第36話 「旦那様なら当然です」


 関所で馬を調達した俺たちはクソ領をひた走った!


 早く早く早く!


 一刻も早く俺のキラキラ(予定)を手に入れたい!


 気ばかりが急き、駆け足で進む3頭の馬の先頭に立って走り続け、馬の体力がなくなれば【スタミナ・ヒール】を掛け、体力があっても筋組織断裂から身体機能が損なわれ、どうしても速度が落ちていってしまうので、【ヒール】を掛けて走らせ続けた。


 既に幾度もの【スタミナ・ヒール】を受け、馬どもの目は血走り瞳孔は開き、口からは泡を吹いている。これが【スタミナ・ヒール】を短時間に重ね掛けした場合の副作用だ。


 本来あり得ない急回復と疲労を交互に繰り返し、脳と精神が不調を来して狂っていく。


 だが大丈夫だ。命に別状はない!


 頑張れ馬ども! と励ましながら走り続けること数時間。


「――ギルガ殿! そろそろアナベル殿たちが限界だ!」


「ん?」


 走りながら背後を振り返る。


 既に時刻は深夜だが、この世界では月が二つあるせいだろうか? 夜でもそこそこ明るい。それに俺のドラゴンアイは人間よりも夜目が利くから、アナベルたちの表情までばっちり見えた。


「わ、私たちは大丈夫です……!! それよりも早く、姫様のところに……!!」

「ギルガ殿、私たちのことはお構いなく……っ!!」


 アナベルとクレイグは濃い疲労にまみれた顔でそう告げる。


 ふむ……馬に乗っているから大丈夫だと思って、【ブレッシング】を切らしていたか。かけ直せばすぐに「最高にハイ!」な気分に戻るだろう……が。


「そうだな……俺としたことが。止まれ! 食事と数時間の休息を取る!」


「「ギルガ殿!!」」


「黙れ! これは命令だ!」


 騎士二人が反対するので、俺は立ち止まり、無理矢理に言うことを聞かせる。


 森を出発してから聞いていた話だが、こいつら森で偽盗賊どもから命懸けの鬼ごっこを2時間あまりも繰り広げていたらしい。その後、出発してから更に2時間くらい走り続け、関所で馬を手に入れてから数時間も騎乗したままなのだ。


 そりゃあ、疲労も溜まるだろう。


 大勢の仲間の死に直面していることを思えば、今のこいつらにとっては、休むよりも何かをしていた方が精神的に楽なのかもしれないが。


 俺の魔法で疲労を完全に取り除くことなど造作もないが(副作用でちょっと精神がアレになるけど)、あまり急いで誘拐犯どもに追いついてしまっては、姫様奪還のために領主の屋敷へ踏み込むという大義名分が失われかねないしな。


 それに……。


「まさかブラック経営者を憎むこの俺が、ブラック経営者みたいなことをしちまうとはな……!!」


 効率の良い仕事のためには休息が必要だ。


 思えば俺たちも働き詰めだったし、三人娘も疲労が溜まっているだろう。


 というわけで、俺はテントと寝袋を取り出し、買い置きの食料を騎士二人と三人娘たちに与え、全員をテントに叩き込んだ。


 アナベルたちは最後まで寝ることに反対していたが、寝袋に包まれると途端に意識は落ち、泥のように眠り始めた。


 そこへ念入りに【ヒール】を掛けてやれば、即席ショートスリーパーの出来上がりだ。短時間の眠りで、目覚めは爽快になるだろう。


 全員が寝たところで、俺は馬どもに大量の水を飲ませてやり、岩塩の塊(キャンプで使おうと思って買った)を取り出して舐めさせた。残念ながら飼い葉はないから、お前たちはそこら辺の草でも食っててくれ。


 そうしてようやく俺も不寝番をしがてら、食事にする。


 この数日で、あれだけあった買い置きの食料がずいぶんと少なくなった。野営の時に三人娘に分けてやったりもしたが、俺のエンゲル係数が高すぎたのが主な理由だ。レスカノールに戻ったら買い足しておかねぇと。



 ●◯●



 数時間後、ようやく空が白み始めた頃。


「か、体が軽い……!!」

「ああ……それに、驚くほど爽快な目覚めだ……!!」


 普通なら半日は眠り続ける疲労だったはずが、【ヒール】のおかげでアナベルたちはすっきり爽快に目覚め、疲労も残っていない様子だ。さす俺。


「すまない、ギルガ殿。すっかり不寝番を任せてしまって」

「ギルガ殿は寝なくて大丈夫なのでござるか?」


 レオナとシズが申し訳なさそうに聞いてくるが、その心配は無用だ。


「ああ、俺を誰だと思ってやがる」


 ギルガさんだぞ?


「それに……今は早く姫様を救出したい(キラキラのために)」


「「!!?」」


 アナベルとクレイグが顔を驚愕に染める。どうした? 俺の熱い正義の心に感動したか?


「やはり……そういうことだったのですね……!!」


 と、アナベルが何やら納得したように深く頷く。


「(やはりギルガ殿は姫様に一目惚れをしていたらしい……!! そうでなければ先日顔を合わせただけのギルガ殿が、ここまで姫様を救うために躍起になる理由がない……!! 竜人の王族で姫様を救ったという功績があれば、陛下も姫様の輿入れを認める可能性は高いでしょう……!! となれば……私も姫様のペットとして同行することになりますね……。良いでしょう……!! 姫様共々第二のご主人様として、ギルガ殿にお仕えしましょう!!)分かりました、旦那様! 早く姫様をお救いしましょう!!」


 え? 旦那様? 急に何言ってんだこいつ?


「ギルガ殿、あなたは、やはり……!!」


 と、今度はクレイグが何やら頷く。


「(姫様のためにそこまで……!! ということは、ギルガ殿は姫様のことを……。しつこいくらいに口にしていた報酬のキラキラというのも、本当は宝石などのことではなく、王国の至宝である姫様のことを暗喩していたのかもしれない……。いや、おそらく間違いないだろう!! ならば私がギルガ殿のために出来ることは、此度のギルガ殿の献身、活躍を、余すことなく陛下にご報告し、ギルガ殿のの後押しをすることだけ……か)このクレイグ、ギルガ殿の目的、しかと理解いたしました。僭越ながら、全力でご協力させていただきます……!!」


「お、おお……そうか」


 クレイグの奴、まさか俺の真の目的(領主の屋敷にあるキラキラ)を看破しやがるとは、驚いたぜ。いったいどうして分かったんだ?


 しかしまあ、俺がキラキラを集めるのに協力すると言っているのだから、別に問題はあるまい。騎士であるクレイグに御墨付きを貰ったとでも考えておけば良い。


 つまり、やはり俺の行動は正義ってことだなッ!!


「良し、準備できたら出発するぞ! んで、アナベル!」


「はい! 旦那様!」


 旦那様と呼ぶことにしたのか、急に? ……頭がおかしいのかな、こいつ。まあ、良いや。


「出発前にもう一度、『対の指輪』で姫様の居場所を確認だ」


「かしこまりました」


 アナベルはきびきびと指輪を起動し、地図を見ながら姫様の現在地を割り出した。


「旦那様! どうやら姫様はすでにクゾォーリ領の領都近くまで運ばれてしまっているようです! 賊どもの移動速度を考えても、今日の昼前頃には到着してしまうものと思われます!」


「なるほど、じゃあ、急がねぇとならねぇな……」


 馬だか馬車だかで移動してたんだろうが、誘拐犯どもも結構な強行軍だったようだ。流石に一国の姫を誘拐したのが人目についたらヤバイくらいの自覚はあるってわけか。


 だが、これで俺がわざとチンタラ進む理由もなくなった。


 もう領主の屋敷までに追いついてしまう心配もいらねぇからな。


「お前ら! 馬に乗れ! 俺たちも今日中に領都まで辿り着くぞ!」


「「了解です!」」

「了解だ! ギルガ殿!」

「了解でござる!」

「了解よ――って、どうやって今日中に辿り着くつもりよ!?」


 リリーベルが問うのに、俺はにやりと笑って答えた。


「こうするんだよ!!」


 言って、馬たちに向けて手のひらを翳す。



 生命系統魔術――【ブレッシング】!!

 生命系統魔術――【オーバー・ブースト】!!


 闇系統魔術――【バーサク】!!



「「「ブルルルルルルゥッ!!!」」」


 バフ効果のある魔術を重ね掛けされ、馬たちの筋肉がパンプアップされたように膨れ上がる!


 これでバテる前に【スタミナ・ヒール】と【ヒール】を掛け続ければ、限界を超えた能力で馬たちは走り続けることができるだろう。


 まあ、もちろん……馬たちの体に良くはないんだけどな。


「火系統に生命系統に闇系統までって……アンタ、本当にどうなってるのよ……!?」

「旦那様なら当然です」

「いやアンタも急にどうしちゃったのよ!?」


 ツッコミエルフはさておいて。


「行くぞ!!」


 持ってくれよ……(馬たちの)心臓!!



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