第26話 「これが……挨拶だ」


 森の中で聞こえてきた荒々しい怒号と戦いの音。


 俺は音の発生源へ向かって進み始めた。


「ギルガ殿、私たちも行く。相手は盗賊かもしれん」


「そうか」


 レオナたちには迂回しても良いと伝えたのだが、どうやらついて来るようだ。確かに相手が盗賊なら、依頼の範疇だもんな。


 それならそれで良い。俺は頷くだけでそれ以上は何も言わず、先へ進む。


 するとほんの100メートルほど進んだところで、音の発生源が見えてきた。


 歩きながら観察してみると、盗賊みたいに薄汚れた格好をした男どもが、3人ばかりを相手に囲んでいるようだった。


 魔力感知を併用して数えてみたところ、男どもの人数は24人。街道でもない森の中を彷徨いているにしては、いやに数が多い。


 対して、囲まれているのはたったの3人だけだ。


「くそっ!! 貴様らっ、そこを退けぇっ!!」

「アナベル! 前に出すぎるなッ!!」

「しかしクレイグ殿っ!! このままではっ!!」

「焦ったところでどうにもならんッ!!」


 険しい顔で背中を預け合い、自分たちを囲む男どもと対峙しているのは、いつぞや見た感じの騎士みたいな鎧を身に纏った金髪小娘と、体格の良い男。そして騎士にしては少し線の細い男の3人だった。


「あれは、騎士でござるか?」


「ああ、そのようだな……しかし」


 と、レオナが険しい声音で言った。


「ギルガ殿、これは厄介だぞ。あの騎士たちを囲んでいる男ども、見た目や装備は盗賊を装っているが、盗賊なんかじゃない」


「みてぇだな」


 それは俺にも分かった。


 ここ数日、盗賊どもは顔を見るのも飽きるくらいに倒しまくってきたが、この辺にいる盗賊どもは素人に毛が生えた程度の連中だ。せいぜいが荒事に慣れている――といった雰囲気を持つ。


 対して、金髪小娘どもを囲んでいる奴らは、荒事に慣れているどころか、荒事のプロと言った風情だ。


 一見して森の木々が邪魔で連携が取りにくそうだが、金髪小娘たちを包囲から出すことなく、水や風の魔術、矢、投石、投げナイフなどで、遠距離から確実に削る戦法を取っている。


 これがバカな盗賊どもなら、獲物を追い詰めて圧倒的に有利になれば、ニヤニヤと笑って調子に乗りそうなもんだが、男どもは笑うどころか無駄話一つすることもなく、狼の群のように機械的な連携を崩すこともない。


「近づくなよ! 離れたところから一方的に撃ちまくれ!」

「このまま削れ! 魔力が無くなったら奴らは終わりだ!」


「くそぉっ!! 貴様らっ、この卑怯者がぁっ!!」


 金髪小娘が罵声を飛ばすが、男どもは取り合うこともしない。


 金髪小娘たちは三人で風の魔術で障壁を張り、何とか耐えているみたいだが、それも長くは続かないだろう。包囲されるまでの間に攻撃を受けていたようで、すでに満身創痍で血だらけだし、それ以上に魔力が尽きれば一巻の終わりだ。


「ギルガ殿、どうする? 奴ら、おそらくはどこかの兵士だと思うが……正直、私たちでも荷が重い相手だ」


「そうか?」


「……無論、ギルガ殿が戦うなら、勝てると思うが」


 なるほど。自分たちだけだと厳しいってことか。


 しかしまあ、難しく考えることはないだろう。


 俺は誠実な表情で告げた。


「お前らはここにいてくれ。まずは対話を試みてみる」


「は?」

「は?」

「は?」


 なぜかレオナたちの目が点になった。


 もしかして問答無用で殺戮するつもりだったのだろうか? ……危ねぇ奴らだぜ。もっと平和的に行こう?


「人間には言葉がある。対話こそが相互理解への道だ。あいつらにも何か事情があるのかもしれない。ぶっ飛ばすのは事情を聞いた後でも遅くはないだろう」


「いや、あの……ギルガ殿?」


「行ってくる」


 俺は足音を隠すこともなく、のしのしと前方の集団へ向かって進み始めた。


 すると当然のごとく、俺の存在に気づいた男どもが視線を向け、声をあげた。


「何だてめぇは!? どっから来やがった!?」

「クソッ! 見られたぞオイ! 面倒くせぇ!!」

「逃がすな! そいつも殺せ!!」


 おいおい、いきなり殺せとは穏やかじゃねぇな。


 まずは対話しよう?


「――死ねオラッ!!」


 しかし、男どもの中から一人が集団を離れ、俺が話す間もなく襲いかかってきた。


【身体強化】を発動したのだろう、まさに森の中を疾走する狼のような速さで間合いを詰め、鈍い光を反射する長剣を、俺の心臓目掛けて突き出してくる。


 俺はその切っ先を右手で握って剣を止めた。


「――――は? え、あれ? ……え?」


 間抜けな面を晒して驚く男に、丁寧に教えてやる。


「Lesson1。対話の始まりは元気な挨拶からだ」


 そして俺は挨拶した。


 ドゴンッ!!


 と、俺の前蹴りを受けた男が木々の間を高速で吹き飛んでいき、やがて1本の木に激しく激突し、地面に落ちる。うつ伏せに転がった男はぴくりとも動かない。


 ……この様子じゃあ、Lesson2はなしか。


 ともかく、その男にその場の全員の視線が集中し――そしてほぼ一斉に、俺の方を見た。


「「「…………」」」


「これが……挨拶だ」


 挨拶とは――出会い頭に一方的に叩きのめし、対話を有利に進めるための交渉術の一つである。正式には、これをドラゴン式挨拶と呼ぶ。


 今のを人語に翻訳すると……さしずめ、「こんにちは」といったところか。


「なっ……何モンだ! てめぇは!?」


「あ……っ、き、貴様は!?」


 盗賊みたいな男の一人と、金髪小娘が順に叫んだ。


 どうやら金髪小娘は俺の顔を覚えていたらしい。


 さて……友好的に挨拶も済んだところで、戦闘も一時中断し、話を聞く体勢が整ったようなので、先に進めるか。


 俺は注目を集めるように軽く右手を掲げ、厳かに告げた。



「――平伏せ。頭を垂れろ、下等生物ども」



「「「…………」」」


 沈黙。そして――。


「ふっ、ふざけんなぁあああああああッ!!! 舐めてんのかてめぇはぁああああああッ!!!」


 あ、やべ。


 ジジイの教育のせいでちょっと言葉の選択を間違ってしまった。ちなみに今の言葉は、ジジイが若かりし頃、人間たち相手によく使った文言だという。


 しかし、偽盗賊どもは激昂してしまって話にならんな。その割には安易に襲いかかって来る奴がいないのは、訓練されているからだろう。


 仕方ない。こういう場合には両方から話を聞いた方が良いのだが、とりあえず金髪小娘から話を聞くか。


「おい! そこの金髪の小娘! これはどういう状況だ? 説明しろ」


「ハッ――!? こ、こいつらは姫様を攫った賊の一味だ! 騎士として貴様に命じる! こいつらを倒すのを手伝え!!」


「なッ!? てめぇッ!!」


 金髪小娘の言葉に、偽盗賊どもが慌てたように顔をひきつらせる。


 しかし、俺は今の言葉で一気にやる気を失っていた。


「おい、ガキ。それが他人ひと様に助けを求める態度か?」


 教育のなっていない小娘だな。


「ぐっ――!? わ、私は騎士だぞ!? 任務のために現地で民間人を徴発する権限を持っているんだぞ!!」


「それがどうした? 俺がお前に従う理由はないな」


「き、貴様ぁっ!! いいから、私に従――がぁっ!!?」


「もう黙れアナベルっ!!」


 生意気な小娘に、ガタイの良い男の騎士が拳骨を振り下ろして黙らせた。そしてその男は、すぐにこちらへ向き直り、口早に叫ぶ。


「ギルガ殿!! 厚かましい願いだが、どうかこの場は我々に助太刀願えないだろうか!? 褒美は我々に差し出せるものならば、どのようなものでも用意すると約束する!!」


 えぇー、どんなものでもぉ? ほんとぉ?


 トゥクン……!! と、いったいどんなキラキラを用意してくれるのかと、微かに胸が高鳴る。


 ……仕方ない。


「約束破ったら、殺すからな」


 キラキラの約束は絶対に破ってはならない。常識だからね。


 俺は一歩前へ出ると、徐に右手を天へ掲げ、手のひらの先に炎を灯した。瞬間――、


「ちょっとギルガ! 森で火系統は使えないわよ! 火事になっちゃうわ!!」


 焦ったようにリリーベルが叫ぶ。それに、


「まだ居やがったのか……っ!?」


 と、偽盗賊どもはようやくリリーベルたちの存在に気づいたようだ。


 まあ、それはどうでも良いとして。


「ああ……!! そういえば……!!」


 失念していた。


 ゴブリンやオークや盗賊どもの拠点は、それなりに開けた場所だったので遠慮なく火系統魔術を使っていたが、ここは森のど真ん中だ。


 こんな場所で火系統魔術を使ったら、確かに火事になっちまうかもしれない。危険だな。


「確かにそうだな。分かったぜ」


 俺はリリーベルに頷き、改めて魔術を発動した。



















 火系統魔術――【ファイア】✕24!!



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