍を片手に井戸へ行き、体をふいてからジンナの家に向かった。

俺はドアをノックしてジンナの家に入ったら、ジンナはテーブルに突っ伏していた。

「じ、ジンナ?だ、大丈夫か?」

俺は手に持っていた槍も荷物も放り出しジンナに駆け寄った。

ジンナはうつろな目ですぐに起き上がり

「・・・もう少し寝る」

とだけ言い残し奥の部屋に消えてしまった。

俺は落としてしまったジンナの食事を机の上に並べ、水瓶の水量を見てあまり減っていないのを確かめてからアレックスの寝顔を見て黙って家に帰って眠った。

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