第23話

翌朝、俺が起きたら日はもう高かった。

井戸で顔を洗い、ジンナの家へ向かいドアの前に立った。

ジンナの事を考え、ノックをしようか、どうしようか迷っていたらドアがあいた。

「やあ、おはようケン。向こうの家に行こう。ジンナが寝ている」


俺とエータは隣の俺が寝ていた家に入った。

「体の調子はどうかね?朝食の準備をしよう。その後に今後の説明をする」

「ジ、ジンナは?」

俺は我慢ができずに聞いてしまった。

「彼女は眠っている。ふむ、これは伝えておいたほうがいいだろう。彼女は日中眠り、日が沈んでから活動する夜行性だ」

そういってエータは出ていった。

「夜行性・・・って人間にも言うのか?夜型ってことか?」

俺は一人テーブルに頬杖をついてつぶやいた。

その後にエータが持ってきた、いつもの固いパンとコーヒーを飲んで今後の予定を聞いた。

「海を目指して移動する。その後対象の捜索と捕獲に入るのだが、君はクラゲの生態を知っているかね?」

「えっと、クラゲクラゲ・・・刺されたら痛い」

「以上かね?」

「えっと・・・青白い透明な体でプカプカ浮いている。他には・・・」

「及第点だ。それだけ理解していれば捕獲することは可能だな」

「・・・え?こ、こんな答えでいいのか?」

「ケン。我々の目的は何かね?」

「クラゲを捕まえる・・・です」

「どこにいてどんな姿をしていてどのように移動するのか。それ以上の知識が捕獲に必要かね?必要というならクラゲの成長過程から説明するが?実に興味深い成長の仕方をする生命体で、誕生時はポリプやプラヌラと呼ばれ、その後も・・・」

「す、すいませんでした先生。だ、大丈夫です!」

「そうかね?道中に興味があるのなら吾輩の知識の限りで良ければ解説できるのだが」

「ええと、海まではどれくらい?」

「距離にして70キロ程だ。まっすぐに西方向に行けば若干の高低差はあるが最短距離で海までつく」

「え、エータ先生。70キロを・・・何日でつく予定ですか?」

「移動だけなら1日で十分であろう?」

俺はガクッとうなだれた。ここには馬車もないだろうし、その距離を走るのか・・・フルマラソン超えてるじゃないか・・・。

「しかし、警戒や君の護衛も行う事を考えると2日だな。食事も済んだようだし出発しよう。荷物は吾輩が持とう」

そういってエータは荷物を背負い立ち上がり

「ケン、君の槍、忘れるなよ」

そういって振り向いた。エータの無機質な顔は笑っているように見えた。




俺はエータの肩に担がれて、ものすごいスピードで大地を疾走している。

思っていたよりも揺れないが、僅かな振動が頭を揺らし、おなかに衝撃を伝える。

「え、エータ!ちょ、ちょっとまた吐きそう・・・」

「またか。仕方がない。あの丘の上で小休止しよう」

エータはさらに加速して坂道を駆け上がっていく。

俺を肩に乗せて・・・



なんでこうなったのか・・・

時は少しだけ遡る。

ジンナの村を出て赤茶けた不毛の大地をケンとエータは歩いていた。

雲一つない晴天で、日陰になる場所はなかった。

手に持つ槍を杖替わりに、走らずに歩いているペースだが、直射日光の影響だろうか?

まだ午前中のはずだ。太陽はまだ真上に来ていないのにケンはバテバテだった。

「はあはあ・・・え、エータ。ちょっと休憩しよう」

「ふむ。もう三度目の休憩になるな。あの岩の裏なら日陰になっている。そこまで行こう」

ケンはよたよたと岩までたどり着き、日陰目掛けて崩れ落ちた。

エータは荷物から水筒と布切れを出してケンに渡した。

「やはり馬を早めに入手したほうがいいな。とにかく汗をふいて水を飲みたまえ」

ケンは整わない息のまま水を飲み、むせて咳き込んだ。

「大丈夫かね?これなら吾輩が担いだようがいいようだな。水の補給もしなければならないな」

ケンは咳き込むのが落ち着いてきたが、エータの発言とバテている自分に腹を立てていた。

「し、仕方ないだろ!こんなに暑いと思ってなかったし、体力がなくて悪かったですね!」

ケンはいらだちエータにちょっとしたイヤミを言った。

「悪かったわけではないがね。ケン、担いで移動するのはどうかね?」

ケンは何が「どうかね」だと思い

「じゃ、じゃあ担いでくれよ!」

と答えてしまった。さらなる地獄とも知らずに・・・

「よし、君の準備が出来たら合図してくれ」

「・・・あ、合図?準備って何をどうすれば・・・」

地面にへたり込んでいる俺は下を向いていたが、おそるおそるエータを見上げた。

「荷物をしまい吾輩に渡すのが準備だ。そしたら自然体で立ち『出発する』と言えばよい」

俺は何故かエータが変形して車やバイクになる姿を想像した。

半ば逆切れでエータに「担いでくれ」と言ったのだが、それでよかったのか不安になってきた。

が、興味もあった。

俺は水をもう一口飲んでから水筒と布切れを荷物袋にしまいエータに渡して立ち上がり

「出発する」

と言った。言ってやった!


そうして変形しないエータの右肩の上に腹を当てて荷物のように担がれている。

段々と加速して遠くなっていく風景を楽しめたのは5分もなかったように思う。

喉の奥からこみあげるすっぱいものを我慢できずに、走るエータから垂れ流したのが一回目。

その時は窒息しそうになり、エータをタップして停止してもらうも

「落ち着いたかね?再出発しよう」

とエータは担ぐ事をやめてくれなかった。

俺はエータと会話もできずに、遠くなる景色とエータの素早い足の動きと喉の奥からこみあげるものに全神経を集中させていた。

「君の三半規管は弱いのかね?君の世界では乗用の機械はなかったのかね?」

俺は会話をすればこの気持ち悪さから逃れられると思い返事をしようとしたが

「あうあー」

という謎の言語しかエータの上では話せない病におかされてしまった。

「それは君の世界の言語かね?まあこのペースなら最初の予定よりも早くつけそうだ」

ケンとエータの二人分の重さを背負っているとは思えない

「スタ」とも「スト」ともなんとも言い表せない音をリズミカルにならしながらエータは疾走している。まったく機械音がしない。

ケンはエータの性能を改めて「すごい」と思った。そしてエータが合理的で冗談や悪口などが通じないのはわかっていたが、彼はなんでも真剣に考え、最適解を導き出し実践しているのか、とぼんやり考えていた。

「え、エータ。そろそろ休け・・・おろろろろろ」

「君は学習しないのかね?限界まで我慢せずに伝えよと言ったではないか」

エータは減速してケンをゆっくりと下ろした。

「さきほどこの先に僅かだが海が見えた。そこに続く河川も確認した。河川のそばまで行き今日はそこで休息しよう。そこまでは君の足で歩くかね?それともまた吾輩にか・・・」

「あ、歩きます!!」

俺は今日一番の気合を込めて即答した。

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