第24話 「幻惑の剣」


「――ハッ!」


 レオナが大剣を型通りの動きで振るう。


 一振りごとに空気が勢い良く引き裂かれ、唸りをあげる。


「ヤッ!!」


 気迫の籠った声と共に、流れるように振られる大剣。


 その威力がどれほどのものかは、剣の振るわれる速度を見れば、推して知るべしだろう。だが……。


「タァッ!!」


 剣の威力など、この剣術の前ではおまけに過ぎん。


 そのことが、俺には一目で理解わかった。ゆえに……。


「なん、だと……ッ!?」


 背筋を戦慄が走り抜ける。


 果たして戦場でレオナと相見あいまみえた時、俺はこの剣を躱すことができるだろうか……?


「――気づいたでござるか、ギルガ殿」


「シズ」


 神妙な顔で腕を組み、シズが俺の横に立つ。


 当然気づいている。俺は頷いた。


「ああ……幻惑の剣、というわけか」


「然り。あれを躱せる者は、そうはおらんでござろう。ただし、対人、特に男を殺すための剣術でござるが……」


 そう、それは対人、特に男を殺すのに特化した剣術だった。


「ハッ! ヤッ! タァッ!! シィッ――!!」


 レオナが流れるように大剣を振るう度に――揺れるのだ。彼女の体の一部が。


 レオナは軽鎧を身に纏い、体の各部を守っている。だが、動きを阻害しないためだろう、一つ一つのパーツが守る範囲は狭く、胴体に至っては胸当てしか付いていない。


 本来ならば、胸部を守るために双丘の全てを包み込み、がっちりと固めてしまうはずのそれ。


 だがしかし、レオナの胸は……あまりにもデカすぎた。


 胸部前面を包み込むというより、胸部前面に「乗っている」と表現するのが適切だろう。


 はっきり言って、爆乳と評すべきレオナの胸部を押さえつけることは、まったくと言って良いほどできていない。


 ゆえに、レオナが剣を振るう度、胸当てごと胸部全体が激しく揺れるのだ。


 昨日の戦闘では俺も戦っていたので、そこまでマジマジと観察することもなく、気づかなかった。だが、真正面から相対すれば、嫌でも目に入るだろう。


 今は胸当てで多少はナーフ(弱体化)されているが、胸当てを外したらいったいどうなっちまうんだよ……!?


「……というか、あの胸当て、もっとサイズが合ったやつに変えた方が良いんじゃねぇか?」


「それは難しいのでござる。何しろあの胸当てはダンジョンから出土した物で、魔術付与された逸品なのでござるよ。あれよりも優れた物となると、拙者たちでもなかなか手が出ない値段なので、変えるのは……」


 なるほど。良い品だから、多少サイズが合わなくても(多少?)使い続けているというわけか。


「しかし、困ったな……俺にはレオナみたいな揺れ物は備わっていないのだが」


 この剣術、俺には会得できない……!!


 そう思った次の瞬間、脳髄に電流が走った。


「ハッ!? いや、違う!? まさか……」


 俺は御立派様に視線を落とした。


「――そういうことかッ!?」


 これで幻惑しろと!? そういうことなんだなッ!?


「いやそれは違うでござる」


 違うのか。


「だが思うに、あれでは男にしか効果がないんじゃねぇか?」


「そうとも限らんでござるよ。女でもあの揺れには思わず目を奪われてしまう者もいるでござろう。ただ……」


 と、シズは難しそうな顔をする。


「ただ? どうした」


「うむ……ただ、一部の者には逆効果になるのでござる。例えば……リリーベルの様子を見てみるでござる」


「うん?」


 そういや、ずっと黙ったままだな――と思いながら視線を向けると、


「…………」


 死んだような目をして、レオナが剣を振るう姿をじっと眺めていた。


「なるほどな……」


 俺は深く納得した。


 エルフはさすがエルフというだけあって、まさにエルフエルフしたエルフだ。


 つまりどういうことかと言うと、昨今世に溢れる肉感的エルフではなく、古き良き伝統的エルフな体型なのである。


 そして排他的で閉鎖的なエルフにも拘わらず、人間世界に出て来て進歩的な価値観を身につけたリリーベルには、おっぱいマウントが効いてしまう――ということらしい。


「あれが敵ともなると、激怒するか発狂してしまい、手強くなってしまうことも間々あるのでござる」


 男と一部女には幻惑効果。しかし極一部の女にはバーサク効果を与えてしまう……ということか。


 なるほど。一長一短ある剣術なんだな――と頷いていると。


「シッ!! …………ふぅ、どうだギルガ殿、こういう感じなのだが」


 一通りの型が終わったのだろう。レオナが軽く体を動かしたからか、清々しい笑顔で確認してきた。


「あ、すまん。あんまり見てなかったわ」


「――なぜっ!?」


 いや、最初は揺れる胸部装甲に幻惑されて、その後はシズと会話してたから……。


「拙者がレオナの剣術の解説をしていたでござるよ。乳が揺れるのがやたらエロくて男を幻惑する剣だと」


「ち、違うがっ!? 私はそんなつもりで剣を振っていないぞ!?」


 レオナは恥ずかしそうに両腕で胸を隠すように押さえた。まあ、全然隠れてないんだが。


「そうでござるか? しかし、そんなに盛大に揺らしていては説得力がないでござろう」


「すっ、好きで揺らしているんじゃない!! 仕方ないだろう!? 勝手に揺れてしまうんだから!!」


「ほんとでござるかぁ?」


 あれ? シズさん?


「怒らないから本当のことを言ってみるでござる。そのいやらしい体でギルガ殿を誘惑しようとしたのでござろう?」


「ち、違うっ!! 違うぞギルガ殿!! 私はそんなこと考えてないっ!!」


 えぇ、違うのぉ?


 ――などということがありつつ、俺はこの後、レオナから幻惑剣術ではない普通の剣術を習い、型だけなら大剣をそれらしく振ることができるようになった。


 特に頑張って剣術の鍛練に励むつもりはないが、型の素振りだけは毎日やることにしよう。


 やはり剣を振るなら、格好良く剣を振りたいからな。



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