第49話

馬車は特に何事も無く順調に進み、次の街についた。

俺はずっと黙って寝たフリをしたりしていたが、エータは老夫婦と何やら会話をしていた。

次の街についたらキザおじさんだけが下車して、替りに兵士が一人乗ってきた。

「しばらく邪魔をする」

太く低い声で一言断りを入れて乗り込み、キザおじさんが降りた席、中年の奥さんの隣、俺の前にドカリと座った。

俺はエータやアレックスの存在がバレるのではないかと内心ヒヤヒヤしていたが、兵士は腕を組んで目を閉じてうたた寝をしているようだった。

「ふむ。馬車検めではないようだな」

「ば、エータ声がでかいよ!」

俺はささやき声でエータに言ったが、エータはまったく気にした様子はなく

「相手が一人なら君の訓練にちょうどいいのではないかね?」

冗談とも本気とも思えることを言って俺は絶句していた。


その後は馬車内で会話もなく、静かに馬車は揺れていたが、御者が

「兵隊の旦那ー!前の方に兵隊の人がいますがここでいいんですかい?」

そう馬車の前布をめくり声をかけてきた。

そこからちらりと見えた先には、街道の真ん中に馬乗った茶色い革鎧の兵士が4~5人見えた。

俺はみんな屈強そうな兵士に見えて、ビビってドキドキしていたが、馬車に乗っていた男は

「馬車は止めなくていい。ご苦労であった」

そう言ってひらりと飛び降りた。

馬車の後ろの方から

「分隊長。御帰還おまちしていました!」

そんな大きな声が聞こえてきて

「あ、あの人はえらい人だったのか。なんかそんなにすごそうに感じなかったな」

そんな感想を持った。


俺は安心感からか、分隊長が馬車から降りてまもなく

「はーっ」

と溜息をついてしまった。

斜め前に座っているふくよかな中年夫人は俺を見て、懐から一枚の乾燥した葉っぱを差し出し

「あんた疲れてるのかい?これあげる。キーリの葉」

俺は受け取らないのも悪いと思い

「ど、どーも」

と受け取ると夫人は同じものを口に入れていた。

俺も恐る恐る口に入れるとスッとした辛さと苦味を感じた。ミントのようだった。

頭もスッキリとした気分になり

「これうまいですね」

「あら、それはよかった」

夫人は誰もが安心できそうな笑顔で答えたが、隣の主人は目を開けて

「うちで卸してるんだが、兵隊に買いたたかれるのはシャクでね。少しなら分けれるが買うか?」

そう聞かれて、俺は欲しかったがお金を持っていない・・・

「ああ、えーと・・・」

「小袋ひとつ頂こう。これで足りるかね?」

エータは銀色のコインを1つだして渡し、小袋を受け取った。

「お、さすが旦那は相場をわかってるね!兵隊相手じゃなくアンタらと商売したいね!」

そう言ってだみ声で笑っていた。


その次の小さな街とも村とも区別つかない所で中年夫婦は下車した。

俺は手を振って見送った。

エータは先ほど受け取った「キーリの葉」を手に取って

「これは神経を落ち着ける作用がある。君が担がれて気分が悪くなった時に使用するのが効果的であるな」

そんな会話をしていたのだが、後ろから馬の走るひずめの音が迫ってきて、俺は一気に緊張し、少しだけ外を覗き見た。

槍を持った兵士二人が馬を走らせて馬車に迫っている。

「えええ、エータ!兵隊がきた!」

俺はビビって震える声でそういったが、エータもアレックスもまったく動じずにいた。

「敵意は感じられないから伝令か何かであろう」

そのまま馬は馬車に並び、御者に

「この先は通れないかもしれん。街道は安全だが、引き返したほうがよい」

そう声をかけていた。

俺は不安になり「引き返そう」と言おうとしたが

「行ける所まで行ってそこで降ろしてくれたまえ」

エータは淡々と御者に告げていた。


ほどなくして兵士が街道を並んでふさぐ場所に来て

「これ以上は行けないみたいですぜ」

と御者に言われてその場で降りた。

俺は兵士達が作った簡単な木のバリケードの前でそんなやり取りをしているのが不信に見えたが、兵士たちは何も言わなかった。

エータとアレックスは荷物を担ぎ、ズカズカと兵士の居並ぶ街道を進んでいった。

「ここから先は自己責任だ」的な事をいうだけで通してくれた。


しばらく歩くと先の方に煙がいくつか上がっているのが見えた。

街道からそれた場所だと思うが、草木もまばらな丘の多い地形の数か所から煙が上がっているのを見ながら歩いていた。

朝は活気のある街で穏やかだったのに、昼には戦場に来てしまったのかと錯覚した。

エータはフードを外し、目をクルクルさせながら

「豚人の斥候はここまで来ているのか。本体も近いな」

俺はますます不安になり、アレックスを見上げた。

アレックスは俺の視線に気付き、近くに来た。

「・・・大丈夫だ」

たった一言だけ、そう言ってくれただけで、俺はかなり安心していた。

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