第15話 「なん、だと……!?」


 俺は成竜するまで、竜の「里」で暮らしていた。


 そしてそこには、多くのドラゴンたちが集まり、共同生活を営んでいた。


 そうなると当然だが、人間世界では非常に価値ある、とある物がそこら中に散らばっていたのだ。


 生え変わって抜けたドラゴンの鱗や牙、そして折れた爪などだ。


 それらは人間たちにとっては貴重な物でも、当のドラゴンたちにとっては価値のないものだ。人間にとっての抜け毛や切った爪や、自然と抜ける乳歯だと言えば、想像に容易いだろう。


 だが、幼竜の頃から人間世界で暮らすことを夢見ていた俺にとっては、金に変えられるという意味で、やはり価値ある物である。


 だから無系統魔法の【亜空間収納】を修得してすぐ、俺は「里」中に無造作に投げ捨てられていた、それらドラゴンの鱗や牙や爪の欠片を集めに集めまくったのだ。


 小太りの店主――マーチンに売ることにしたダーク・ドラゴンの鱗だけではない。この世界に存在する幾種類ものドラゴン、それら全てを網羅するくらいに様々な素材を集めることができた。


 おかげで「里」の同族連中には「何してんのあいつ? キッショ……!!」みたいな目で見られてしまったが。


 まあ、自分の抜け毛や爪や歯を集めている奴がいたら、俺だってそう思うから文句は言えない。


 しかし、あの時の苦労と精神的ダメージは決して無駄ではなかったと証明されたのだ。何せ鱗一枚で金貨300枚である。次に取引する時には、金貨500枚で買ってもらえるかもしれない。


【亜空間収納】の中にあるドラゴン素材、全部売ったらいったい幾らになるんだろうな? もはや想像もつかない。たぶん、小国くらいなら簡単に買えてしまうんじゃなかろうか?


 流石に全部一気に売ることはできないだろうが、少しずつ流すだけでも、この先、俺が金に苦労することはないように思えた。


 冒険者になったばかりで何だが、もう働く必要ないんじゃね?


 とはいえ、ずっと遊んで暮らすっていうのも、それはそれで退屈そうだから、たまには働くのも良いかもしれないが。


 とりあえず、もう約束してしまったので、明日はギルドに行くか。あと、そうだ。マチネに約束通り飯でも奢ってやろうかな。白銀亭だったっけ?


「お客様には驚かされてばかりでございますな。まさか、まだドラゴンの鱗を所持しておられたとは……」


 金貨300枚を受け取って取引が成立した後、マーチンは苦笑しながら言った。


「しかし、お客様のご期待には、必ずや応えてみせます。次は金貨500枚で購入させていただきたい」


「ああ、期待して待ってるぜ」


「はい、どうぞご期待下さい。またのお越しをお待ちしております」


 何やら決意を内に秘めたようなマーチンに深々と頭を下げて見送られ、俺は店を出た。


 さて、買い物の続きだ……!!



 ●◯●



 マーチンの店で金貨300枚を手に入れた後、俺はさらに色んな店を回った。


 冒険者として、あるいは観光目的の旅人として野営をする時のために、テントや寝袋など、頑丈で暖かそうな質の良いものを購入。金貨20枚。


 野営時の食料を購入。ちなみに【亜空間収納】があれば保存食である必要はないので、主に生鮮食品を大量に購入した。他に調理器具や食器などを洗うための道具や、屋台で出来合いの料理を購入したりもした。金貨10枚。


 飲料水は魔術で出せるが、いつも水だけっていうのは侘しい。そこで酒屋に行き、酒を樽ごと何種類か購入。とりあえずワインの赤、白、それからエールとミードの四種類。意外と樽自体が高くて、値段の割には酒の量は少ないのかもしれん。金貨30枚。


 酒を買ったら、やはり酒が映えるグラスが欲しくなる。木製や陶器製のコップは買っていたが、綺麗なガラス製のグラスを探して、幾つか購入した。金貨20枚。


 そこでもう一度古着屋へ行き、何とか俺が着られそうなサイズの服を見繕い、上下5セットほど購入。微妙なサイズ調整(有料)をしてもらい、それまで着ていた服を着替えた。この際、買っておいた下着も着た。金貨15枚。


 服を変えたら今度は靴が気になった。良さげな靴屋を見つけて飛び込み、オーダーメイドで二足分、革の長靴を注文した。それから無理を言って出来合いの靴を一足購入。その場で調整してもらい、それまで履いていた靴と履き替えた。履き心地は新しい靴の方が良いな。金貨10枚。


 買い物の途中、レスカノールの中央にあるという時計塔を見に行った。時計塔前は広場になっていて、綺麗な噴水もあった。異国情緒溢れる光景はプライスレス。30秒で飽きて移動した。


 それから金が出来たので、服を注文している服屋に再度足を運び、料金の残額を予め払っておくことにした。金貨25枚。


 ここまで金貨130枚使った。残り金貨は、おおよそ190枚。


 まだまだあるな。


 俺は観光がてら、都市中を練り歩いて面白いものはないかと探して回った。歓楽街っぽい場所にも行ったが、残念ながらまだ営業している時間ではなかったようだ。今度来よう。


 面白いものと言えば、錬金薬――いわゆるポーションを販売している店があった。果たして俺にとって必要なのかは不明だが、外傷治癒、解毒、魔力回復促進、身体能力強化など、色んな種類のポーションを購入してみた。金貨20枚。


 その時点で夕方となり、そろそろ宿に向かおうかと思った矢先だ。


 俺はとある店を見つけてしまった。


 宝飾店だ。


 宝石を貴金属で飾った様々なアクセサリーが売られている、高級そうな構えの店。店舗入り口には屈強そうなドアマンが柔和な笑みを浮かべているが、油断のならない目つきで周囲に睨みをきかせている。



 ――そこから先、しばらくの間、記憶がない。



 気がつくと――なぜか店を背後にして立っていた。背中からは店員たちの「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」というニコニコとした声。


 ハッとして調べてみると【亜空間収納】の中からは金貨150枚が失われており、その代わりのように、俺の手の中には煌びやかな女性用のネックレスが、天鵞絨ビロードの敷かれた箱の中で、キラキラと光を反射していた。


「なん、だと……ッ!?」


 俺は混乱した。


 いったいなぜ、自分で身に着けるわけでもないネックレスが、俺の手の中に……!?


 何者かに精神攻撃を受けたのか……?


 ――いや、違う。


 本当はもう分かっていた。


 財宝を好む、ドラゴンの本能だ。質の良い工芸品や、武器や防具、魔力の籠った逸品や、こういうキラキラした宝飾品などを見ると、欲しくて欲しくて堪らなくなるのだ。


 特にキラキラはダメだ。マジで、キラキラだけは……思わず目が離せなくなってしまう。


 まさかドラゴンの本能が、ここまで強いものだったとは……!!


(ドラゴンにしては)鋼の自制心で、店を襲って根刮ぎ商品を奪うことは我慢できたとはいえ、これでは幾ら稼いでも貯金なんて出来ないのでは……? 稼いだ端から金が消えていくのでは……?


 ――残り金貨、おおよそ20枚。


 あっという間になくなったなぁ……。


 ねぇ、どうして……?


 どうしてお金は、使ったらなくなってしまうん……?



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