第22話
ジンナは裸になったアレックスの体にミミズの右腕を絡めたりのたうち回らせていた。
俺とエータの方を振り返って
「・・・私じゃなおせない。その人形が言うように何かが足りないみたいね」
エータを「人形」と言ったのは置いておいて・・・
「やっぱりクラゲを取ってこないとダメなのか。ジンナ、アレックスの事たのめる?」
「必要な物を持って戻ってくるので、その後の治療も依頼したい」
俺とエータの懇願にジンナは首を縦に振った。
「わかったわ。準備をしておくけど、何日くらいで戻ってくる?」
「吾輩の計算では4日といった所であろう。対象の捕獲が不確定なのでプラス3日程度加算する可能性もある。ところで報酬は何を希望する?」
ジンナはちらりと俺の顔を見てから
「この人。アレックスと言ったかしら?この人はこの村の恩人だと長老に聞いたわ。昔人間から逃げていたこの村の人々を助けてくれたって。だからお礼はいらない」
俺は前に、アレックスにたいして数人の村人が頭を深々と下げて挨拶をしている風景を思い出した。
そしてジンナが言った「人間から逃げていた」「この村の人々」と言う言葉に違和感をおぼえた。まるで自分達が人間とは違うと言っているように感じた。
「そうか。無償というのも問題になる可能性がある。何か報酬は準備しておこう」
「期待しないでおくわ」
ジンナはそんなそっけない返事をしていたが、エータが
「ケン、君はもう寝ておくのだ。明日はまた移動になる。休む事が優先事項だ」
そういって退室しようとドアを開けた俺の耳に不穏なセリフが聞こえた。
「ジンナ。君の体を少し調査したいのだが、かまわないかね?」
エータの声はいつも通りの冷静さだったが、なにか急いでいるように感じた。
「君も就寝の時間かね?」
ジンナは「まだ寝ない」と言ったがエータは食い気味に
「その身体の特異性、その能力。君の持つ何かが解析できればアレクシウスの再生能力の改善につながるかもしれん。それだけじゃない。ケンの身体にも応用がきくかもしれん」
俺は気になったが、ジンナのそっけない態度にバツが悪くなり隣の家のベットにもぐりこんだ。
ケンが出て行ってからエータはジンナに向き合い話し始めた。
「君の体は通常の人間とは異なるようだ。この村の人間達は何かしら一般的な人間とは異なるようだが、何か知っているかね?」
「私は・・・何も知らない」
そういって俯いたが、エータは構わずに話しを続けた。
「私の分析では君は遺伝子治療を行っている。他者の遺伝子を操作できている。言っている意味はわかるかね?それと再度確認するが、夜間は睡眠を取らなくて主に日中寝るのだね?」
「イデンシ・・・?何言っているかわからない。太陽に・・・光に当たれないから夜は寝なくて平気よ」
「そうか。体を見せてもらえるかね?」
ジンナは身構えて
「え?ちょっと・・・あなたは何?人形?私は・・・醜いのよ?醜いばけものよ?」
「吾輩に醜いとか美しいとか芸術的な評価を下すシステムはついていないのだがね?」
「あなたは人間ではないでしょ?生きていないの?」
「吾輩は人間によって作られた自動で動く人形のようなものだ。君が下した『人形』という評価は的を得ている。君が『醜いばけもの』なら吾輩は『鉄のばけもの』かね?」
ジンナはエータの言っている事を半分も理解できなかった。
だが、何故か話しを自然にできているように感じた。相手は生き物ではないからであろうか?ジンナとは違うが、同じように自らを『鉄のばけもの』と言う相手に何か親近感を覚えてさえいた。
「その右腕を見せてはもらえないかね?それならこういうのはどうであろう?」
エータは自らのちぎれた右腕をジンナの顔の前に見せて
「吾輩は右腕を損傷している。説明義務があるので簡単に説明するが、小さな損傷なら吾輩の中に組み込まれたナノマシンによって修復が可能なのだが、君に吾輩が治せるかね?」
ジンナはエータのちぎれた右腕を見て「エータも傷ついている存在」だと思った。ミミズの腕で触れた。そして首をよこに振った。
「これは無理ね。生きている物じゃないとなおせない」
「やはりそうか。それとケンのことなのだがね」
ジンナはドキリとした。
「ケンは君にたいして好意を抱いている。ここをたってから君の名前をよく言っていた。そしてジンナ。君もだろう?」
「な、この人形なにをいっているの?」
「ふむ。行動や発言のシーケンスはケンに近いな」
「あなたはひょっとして!ケンがなにかをしているの?そうなんでしょう?ケン!」
ジンナは立ち上がり、周りを見まわした。だがアレックスの静かな寝息が響くだけだった。
「なかなか面白い推理だ。吾輩は完全自立行動している。干渉するのはかつてのメインターミナルシステムでも無理であろう」
「な、何を言っているの?な、なにがいいたい?からかっているのか!!」
ジンナはエータを睨みつけたが、エータは
「実に非効率な行動をしている。何故ケンに好意を伝えないのだ?人間の営みとはそういうものではないのかね?」
ジンナは静かに椅子に座り俯いた。
「怖いんだ。ケンが・・・ケンが怖いんだ!」
「おそらくだが君の方が戦闘能力は上だ。ケンが訓練してもそれは覆らないであろう」
「そ、そうじゃないんだ。ケンが・・・私を醜いといって・・・気持ち悪いといって・・・私を見たくなくなるのが怖いんだ!!」
ジンナは静かに、しかし力強くそういった。握りしめた左手は震えていた。
「私はずっと醜いと罵られ・・・石を投げられ・・・それでも長老に言われた人が食べ物を持ってきたり身の回りの世話をしてくれたり・・・でもみんな気味悪がって、私を見ると逃げる・・・」
ジンナは涙を流し、拭うこともなく続けて吐露した。エータは静かに聞いていた。
「ケンに『かわいい』とか『女の子』なんて言われて・・・はじめてそんなこと言われて嬉しかった・・・けど。けど!私は自分が醜く気持ち悪いミミズだって知っている。そんなバケモノが・・・人間を・・・人を好きになっていいはずがない・・・」
「そうか。吾輩には『醜い』も『好き』もわからないが、吾輩は醜いか?たしかにケンには何度か『バケモノ』と言われた事はあった。だが吾輩の今の使命は、ケンを守りアレクシウスを救命することだ。その為に手段は選ばん。ケンにバケモノと言われようがケンのそばで補佐する事に変わりはない。ケンは吾輩を受け入れている。ジンナも受け入れるはずである」
ジンナはなにか見当違いなエータの発言に少し笑ってしまった。
「今話した事は全部、ケンにも誰にもいわないでくれ。それがアレックスをここに置く条件だ。いいな?」
なんだかすっきりした気分になったジンナは笑顔でエータにそう言った。
「わかった。そうだ。後の報酬はケンに考えさせておこう。無論今日の事を口外せずに誘導する。ケンが起きてくるまでまだ5時間ほどあるな?吾輩は周囲の地形を見てくる」
そういってエータは出ていった。
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