第25話 「魔術の修行に明け暮れていてな」


 レオナから剣術の手解きを受けた後、俺たちは野営広場を出発した。


 再度森の中へ入り、依頼をこなすためにシズの先導で歩き回り、ゴブリンやオークの巣、それに盗賊どもの拠点を見つけてはカチコミし、圧倒的な戦力で殲滅していった。


 これと言って特筆すべきイベントもなく討伐は進んでいった。


 初日と2日目は、1日に巣と拠点合わせて3つずつを殲滅し、3日目からはペースが上がって、1日に巣と拠点合わせて4つを駆除した。


 というのも、途中から剣を振るのが面倒になって、俺が魔術を使い始めたからである。


 いや、密集してれば一気に何体も剣で倒せるが、そうじゃないと1体ずつしか倒せない。これでは時間が掛かるし、返り血もかかるし、何より面倒臭いのだ。


 それにどうせ、最後にはゴブリンも盗賊も火葬するのだから、討伐と火葬を一度にした方が手間がなくて効率的だろ。


 そんなわけで見敵即ファイアで、エンカウントする度に燃やしていった。


 一応、オークだけは素材が売れるから剣で倒したが、他は全てファイアしたので――、


「…………剣で、戦わないのか……」


 俺に剣術を教えてくれたレオナは、どこか悲しそうな顔でそう呟いていた。


 いや……ごめん。でも面倒臭いから。


 とにもかくにも、そうして幾つもの巣と拠点を潰していき、三日目の昼になって、俺はふと疑問に思ったことを聞いてみた。悲しげな視線を向けてくるレオナから話題を逸らしたかったわけではない。


「あー、そういや、疑問なんだが」


「うん?」


「ゴブリンもオークも盗賊のところにも、捕まってる人間がいなかったな?」


「「「……?」」」


 レオナたち三人娘は互いに顔を見合わせると、不思議そうな表情を浮かべた。


「ギルガ殿、何を言っているのだ?」


「いや、ゴブリンやオークは人間の女を捕まえるもんだし、盗賊どもは人を攫って売りそうなもんだろ? なのにここまで捕まってる人間が一人もいないのが不思議でな」


「ゴブリンやオークが人間の女を捕まえる? ……どこかには、そういう習性を持ったゴブリンやオークがいるのだろうか? それに人間の女を捕まえてどうするのだ? 男は捕まえないのか?」


「――え?」


「それに今の盗賊どもは滅多に人は攫わないでござるよ? ルーングラム王国を始め、周辺国家では奴隷制が廃止されているでござるから」


「――え?}


 どういうことか聞いてみると、何とこの世界のゴブリンは人間の女を苗床にはしないし、オークがエルフを捕まえて屈服させることもないそうだ。繁殖は普通に同族とだけ行うらしい。


 ゆえに人間を襲う理由は、単に食料的な意味しかなく、生きて捕らえるということはしないようだ。


 マジかよこの世界のゴブリンにオーク。見損なったぜ……。


「里」の周辺にもキプロス山の縄張りにも、ゴブリンやオークなんていなかったから、知らなかった。いや、空飛んでる時に見たことくらいはあったんだが。


 そして盗賊だが……何とこの世界、ルーングラム王国と周辺諸国では奴隷制を廃止しているらしい。妙なところで道徳観念が発展してやがる。


「昔は王国でも奴隷制はあったらしいし、今も奴隷制のある国は遠国にはあるようだが……表立って人身売買する者はいないな」


「もちろん、表ではなく裏では今でも人身売買があるという噂でござるが……人を売るには特別なコネがなければ不可能でござるからな。規模が大きくてそれなりの年月生き延びている盗賊団ならともかく、レスカノール周辺の盗賊は、どれもここ数年で出来た新興ばかりでござるゆえ」


「なるほど……攫っても売れないんじゃ、どうしようもねぇってことか」


 ふむふむと新たな知識に頷いていると、


「……ギルガ殿は、キプロス温泉街出身なのだよな? ……知らなかったのか?」


 どこか胡乱な眼差しで、レオナに問われてしまった。


 ま、まずいっ!! 流石に世間知らず過ぎて疑われてしまうか!?


 ――――なんて、言うとでも思ったか!!


 俺は眉一筋動かすことなく、平然と言葉を返した。


「ああ、いや、実は俺は山奥で子供の頃から魔術の修行に明け暮れていてな。そのせいでちょっと、世間知らずなところがあるんだ。気にしないでくれ」


 はい完璧! 完璧に誤魔化しました、と!




「……どう思う?」

「う~ん……山奥で修行していたというのは、ギルガ殿の実力からして信憑性はあるでござるが……」

「流石に奴隷制廃止を知らないってのはねぇ? 奴隷制があったこと自体は知ってたみたいだし、じゃあ何十年前から山に籠りきりだったのよって話よ」

「うむ、そうだな……しかし、ギルガ殿がリリーベルの推測通りの人物だとすると、もしかしたらあり得るのかもしれん。ほら、竜人の国はどの国とも国交を開いていないと聞くし」

「うむ。竜人の国の周辺に住むゴブリンやオークには、人間の女を攫う習性があるのかもしれんでござるな。魔境でござるし……生きたまま保存するのでござろうか?」

「食料を長持ちさせるためってことね? 趣味が悪いけど、ある意味合理的ね。ずっと捕らえておくと、逆に食料が不足しそうだけど……短期間なら無いとは言えないわね。だとすると、あいつの話も出身地以外は嘘じゃないってことかしら?」




 おいおいお嬢さん方、全部聞こえてるぜ?


 全然誤魔化せていなかった件。


 でもまあ、何か奇跡的に勝手に納得しているみたいだし、別に良いか。


 あ、それからなぜか俺、レオナたちから竜人だと思われているらしい。たぶん魔力やら身体能力やら、俺の特徴的な目からの推測だろう。その考えは勘違いだが、敢えて訂正することもあるまい。


 そのせい……いや、おかげで、だろうか? 俺の収納の中には、すでにオーク100体以上に、巣と盗賊の拠点から回収した様々な物品が山と収納されているが、もはや何も言われない。


 追及するのを諦めたのか、それとも勝手に納得しているのかは不明だが。


 ちなみに、竜人ってのは竜の血が混じった人族のことだ。


 今の俺みたいに人間に【変身】したドラゴンが、人と子を成した結果だと、ジジイが言っていた。


 つまり、遥か昔には異種族であるはずの人間と交われる、とてつもない変態ドラゴンがいたということだな。本来、美醜の基準が違うどころの話じゃないはずなのに、すげぇぜ。


 もしくは……俺みたいな転生ドラゴンとか?


 いや、流石にそれはないか。



 ――とにもかくにも。



 俺たちは順調にゴブリン、オークの巣、そして盗賊どもの拠点を潰していき、4日でその数は14になった。


 そして依頼開始から四日目の午後、そろそろ空が赤く染まりそうな時刻に、今日の野営場所に移動するべく、レオナが声をあげる。


「今日は少し遠いが、レスカノール北の街道まで移動してしまおう。確かそこにも野営広場があったはずだ」


「賛成、そうしましょ。昨日は森の中での野営で気が休まらなかったしね……誰かさん以外は」


「ん? 俺も気が休まらなかったぞ? 虫が多くてイライラしちまったぜ」


「そういうことじゃないわよ……」


 なぜかエルフに呆れられながらも、俺たちはレスカノール北の街道へ移動することになった。


 ちなみにレスカノール北の街道とは、キプロス山からレスカノールに来るまで、俺が歩いた街道のことだ。この4日で俺たちは、レスカノール西から南、東と移動しつつ討伐を続け、ようやく最後の方角である北へと辿り着いたわけである。


 そして街道へ出るため、少しばかり急ぎで歩いていると――。


「止まれ」


 俺は声をあげてレオナたちを制止した。


「ギルガ殿? ……敵か?」


 レオナたちは流石に反応が良い。すぐに立ち止まり、周囲を警戒し出す。


「いや、敵というか……聞こえねぇか?」


 その場で全員、耳を澄ます。すると、今度はレオナたちにも聞こえる音量で声が響いてきた。



「――おい! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!!」

「回り込め! 囲めっ!!」

「足を狙え足を! 殺すのはその後で良い!!」



 どうにも穏やかではない、男どもの荒々しい声。


 そして、それらに混じって聞こえてくる、武器を打ち合ったような金属音に、何人分もの足音。


「……こちらに近づいてくるな」


 レオナが言うように、それらの音はどんどんとこちらへ近づいてくる。


 だが、ここは森の中で視線は先まで通らないし、向こうはまだこちらに気づいてはいないだろう。今ならば、かち合わないように逃げることもできるが……。


「レオナ、どうするでござる?」


「うむ、そうだな……」


 レオナがどうするべきか考える。余計なトラブルを回避するというのも重要だろう。身を隠すのを選択するかもな。


 だが、俺はレオナが決断するよりも先に歩き出した。


「ギルガ殿?」


「悪いな。俺はこのまま進むぜ。お前らは迂回して先に進んでくれて構わんぞ」


 俺は真っ直ぐに進むことにした。


 いや、誰だか知らんが、チンピラや盗賊風情に道を開けるなんてプライドが許さん。


 それに……こっちへ向かってくる者たちの中には、覚えのある魔力の持ち主がいた。


 今度会ったら「わからせる」と決めていたし、初志貫徹するか。



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