第20話
どれくらい眠っていたのかわからないが、アレックスがばっと起き上がる気配で俺も飛び起きた。周りはまだ真っ暗だった。曇っているようで星も月も見えない。川の流れる音だけが響く。
「まさか、このような不覚を取るとは面目ない。血液と樹皮でセンサーを逃れるとは」
そんなエータの声が聞こえた。若干声が小さく感じた。
俺は目を凝らした。暗がりでも段々と目が慣れてきた。
おかしいな?河原に木がこんなに生えていたかな?
・・・豚人?豚人なのか?数が数えられないくらいいる?
俺たちが焚いている焚火の揺らめきに、不自然な背の低い木の幹がならんでいるのが見えた。それは木の皮を体に巻きつけた豚人だった。防具なのだろうか?
豚人は完全に包囲しており、周囲は豚人の大群に覆われていた。
ずっと無言で足音も殺して来たのだろうか?
周囲の豚人の一角が割れ、一人の豚人が前に出てきた。
木の皮を外し、木の柄で出来た槍のような物を持っている。
体には乾いているが血が塗ってあるのか、くすんで束のようになった毛が見て取れた。
代表の豚人は槍の柄を地面の石にガンと叩きつけ、ガウガウと何かを言っているようだった。
アレックスは俺のすぐ横に立って、俺をかばうように僅かに片手をあげた。
俺は透明なシールドを持った機動隊に囲まれる映画のワンシーンを思い出していたが、膝が震えていた。
エータが一歩前に出て
「言語認証。解析コードΣ±2」
といった後にガウガウと豚人と話し出した。
豚人の代表と数度やり取りをしていたが、再度槍を地面にガンと叩きつけたら周りの豚人たちも一斉に槍で地面を叩いた。
「交渉決裂だ、やるぞ」
エータは一瞬にして代表の胸を片手で貫いた。
エータはとんでもない速度で動き、次々と豚人を片腕で屠っていく。
武器が当たる音はまったくぜずに、「ズブリ」とか「ブシュっ」といった鈍く重い不快な音を発生させていた。
その直後に豚人は事態に気付いたようで、一斉に怒号を上げて襲い掛かってきた。
俺はこんな所で死ぬのか?ジンナにもう一度会いたい。会って「好きだ」と伝えたかった。
俺の体に一斉にせまる槍の穂先を見ながら、俺はジンナの事ばかりぼーっと考えていた。
だが、俺は一歩も動かなくても無事だった。
迫りくる槍を片手で簡単に払いのけ、もう片方の手の手刀で豚人を切り裂く存在に守られていた。
顔や体に豚人の血肉が僅かに飛んでくるくらいなもので、アレックスは俺から離れずに豚人の接近を許さなかった。
アレックスの周りで、豚人の死体の壁がどんどん厚く高くなるにつれ、豚人はおじけづいたのか無理な突撃をしなくなっていた。
豚人同士が隣の豚人と顔を見合わせブヒガフなにか言っていたが、超高速で河原の石をガンガンと踏み砕く殺戮マシーンが一瞬で背後に迫り、喉を突かれ、心臓を抜き取り、首を落とされて次第に静かになった。
怖気づいた豚人を逃がすことなく全滅させてしまったようだ。
俺は昼間見た映像と今の戦闘シーンが重なり
「ひぃぃいぃぃぃい」
と両手で耳を押さえてその場に正座の姿勢のように崩れ落ちた。
こ、これは戦いなんかじゃない。虐殺だ。
こんな存在が許されていいはずがない。
奥歯をがたがたと震わせながらも、エータを否定していた。
アレックスは俺を守る為に、そばから離れずに戦ってくれた。
でもエータは、エータは・・・・
楽しむでもなく、守る為でもなく、ただ淡々と命を刈り取っていた。
「そのほうが効率的であろう?」
そんなセリフは言っていないのに、頭の中でエータの声がする。
血の臭いだけではなく、おそらく内臓のすっぱい臭いが濃い。
俺は胃の中の物を全て吐いたのに、まだえずいていた。
エータはそんな俺に
「ケン、大丈夫かね?とにかく君が無事でよかった」
そう声をかけた。
アレックスに背中をさすられ、肩を借りて立ち上がった。
俺はもう何も言えず、アレックスに抱きついて泣いていた。
「やれやれ、大きな赤ちゃんだな。明日はゆっくりと出発しよう。落ち着いたら寝たまえ」
エータはさも当たり前のように言い放った。
「こんな死体まみれのひどい臭いの場所で寝れるはずないだろ!」
俺は心の中でそう返事をしてからアレックスから離れ
「アレックスは大丈夫?怪我とかしてない?」
「・・・怪我なぞすぐ治る」
「そっか、でもみんな無事でよかった」
・・・
ドサリとアレックスが倒れた。
「え?アレックス?嘘だろ?」
エータもすぐにアレックスの元に駆け寄り、仰向けにして顔に顔を近づけ
「アレクシウス!返事は可能か?」
そう声をかけた。俺もアレックスの顔の横に行き、呼吸を確認した。
「息はしている!死んではいない!」
「当たり前であろう。そうか、この症状は、アレかもしれん」
「エータ?アレって何?お、お前はなにか知っているのか!」
俺はエータが悪い訳でこうなったのではないと分かっていたが、声を荒げた
「過去のデータだから欠落していて不完全なので不確定な回答しかもちあわせておらん」
「アレックスはすぐによくなる?寝てるだけ?」
「いや、これは機能停止状態だ」
「機能停止って!?アレックスはお前みたいなロボットじゃない!」
俺はエータへの恐怖やアレックスの事が心配でますますヒートアップしていた。
「そうだな。生命体だから仮死状態というのが妥当であろう」
「そ、それで治せるのか?なあ!おい!」
「まあ落ちつきたまえ。すこし調査をしてみよう。君も手伝いたまえ」
そういってアレックスの服をすこし脱がし、俺がアレックスを支えながらエータはアレックスの目を開いてみたり、胸や背に顔をあててから
「アレクシウスの腕を保持したまえ」
と言ってエータの胸部から出た針のような物をアレックスの腕にさした。
「解析結果がでたぞ。やはり仮死状態だ。時間を置けば回復するだろう」
「よ、よかったー」
おれは安堵のあまりアレックスの胸の上に倒れこんでしまった。
「だた、この状態が長ければ100年程続く。君の寿命は尽きるだろう」
「・・・は?」
俺は「何言ってるんだこのポンコツが」というセリフを飲み込んで
「ほ、他になにか方法はないのか?なおす手段が」
と聞いてみた。エータは少し考えるようなしぐさをして
「あるにはある。新鮮な身体組成遺伝子を採取して結合か変換を行えれば短期間での回復が見込める」
「・・・そ、それってどうすればいい?っていうかエータ!まだなにか隠しているのか?知っている事は共有してくれ」
「アレクシウスの遺伝子の15%前後はクラゲの遺伝子だ。再生能力に優れたゲノム情報が組み込まれている。クラゲというのはわかるかね?海洋生物だ」
俺はエータの喋り方や、なにか知っているのに教えてくれなかった事に腹が立った。アレックスの命が危ないかもしれないのに!
「クラゲは知っているよ。でもなんで!なんでもっと早くそんな大事な事をおしえてくれなかったんだ!!」
俺は立ち上がり、エータに怒鳴りつけた。
「君。落ちつきたまえ。そして想像したまえ。この世界に『遺伝子』や『ゲノム』と言って理解できる人間が存在している可能性は何パーセントだと思うかね?」
「・・・そ、そうだね。ごめん・・・」
俺は自分では何もできないのを棚に上げ、エータに八つ当たりしていることに薄々気付いていた。そんな自分がイヤだった。
「吾輩に謝罪など不要。しかし、君は遺伝子すらも知っているのか。君の知識量は実に興味深い」
そんな俺の顔をまじまじと見つめ、エータは関心しているようだった。
でもまてよ?遺伝子治療って専門的な設備とか知識とか技術とかないと無理じゃないか?
「え、エータは遺伝子治療ができるの・・か?」
「吾輩にできるのは応急処置程度だ。多少の外科的手術なら可能だが、遺伝子治療などできん」
「・・・え?じゃ、じゃあクラゲを取ってくるだけじゃダメじゃないか」
「君はやはり記憶がないのかね?君の腕は誰がどうやって治したのかね?いるではないか。遺伝子治療のスペシャリストが」
「・・・はえ?ジンナ?俺の腕は遺伝子治療なのか?ジンナがそんなすごいことを」
またジンナに会えると思うと嬉しいが、今はアレックスを助けるのが先決だ。
「と、とにかくアレックスをジンナの村に運ぼう。エ、エータに頼んでいいかな?」
「吾輩が運ぶのが妥当であろう。しかしそうなると別の問題も出てくるな」
「別の問題って?」
「吾輩がアレクシウスの体を担いで運搬する。その間、君の身の安全は誰が守るのかね?」
「あ・・・」
「しかし、他に選択肢がないのは事実だ。吾輩が運搬しながら君の警護を行おう。警戒も同時進行だから急ぎたいのに急げないのが問題だな。君の身の安全も重要な事項だ」
ケンはエータの顔を見ながら話しを聞いていたが、アレックスの目を閉じている顔をじっと見つめた。
「アレックス。時々すごい怖かったけど優しいアレックス。いつも俺を守って助けてくれたアレックス」
俺は立ち上がり、すぐそばにある首から上のない豚人の死体に握りしめられた槍をつかんだ。
「今度は俺が助ける。俺が守る」
そういって槍を握りしめ立ち上がった。
首を切られた豚人は槍を離さなかったが、ケンは震える手でその手を引きはがした。
自らも立ち向かわなければならない。そう感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます