第45話
「え、ええええエータ。もう十分だろ!」
俺は猛スピードで移動するエータの上で叫んでいた。
おそらく担がれて3分くらいだろうか?もう吐き気がこみあげてきていた。
「これを繰り返せば君の体も順応するのではないかね」
手を組んで見ているアレックスがどんどん遠ざかっていくのが見える。
俺はもうエータに返事ができずに嘔吐した。
「おかしいな。順応するはずが劣化しているのではないかね?」
俺を地面におろして座らせながら首をかしげているエータを見上げた。
何も言う気力がなかった。
知らぬ間に隣にいるアレックスが水筒を差し出してくれて一度うがいをしてから水を一口飲んだ。
「アレクシウス。君も一度ケンを担いで走ってくれるかね」
「ちょっとエータお前何言ってるんだ」
と思ったが言葉は出なかった。
そしてアレックスに担がれて走り出した。
アレックスに担がれてスピードが上がるまでは
「あ、これなら大丈夫かも?」
と思っていた時期が俺にもありました。
トップスピードになったと思われる頃から
ドンドン
と地面を踏む衝撃がおなかに伝わってきて、吐き気よりもおなかや背中に鈍痛がしだして
「あ、アレックス。おなかが痛い・・・」
と止めておろしてもらった。
「・・・おかしいな。ここに来た時は大丈夫だったのに・・・気絶か」
真顔で考えているアレックスの顔を見ていたら胃も痛くなってきた。
「我々の移動速度なら敵を振り切れるとは思うが、騎兵に長時間追跡される展開になるとケンのダメージが深刻であるな」
エータとアレックスは真剣に俺の生死に関わるような相談をしているみたいだったが、俺はもう何も考えられなかった。
「・・・やはり馬か・・・」
「で、あるな。アレクシウスの体調もほぼ回復してきたし。一度戻ろう」
エータはへたり込んでいる俺の隣にしゃがみこみ
「ケン、自力歩行できるかね?それとも我々のどちらかに・・・」
「・・・」
俺は無言で立ち上がり自分の胸を叩いた。
そして呼吸を整えて
「歩く!」
そう力強く答えた。
思っているより村から遠くに一瞬できたようで、徒歩で30分ほど歩いて自宅にたどり着いた。
もちろん二人はケンのペースにあわせての移動だった。
「やはりこのペースでは移動や探索に支障が出る」
「・・・俺が無理やりでも担げば問題ないであろう?」
そんな会話が丸聞こえで、担がれてないのに吐きそうだった。
家についてエータの入れてくれたお茶を飲みながらくつろいでいた。
俺とアレックスは並んで座って、向かいにエータが座った。
手には「例のビン」を持っている。
「アレクシウス。君の体調は回復している。そろそろ血液が必要だろう」
そういってビンをアレックスの前に置いた。
「・・・」
アレックスはビンをじっと見た後に俺の方を向いて
「・・・ケン・・・お前・・・」
少し驚いたような怒ったようなそんな顔をしていた。
そしてエータに向き直り
「・・・お前が強要したのか?」
険悪な空気を一瞬で作り上げた。
「ち、違うんだアレックス!俺が自分でそうしたほうがいいと思って・・・」
「吾輩はケンに相談はしたが強要はしていない。可能なら提供してほしいと頼んだのだ」
アレックスが落ち着いたように見えたので俺は
「で、でもなんでビンに触ってもないのに俺の血ってわかるんだ?」
そんな素朴な疑問を投げかけた。
「・・・匂いでわかる・・・それと・・・ジンナ・・・か」
「そうだ。彼女の遺伝子は君と違うタイプだが優位性が高い。経口経由だとそれほど効果はでないが、僅かでも取り込むことは君の助けになるはずだ」
アレックスはビンを取ろうかどうしようか悩んでいる気がした。
一瞬手が伸びたが、また椅子の自分の足の上に戻した。
「アレックス・・・多分俺にはわからない問題なんだろうけど・・・」
俺は椅子に座ったままだけど、体をアレックスの方に向けて
「いつもアレックスには助けてもらってばかりだったけど、俺にはこんな事くらいしかできないけど・・・受け取って、飲んでほしい」
アレックスは真っ赤になった目で俺をじっと見つめた。
その目を見てなんとなく「血が欲しいんだな」と感じた。
「・・・すまない・・・だが・・・二度とやるな!」
そう言って俺に頭を下げて怒鳴った。
俺はビビってはいたがほっとしてエータに笑顔を向けた。
エータは無言で俺に頷いていた。人間と見間違えた。
その後、エータはアレックスの体調を診断した。
「血液を補充することにより、十分な回復をしたと判断して良いであろう」
そしてこう続けた。
「明日の日中にはここを発って『屋敷』に向かうことにしよう。今日中に必要な物資などを準備しておこう。君たちの食料が主であるな」
俺は「いよいよ出発になるのか」とジンナの事を考えていた。
「住民と挨拶もせねばならぬな。そういったことが大事なのだろう?」
エータは俺の顔を見て言ったから
「コイツに読まれたのか?」
と俺はドキっとしてしまった。
3人で家を出て長老やヒロミス、ロイやユリに挨拶をして回ることになった。
ついでに食料や水も補給して寝袋や荷物袋もあれば購入することにした。
長老の家に行き、明日には立つことを伝えると
「そうですか。明日・・・」
少し目を細めてから
「必要な物はなんでも持って行ってください。近くにきたら立ち寄ってください。あなたたち3人はこの村の『英雄』なのですから遠慮はいりません」
そういって穏やかに微笑んで見送ってくれた。
ヒロミスの家に向かう道中でロイにあった。
ユリとハンクともう一人の4人で道の整備をしているようだった。
ユリはかなり遠くから気付いていたようで、認識できない距離から手を振っていた。
「やあ、ケン。元気そうだな」
「え、ええ、おかげさまで」
そんな会話をしながら明日旅立つと伝えると・・・
皆一斉に地面に跪いて感謝の言葉を口々に言い出してしまった。
「あーもう!そういうのはいいから!みんな仲間じゃないか!ほら立って!」
「しかし、村を救ってくれた恩義が・・・」
「長老ガイウスも言っていたであろう?ケンはそのような態度が気に入らないのだ」
「ちょ、エータは黙っててくれ!き、気に入らないとかじゃなくて、申し訳ないというか俺なんかにそんな・・・」
跪いてたロイがユリやハンクと顔を見合わせて
「よし、みんな立つんだ」
4人は立ち上がったのを見てから俺は
「そ、その・・・なんていうか・・・俺の方こそ色々と教えてもらってありがとうございました」
そう頭を下げたら、4人は困惑していた。
「・・・ケンはこういうヤツだ。よかったら友になってやってくれ」
アレックスは静かにそう言うと、ロイは俺に右手を差し出して
「では我が友ケンよ。旅の無事を祈る!」
俺はアレックスに感謝すればいいのか、今の自分が恥ずかしくて赤面してて逃げ出したいとかエータ余計な事いうなよとか複雑な気分で4人と握手をして別れた。
「いつでも戻ってきてくれ!我らが友よ!」
と背中に声をかけられて恥ずかしかったけど、悪い気分ではなかった。
それからヒロミスの家に行ったが、ヒロミスは家にいなかった。
「向こうの畑の隅の方に生体反応がある。おそらくヒロミスであろう」
エータが指さした方へ向かったら、ヒロミスは鍬だか鋤だかで畑を耕していた。
「ヒロミス!」
俺は少し離れた所から手を振った。
「あらケン。ツレも一緒かい?」
ヒロミスは腰を伸ばしながら農具を杖にたった。
「なんだいケン。手伝いにきたのかい?少し畑を広くしようとしてたんだが」
ヒロミスは後ろを振り返って言った。
俺はヒロミスのその態度に無性に寂しさを感じて口ごもって
「うん・・・その・・・明日・・・」
「なんだい、明日出ていくのかい?じゃ、今晩はうちで食べてから帰りな」
そう言って太陽を見上げて
「まだ日暮れまで時間がある。それまで手伝いな!」
そう言って俺たち三人に農具を握らせた。
俺は俯いていた顔を上げてヒロミスと笑いあった。
「はは、アレックスとエータも手伝ってくれ!」
その後にヒロミスの簡単な説明を聞いた。
「ここからここくらいまでだ。かるく耕して、石が埋まっていたら取ってくれたらそれでいい」
かなりアバウトな場所を指示して作業を開始した。
エータは示された場所を3周ほどクルクルと歩き回り
「ヒロミス、ケン。君たちは下がってくれたまえ。アレクシウスは石を拾ってくれたまえ」
そういって俺たちを退避、というか俺はビビり気味にかなり距離を取ってヒロミスも手招きして近くに退避させた。
エータは片手に持った農具を地面に突き刺して歩いた。
そう、深く刺したまま歩いているだけである。
それなのに小さな木をもバキバキと巻き込み、草の根をぶちぶちと引きちぎり、最終的には農具の木の柄がバキっと折れた時には耕し終わっていた。
俺とヒロミスは呆然と見守っていたが、大きな岩や倒壊した木をアレックスが畑の外に軽々と放り投げていた。
「ちょっと、あんた達!すごいじゃないの?もう終わっちまったのかい?」
ヒロミスは小走りに新しく出来た畑を呆然と見て
「ケン!あんたたち!もうここで働きよ!なーに、こんだけできりゃー食うに困ることはないよ!」
フードを被っているから表情はわからなかったが、満面の笑顔でそう言っていたと思う。
予定よりも早く畑仕事が終わり、ヒロミスの家で紅茶を出され飲んでいた。
「あそこにはお茶の木を植えようと思うんだ。ケン、あんたが上手いっていったヤツだ」
ヒロミスはフードを外してケンを見て
「またいつでもおいで、洗濯もしなきゃだからね」
そしてニヤリとして
「ケンのあの子の世話もしとくから心配すんな。だからここにも顔だすんだよ!」
ケンは我慢できずにヒロミスに抱きつき泣いてしまった。
「う、う・・・ヒロミス、ありがとう」
「バカだねアンタ。前にも言ったけどお礼をいうのはあたしの方さ。今日も大助かりだよ」
そういって俺の背中をポンポンと叩き
「さあ食事の準備をするから座っときな」
そうして穏やかな晩餐になった。
日が暮れ、俺たち3人は家に戻る事にした。
去り際に、ヒロミスは抱えきれないほどの野菜を持たせて
「どうせ食いきれなかったら捨てちまうんだ。食べきれなくて残ったら捨てちまいな」
そう言ってから俺に向かって
「いつでもまた来たらいい。けど、ケン!すぐに逃げ出すんじゃないよ!」
そういって俺を抱きしめてくれた。
俺はまた涙を流しながらも笑って
「また来るから、それまで元気でいてくれよな!」
そう返事をして別れた。
家に戻り荷物を整理して荷物袋に入れた。
二つの荷物袋はパンパンだった。
「ふむ。これだけの大荷物だとケンを担いでの移動に支障がある可能性がある」
荷物とにらめっこしながらエータがつぶやいたので俺は速攻
「歩くから大丈夫!」
と突っ込んでおいた。
俺は日が沈んでからずっとジンナの事が気になっていたが、なかなか言い出せずにいた。
だけど、今日でしばらく会えないと思うと、何か吹っ切れた感じがした。
「じ、ジンナの所へ行ってくる!」
俺は椅子から立ち上がりそう宣言した。
「そうかね?吾輩も食事を持って共に行こう」
「・・・そうか、では」
目を閉じて座っていたアレックスまで立ち上がって行く気になっていた。
俺は少し困惑したが「二人とも挨拶があるのかな」と思い一緒に向かった。
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