第21話

エータがアレックスを肩に担ぎ、ケンが荷物を最低限にして持ち、ジンナの村へ戻る。

そう決まり、移動を始めた。

ケンは木の柄で出来た槍を杖代わりにエータの後を追った。

エータは小柄で身長が多分150センチ程しかない。アレックスは180を超え、手足も長いので、だらりと垂れ下がった手足がたまに地面を擦っていた。エータはお構いなしで進んでいた。

道中でエータはケンに突然

「豚人の接近に気付けず、色々と不信にさせた件については謝罪をせねばならない」

と謝罪をもうしでたので、ケンはビックリした。

「このロボットも変わりたいのだろうか?」

などと考えて

「エータが接近に気付かなかったり、俺に説明しなかったのはシステム的に仕方のない問題だったと思うよ。だから俺も気にしてないよ」

そう答えた。

それからアレックスについても結構くわしく教えてくれた。

ただ、過去のデータが不完全な為、推測の部分があると前置きをしていた。

彼は遺伝子操作で作られた存在である可能性が高い。ジンナや豚人もそうなのでは?との見解だった。

解析結果でクラゲに類似した遺伝子があり、それが高い再生能力や永遠に近い若さを与えているとしていた。

だが、遺伝子を安定させる為か自主的にリフレッシュさせる為か1年に50~100日の連続的な睡眠が必要なのだと言っていた。過去何年もその姿を見たエータが言うので冬眠のように寝るのは間違いないだろう。

しかし、エータのケン出現予測の時期と睡眠のサイクルのタイミングが微妙で、ケンが現れる周辺の警戒レベルをさげる為に、すこし離れた地域でわざと吸血鬼騒ぎを起こして長期の睡眠をとっていなかったとの事だった。

前にヘチマだかなんだかって商人のおっちゃんがいってた南部で吸血鬼騒動ってそういうことだったのかと納得した。

俺の為に必死だったんだな・・・いや、俺の為なのか?

でも、でも俺の事を必死で守ってくれたのは事実だ。

今度は俺が!

そうは思いながらもエータに

「い、いちおう槍を拾ってきたけど、ホントにヤバそうな時は助けてください」

と保険をかけておいた。

「うむ。アレックスも君も吾輩の庇護にある。それはこの世界でもかなりの上位の安全保障だとは思うがね」

そんな答えを聞いて安心していた。

エータは実際に移動スピードをかなり押さえていた。

アレックスの体への衝撃、ケンの身辺警備、周囲への警戒。それら全てを完璧にこなしていた。

俺はエータと話している時にふと

「俺って異世界にいるんだよな?なんかエータと会話しているとそんな事忘れている・・・」

そうなのだ。ケンはエータとの会話が現世での日常に近い会話になっていることが、環境ストレスを減らしていた。

「すこし休憩するかね?あそこなら安全そうだ」

崖だったが岩と岩の間に大きな窪みがあり身を隠せそうな場所だった。

そこで俺はエータに向かって素直な自分の気持ちを話してみることを決意した。

エータが殺戮マシーンに見えて怖い事。

エータのお陰で異世界に来ても孤独を感じにくい事。

エータがいなかったらアレックスを運べないどころかどうしていいのかもわからなかったこと。

「吾輩に恐怖するのは当然であろう。吾輩はそのように作られたのだからな」

そしてこう続けた

「吾輩に感謝するのは吾輩を作り出した人間に感謝していることになるのだよ。生命を殺す機械を作り出した人間にね」

さらに

「しかし、人間に作られ、人間の行動を補佐するように行動プログラムされているのだから、その中で最適解を出すのが、吾輩の行動なのだ。君は機械を理解しているようで、実際には利用できていない事が多かったのではないのかね?」

なんだか俺はおかしくなってきて笑ってしまった。

アレックスも今すぐ命があぶない訳でもないのが実感できて安心したのかもしれない。

「俺はエータを誤解していたのかもしれない。エータ、君は最初から変わらないね。これからも頼りにしているよ」

「吾輩は時に君の行動が理解できないがね。感情によって行動にムラが出るのは実に非効率だ。睡眠や食事に関しては若干の憧れがあるのだがね」


ジンナの村についたのは真夜中だった。

村の灯りは消えており、静かだった。

空には雲が無く、月明りと満点の星空で明るく感じた。

俺は日の出までまったほうがいいのか、一瞬迷ったが、ジンナの家へ行くことにした。

早くアレックスに元気になってほしかった。

ジンナの家の前まで行き、ドアをノックした。

「ジンナ!夜中にゴメン。俺だ、ケンだ」

しばらくまったが反応は無かった。

「寝てるのかな?日の出まで待った方がいいかな?」

「いや、中に生体反応はない。外出しているのであろう。ドアを開けてくれたまえ」

「え、エータ!勝手に入ったらダメだよ!鍵だってかかっているかもしれないし」

「ケン、アレックスを治療台に寝かせるのは早い方がいい。同じ姿勢、しかも不自然な体勢で固定しているのは血流や関節に悪い」

「そ、そうだけど・・・ジンナごめん。ドアを開けるね」

俺は鍵がかかっていると思っていたが、ドアはあっさりと開いた。

ちいさな声で「お邪魔します」と言って不法侵入に成功してしまった。

エータはそんな俺をまったく気にせずに、ズカズカと奥の部屋に進み、アレックスを台の上に寝かせた。

俺はジンナに申し訳ない気持ちになりながらエータについていき、アレックスの顔を見た。

キレイな顔で静かに眠っている。ちゃんと胸が上下して呼吸をしているのを確認してほっとした。

「さて、事情をジンナに話してアレックスはここに置いてクラゲを探しに行こう」

「そ、そうだね。勝手に入って悪かったけど、ジンナはこんな時間にどこにいったんだろう」

「君にも睡眠が必要であろう。隣の家は空き家のようで自由に使っていい許可をアレックスは取っていた。向こうで寝てきたまえ。吾輩がジンナを待ち、事情を説明しておこう」

俺はジンナに会いたかった。だから一緒に待っていたかったけど、エータの意見に反論できずにいたが

「す、少しだけ一緒に待っていてもいいかな?」

「日の出まで後4時間程だ。君の疲労度的に7時間の睡眠時間が必要と思われるが、眠くないのかね?」

「アレックスが心配だし、ジンナとも話したいし・・・」

「そうかね?それではケン。井戸に行き汗を拭ってくるとよい。ついでに水を汲んでそこのかめに入れておいてくれるかね?アレックスの体もふくので君も手伝いたまえ。服を脱がせておく」

「あ、ああ」


俺はエータの指示に従い、布切れと木の桶を持って井戸にいった。

月明りを頼りに井戸に向かった。誰かが水を使っている音がした。

「じ、ジンナ?」

「きゃっ!」

ジンナが水浴びをしていたようだった。俺は咄嗟に声をかけてしまったことを後悔しはじめていた。ジンナは全裸だったのだ。すぐに振り返り

「ご、ごめん。ジンナの家の前で待ってるよ」

「・・・ケン?ケンなの?もう戻ってこないって・・・少しだけそのまま待ってて。もう服を着るから」

その後、服を来たジンナと俺は自分の体をふきながら話しをした。

アレックスが倒れてしまった事。エータがジンナなら治せると言った事。

そして勝手にジンナの家に入ってしまった事を謝罪した。

「ごめんジンナ。悪いとは思ったんだけど、アレックスを早く元気にしたくて」

俺はジンナに向かって頭を下げた。ジンナは

「勝手に入られるのはイヤだけど、緊急だったなら仕方ないね。ケン。許す」

そう言ってくれて嬉しかった。つい笑顔で頭を上げてジンナを見てしまっていた。

ジンナも笑顔だった。

「ところで、ジンナはなんでこんな真夜中に水浴びをしていたんだい?」

ジンナは笑顔をなくし下を向き

「そ、それは・・・私が醜いから。村のみんなが私を見て気味悪がる・・・」

ジンナはウネウネとうごめく赤紫の右腕を見つめていた。

「そんなことない!ジンナ、ジンナはかわいいよ!」

「ケン。私は・・・私は君を信じられない。『普通の人』のケン。私の何がかわいいの?」

「そ、それは・・・ジンナは命の恩人だし・・・ジンナの笑顔がかわいいと思ったんだ」

俺は自分の言っている事が無性に恥ずかしくなり、同時にジンナに嫌われてしまうのが怖くなってしまった。豚人に囲まれた時は「ジンナの事が好きだ」と伝えようと思ったのに・・・

「私はずっと子供の時から誰からも『醜い』『気持ち悪い』『気味が悪い』と言われてきた。ケンも本当はそうなんでしょう?本当はそう思っていてからかっているんでしょう?」

「そんなことない!」

俺はジンナのミミズの手を無意識に握りしめた。

なめらかで冷たさがあったが、どこか心地よい。それは奇妙な事に安心感をおぼえた。

ずっと一人で、誰かと深くかかわる事を避けてきた。一人でいるほうが、孤独なほうが安全だと思っていた。

しかし、ジンナの手を両手で包み込み、そのぬくもりを感じた瞬間、もう手放したくないと強く思った。彼女が、ジンナが俺の世界を変えてくれるのかもしれない。そんな予感が芽生えていた。

「・・・私は・・・信じられない」

ジンナは手をひっこめてしまった。

俺はなんて言っていいのかわからなくなってしまった。

「と、とにかく今はアレックスを診てくれないか?」

「・・・そうね」

そうしてアレックスの元へ戻った。

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