第24話
河原についてエータは地面をならして
「休む時はここで休むとよい」
と平坦なスペースを足で作ってくれた。
俺は普段車酔いとかほとんどしないけど、昔俺が小さい頃に、オヤジに連れていかれた船釣りで酔ったのをかすかに思い出していた。
あの時はオヤジが背中をさすってくれたな。アレックスも無言で背中をさすってくれていたな。今日はもう水しか飲みたくないし、脱力感がひどいから、まだ明るいけど寝よう。
そんな事を考えながらエータに
「もう水を飲んで寝ます」
と告げたらエータは
「そうかね。では朝に食べられる物を採取しておく。嘔吐により胃腸が弱っているようだが、なにかアレルギーはあるかね?」
はじめてアレックスに会った時もこんな事を言っていたっけな。
アレックス・・・待っていてくれ!必ずクラゲを見つけて戻る!
俺はそんな事を考えて一瞬元気になったような気がしたが、頭がクラクラしてきた。
「アレルギーはないよ。あ、お酒はあんまり飲めないかな・・・」
「そうか。適度なアルコールは消化を助けるのだがね。あいにくだが持ち合わせていないし、制作には時間がかかるからここでは適切ではないな。では警戒と見回りをしながら採取をしておこう。今回は安全を保障するので安心して就寝したまえ」
「ああ、ありがとうエータ。もう休ませもらうよ」
俺はずっと頭がクラクラしていたが、寝転んだら余計にクルクルしている感じになり完全なグロッキー状態になりすぐに意識がなくなった。
無性に喉が渇き起きたらエータが焚火にちいさな鍋をかけていた。
まだ辺りは薄暗い。
「おはようケン。よく眠っていたようだが体調はどうかね?」
俺は伸びとあくびをしてから
「おはようエータ。だいぶよくなったよ。と、とりあえず今日は担ぐのはや、やめておかないか?」
「ふむ」
エータにしては珍しく即答せずに考えているようなしぐさをしている。
俺はエータが沸かしてくれたお湯を飲んだ。
「緊急時は君の安全を優先して運搬する。それ以外は君の指示に従おう」
「ああ、ありがとうエータ」
なにかエータが少しだけ変わったような気がした。
「それと、昨夜採取したこれを摂取するがよい。弱った胃腸にも優しく、滋養強壮にもなるはずだ」
エータは鍋を火から外し、フタを取り中身を器に入れている。
フタを外した時から、なんだかものすごく青臭さがした。
「え、エータ先生。こ、こ、これはなんですか?」
エータは茶色い木の器にこんもりと緑のドロっとしたものを入れてケンに手渡し
「野草と河原でとれたシジミとケラの幼体を煮詰めたものだ」
「け、ケラの幼体・・・ってなんですか?」
「カワゲラやヘビトンボと言われる昆虫だ。タンパク質も豊富でミネラルも取れる。昨晩は食事を抜いているので栄養価と消化性の良さを重視して・・・」
エータは変わったような気がしたが、エータはやはりエータだった・・・
食事を無理やり流し込み、朝日が完全に登りきるのを待って出発した。
今日は昨日と違い、空には雲が多かった。川を下っていく途中で海が見えてきた。
「エータ!海だ!海についたんだ!」
俺はテンションが上がってエータに叫んでしまった。
エータは何故か反応が薄く周りをクルクルと回る首で観察していた。
俺は一気に不安になった。
「ど、どうしたんだエータ。な、な、な、なにかいるのか?」
さっきは叫んだのに小声で話しかける相変わらずの小心者っぷりをみせる俺。
「・・・この地形、あの島、半島、崖・・・ケン。少し寄り道をしたい」
「え?いったい何が・・・?」
合理的なエータが寄り道?俺は少し不穏な感じがして、許可するのも拒否することも怖かったが
「え、エータ。アレックスを助ける為に急がないといけないんじゃないのか?」
エータはすぐに答えずに俺の顔をじっと見つめた。人間みたいだ。そんな風に初めて感じたかもしれない。
「それほど時間はとらせない。君の安全を確保できる場所についたら私単独で行動したほうが早いが、吾輩と共にいる以上のものはないであろう」
有無を言わせないエータの雰囲気に俺はエータを信じて任せる事にした。
「エータ。何かわからないけど一緒にいくよ。どうせ俺一人じゃ何にもできないし」
「そんなことはない。君は実に多様な知識を持ち、こと機械に関してはこの世界一であろう。では行くとしよう。あの崖の上なのだが、歩いてのぼるよりも吾輩が担いだほうが楽だと思うがどうかね?」
やっぱりだ。以前エータは「君にもワガハイにも価値などない」とはっきり言っていた。違う。エータは変わってきている。何故かはわからないけど・・・
そしてエータが手を差し伸べた先は断崖絶壁だった。
ここから結構距離があるが、ミステリーのラストで犯人と刑事と主人公が崖の上でひと悶着起こすような切り立った崖だったが、担いでのぼれるのか?俺一人じゃのぼれない・・・
「え、エータ。一応確認なんだけど、あの崖を俺を担いで登れるのか?」
「問題ない。走るような速度は出せないが確実に登れる。転落する可能性は0.02%だ」
「て、転落の可能性があるのか!?で、でもどうしてもエータはそこに行きたいんだよな?よし、担いでくれ。行こう」
案外エータの崖のぼりは快適で全然酔わなかった。
腕が一本損傷しているとは思えない堅実な動きで高さ15メートルほどの崖を登り切った。
崖の上は回り道などなく、完全に切り立った崖に囲まれた孤立した場所だった。そこそこの広さがあった。30メートル四方くらいだろうか?
崖の周りは砂浜と砂利だったが、崖の上には草と背の低い木が生えていた。
崖の上でエータからおろされて海側へ少し歩くと朽ちた石碑のような物があった。
エータは石碑の前で・・・跪いた。
「同胞よ・・・もう名前も思い出せぬが・・・今しばらく待っていてくれ・・・安らかな眠りを・・・」
そういってしばらく左手を握り額を押し当てていた。
祈っている・・・俺はそうとしか思えなかった。
機械のロボットが・・・名前も記憶から消えているのに・・・
俺はその姿を見て涙が流れている事にすら自分で気付けなかった。
「待たせたなケン。ありがとう」
!?ありがとう??エータがありがとうと言ったのか?
俺の混乱をよそにエータは
「君はなんで泣いているのかね?」
「え?」
俺はそういわれて涙を拭った。
俺は言葉には出さなかった、出せなかったが
「エータが泣いているのを見て涙が出た」
そう思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます