第2話

俺は肩に担がれ、軽々と運ばれていく。目の前には巨大な城が遠ざかり、周囲の風景が変わっていく。俺の体は何も感じていないようで、ただただ揺れる感覚だけが伝わってくる。

城を出ると、吸血鬼は俺を街道に下ろした。吸血鬼はそのまま立ち止まり、俺に向かって冷たい目を向ける。

「お前、名は?」

「や、山田健です。」

「ヤマダケンデスよ。歩けるか?」

「ケンデスじゃなくてケン。」


吸血鬼は眉間にしわを寄せ、 「あ?」っというような表情をし俺に冷たく見下ろす。

俺はビビって必死に自分のアピールをしようと思い

「ぼ、ボクを食べてもおいしくないでしゅ・・・」


吸血鬼は一瞬驚いた表情を浮かべるが、すぐに顔をしかめ

「・・・うまいかまずいかは私の決める事だ」

ニヤリとした口元から見えた牙がきらりと光った。

俺は愛想笑いの表情のまま固まった。

「・・・食べるつもりは無いがキサマには興味がある」

俺はその言葉に少し安心しつつも、まだ何が起こっているのかを完全に理解することができていない。ただ、目の前の吸血鬼が少しずつでも自分に対して興味を持っていることだけは確かだと感じていた。


吸血鬼が歩き出し、俺もその後ろをついて歩いた。一瞬逃げようかとも考えたが、結局そのまま歩くことにした。

奇妙な組み合わせが街道の風景に溶け込んでいく。


二人で街道を歩いていた。

前を威風堂々と歩く吸血鬼とトボトボとついていく俺。

吸血鬼は一瞬立ち止まり街道をそれて草原を抜け、森に入り河原についた。

俺は何か話した方がいいのか、ずっと無言で後ろをついて歩く気まずさを感じていて、街道をはずれ河原についた事に気付いてなかった。

「血を洗う」

それだけを言って吸血鬼は服を全て脱ぎ捨て、全裸で川にザブザブと入っていった。

俺は呆然と立って見ていた。

赤黒い血が水面に広がるのが見えた。


・・・人が死んだ。血が、生首がこちらを見ている。血の匂いが充満している。

川に流れる洗い流されている血を見て、突然恐怖と吐き気を思い出し跪いて吐いていた。

吐瀉物が喉につまり、鼻でも口でも呼吸できずに涙が出てきた。

目の前で死んだ。さっき話していた人が死んだ。体が震える。

冷たい手が背中に触れる。優しく背中をさする。

涙と鼻水をたらした情けない顔で横を向くと吸血鬼が優しく背中をさすってくれているようだった。

「うう・・・」

俺は情けないやら怖いやら、なんだかよくわからない感情で泣いた。

吐き気は収まったが涙はなかなか止まらなかった。

程なくして背中をさすっていた吸血鬼は俺から離れていった。

四つん這いのまま、目だけで吸血鬼を見ていると、全裸のまま枯草や枯れ木を集め、脱ぎ散らかした服から火起こしの道具か何かで焚火を作った。

「顔を洗って焚火で休め」

そう言って自分の服を河原で洗い出した。

服を洗う川も赤黒い流れを作っていたが、俺は落ち着いていた。

話しかけられてからだいぶ時間がたっていたが

「あ、ああ」

と返事をして河原で顔を洗い焚火の前に座り込んだ。

焚火越しに吸血鬼を見ていた。

コイツが俺を恐怖のどん底に落としたはずだった。なのに介抱して焚火にあたれ?

俺は少し冷静になって吸血鬼を観察しながら考え事をしていた。

「コイツの目的はなんだ?なんで殺さない?」

そんな考えがグルグルと回りだした時に全裸の吸血鬼が無言でこっちを見ていた。

見た目は40歳くらいなのか?高い鼻に、ほりの深いの彫刻のようなイケオジに見える。

ヒゲはなくツルっとした青白い肌に赤い目と長くウェーブした赤い髪。

背も俺より高く、細身だががっしりとした体付き。

アレも俺よりでかい。

くやしいが完敗だと思った・・・

「俺は何を考えているんだ?」

っと我に帰った。

無言で見つめあっていたが、吸血鬼が服を乾かす為か、焚火のそばに濡れた服を抱えて来て

「人を殺した事はないのか?」

と真顔で聞いてきた。

「あ、あるわけないだろ!!」

咄嗟に突っ込んでしまった!

殺されるかもしれないけど、さっきから殺さないし、逃げてもどうせ逃げられないからと開き直った。

「だいたいアンタはなんなんだ?ここはドコでアンタは何がしたいんだ?」

半ばヤケで大声で言い放った。

思えば短い人生だった。彼女も一度くらい出来て欲しかったな・・・

吸血鬼を睨みながら自分の人生を振り返っていたら、上半身だけ服を着た吸血鬼はズボンを横の木の枝に掛け右手を胸にあて丁寧に頭を下げた。

「私はアレクシウス。アレクシウス・ヴァン・ローレンだ」

俺は何が起きたのか理解できなかった。

吸血鬼相手にキレてビビって、もう殺されると思っていたのに、この対応は何?

って言うか座っているから目線の高さが下半身だからズボンはけよ!


俺は名を名乗った目の前の下半身半裸に何も言えず口をあんぐりと開けたまま見とれていた。

映画やアニメで見る貴族の「ご機嫌麗しゅう」みたいな挨拶を、直接生で初めて見たけど、アレクシウスと名乗るコイツはかっこよかった。様になってい過ぎて何かの撮影なのかと思って辺りを見まわした。

石がゴロゴロした河原と森と雑草だけで撮影クルーは見当たらない。

「あ、あ、アレクシウスさん?さま?こ、こ、この後のご予定は?」

俺は何かに緊張して聞いてみた。

アレクシウスはズボンをはき、身なりを整えて焚火の向かいに立って見下ろしながら

「服が傷んでしまったな。お前のその変な服も変えるか」

服?え服が今重要なの?

俺は某ロボットアニメのキャラクターが前面に書かれたTシャツとジーンズだったが、Tシャツはお気に入りだった。だ、だが逆らえない・・・のか?

服とかって言われてもお金もない!?そうだ、それを口実に

「アレックスさん!ぼ、ぼくお金持ってないです!」

し、しまった!焦って名前間違えてしまった!

日頃あんまり人と会話しないからか、いや違う!

俺はコミュ症だ!受付の女子と会話も出来ず、目が合っただけでドギマギして会釈して走って逃げるタイプの純情派男子(自称)だ!

「金はある。城から持ってきた」

アレクシウスは懐から茶色い袋を出し、口紐を緩め中身を見せた。

金貨だけじゃなく、赤や青の宝石も光っていた。

「ど、泥棒じゃないかアレックス!な、なにして・・・」

俺はエルフの青年の生首を思い出し、目の前には凶悪殺人犯がいることを思い出していたが、咄嗟に突っ込んでしまう自分が怖かった。

「ふむ。死人に金は必要なかろう?アレックスか、そう呼ばれるのは初めてだな」

無表情だったアレクシウスはケンをじっと見つめニヤリとした。

ケンは何故か上機嫌な吸血鬼にほっとして、

「あ、アレックスさんとお呼びしても、よ、よろしいですか?」

自分では自然で軽快に話しかけたつもりだった。

「ああ、お前はケンデス・・・ケン・・・か?ケンよ」

「は、はい!」

「すぐには殺さん。普段通りに喋ればよい。とりあえずお前にはズボンが必要だな」

俺は「殺さん」と言う部分だけ聞いて全身の力がガクっと抜けたような気がした。

安心したからなのか、また涙が出てきてしまった。

俺普段そんなに泣かないのにな・・・

もうコイツに泣き顔見られるのも、何もかも恥ずかしくなくなってきたついでに色々聞いてみようと思った。

「ぐずっ・・・ず、ズボンって?」

「お前・・・さっき漏らしただろう?臭うぞ・・・」

吸血鬼のクセに若干気を使ってか目をそらして言い放った言葉に、俺は立ち上がり両手で尻を触ったが、乾いていた。ちょっと臭うかも・・・前言撤回、ちょー恥ずかしくて赤面した。

「行くか」

アレックスはそれだけ言って焚火を踏み消して歩き出した。

俺は恥ずかしくて顔を上げれずに下を向いてついていった。

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