第14話 「あっという間に金がなくなるな……」
解体所を出た俺は、まずは必要な物を買い揃えるために、市場や店などを回っていった。
最初に買ったのは歯ブラシや櫛、石鹸にタオルの代わりになるような布を何枚か、下着の替えを纏めて十着くらい。下着は中古の物が売っていたが、他人が履いたパンツとか絶対嫌なので新品で買った。新品で、なおかつ肌触りがごわごわしていない物だと、結構高かった。
この時点で金貨5枚が吹き飛ぶ。
食料品に比べて、やたら値段が高い。だが少し考えて、それもそうかと納得する。
ここは現代地球のように機械化された工場で大量生産ができる時代じゃない。必然的に布製品や金属製品などの値段が高くなるのは当然だった。
おまけに、石鹸やタオル、下着などは質の高い物を探して買ったから、さらに金額が跳ね上がったのだろう。
とはいえ、妥協して安物を買うつもりはない。
貧乏暮らしなんて前世だけで十分だ。金なんて適当に魔物狩ってくれば手に入る。それに新生活を始めるのに色々必要になるのは前世でも同じだ。何事も最初は金が掛かるものである。
冒険者なので、いつかは野営することもあるだろう。その時に必要になりそうなフライパンや鍋、食器類も纏めて購入。塩や胡椒などの調味料も必要だ。あと他の香辛料や乾燥させた香草なども購入しておこう。【亜空間収納】に入れておけばどうせ腐らないからな。大量にストックしておこう。
お? 鉄板や網もある。バーベキューっぽいことできるな。これらも買いだ。
金貨10枚飛んだが、これは必要な買い物だからな。
他にも細々とした日用雑貨などを買っていき、さらに金貨5枚が消えたところで、俺は服を買うことにした。
中古でも高い物なら綺麗な服はあるが、何しろサイズがない。この世界ではかなり大柄な部類になるからな、今の俺は。
そんなわけでオーダーメイドで作ってくれる店に行き、上下セットで5着ずつくらい注文した。前金で金貨25枚要求された。後からさらに金貨25枚払う必要があるので、上下1セットの値段は金貨10枚だ。
んん?
不思議だ。あれだけあった金貨が、残り3枚になっている。
「あっという間に金がなくなるな……」
はあ~、この時代の服って新品で買うとめちゃくちゃ高いんだなぁ。あ、いや、前世でも高い服は高かったか。ファッションに興味なんてなかったから、失念してたわ。この世界にもユ◯クロあれば良いのに。
しかし、どうするか。このままでは服の残金さえ支払えない。
「仕方ない。色々売るか……!!」
まだまだ必要な物は色々あるのだ。早急に金を稼ぐ必要がある。
そこで俺は、そこそこの規模感があり、接客も丁寧そうな古着屋に向かった。おそらくは貴族から売られた服などを販売している比較的上等な服屋だろう。
「いらっしゃいませ」
「服を売りたいんだが」
「なるほど、それではこちらへどうぞ」
と、店の奥に通される。
そこでズボン型拡張鞄に物凄く食いつかれつつも、兵士どもから剥ぎ取った衣服と下着(熱湯消毒済み)を90セット近く取り出した。
目を丸くしながらも急ぎで査定をする店主と店員たちを眺めながら待つことしばらく。
「ほつれや破れがある物も多くございましたが、全体的に質が良うございましたので、少しおまけしまして、全部で金貨20枚でいかがでございましょう?」
「ああ、それで良い」
妥当な値段かは正直分からんが、値段交渉するのも面倒だ。どうせ増えても金貨数枚くらいだろう。
それでは全然足りん。
「……お客様、そちらのズボン型拡張鞄でしたら、金貨250枚でお引き取りいたしますが? 現金を集めるのに少しお時間をいただいてしまうことになりますが……どうでしょう?」
「悪いが、こいつを売る気はない」
流石の俺も、拡張鞄と偽ってただのズボンを売るのは良心が咎めるからな。
「そうですか……残念でございます。もしお気が変わりましたら、是非当店に」
「ああ、気が変わったらな。じゃあな」
と言って店を出る。
ふむ、新たに金貨20枚を稼いだが、まだまだ足りん。
他にも兵士どもが装備していた剣や槍や魔杖や鎧なんかも残っているが……あれらを売ると流石に足がつきそうだ。それに品質はそこそこだが、俺のコレクションの賑やかしにする予定だし……売るのはやめておこう。
「だがそうなると……あと売れるのは、あれか……」
一気に大量に売ったら騒がれそうだから、少しずつ売るか。
俺は見つけた中で一番デカイ武器屋に足を運んだ。
●◯●
武器屋といっても、そこは頑固な鍛冶師が自分の打った武器を直接販売しているような店じゃない。
店舗は三階建ての大きな建物の一階部分で、店の売り子は商人然とした青年だ。おそらく鍛冶師たちから仕入れた品を売っている店なのだろう。
「いらっしゃいませ」
「売りたい素材がある。たぶん大金になるから、店主と相談したいんだが、いるか?」
「大金……それほど貴重な素材を、でございますか?」
怪しい奴が来たぞ、とでも言いたげに、俺の全身をジロジロと視姦する青年。
その顔はしばらく観察していても表情が変わらない。どうやら俺が背負っている大剣が、竜の牙製であることに気づいていないみたいだな。気づいているなら、それだけ貴重な物を持っている人間が詐欺師の可能性は低いと判断するはずだ。
まあ、まだ若いし、修行中なのだろう。もっと目利きを鍛えろ、青年。
「ああ、これだ」
仕方ないので、俺はにゅるんっとポケットからブツを取り出して見せた。
まさか、というように青年の顔色が変わる。このブツは竜の牙よりも比較的手に入りやすいし、青年でも正体を察することができたのだろう。
「これが何か、分かるな……?」
「いや、しかし……に、偽物では?」
「おいおい、失礼なこと言うんじゃねぇよ。こいつは本物だ。見りゃ分かんだろ? こいつを見て、どう思う? ん?」
「す、すごく……大きいです……!!」
「それだけか? ちょっと触ってみな」
「……ッ!? か、硬い……!!」
「だろう? まだ疑うか? この黒光りしたブツが偽物だってよぉ……?」
「い、いえ、失礼しました! 今、店主を呼んで参りますので、少々お待ちください!!」
青年は慌てたように店の奥へ駆け込んでいった。
流石に俺の黒くて硬くてデカいブツを前にしては、偽物と疑うこともできなくなったのだろう。無理もない。
程なくして、青年は中年小太りの店主を伴って戻ってきた。
「お客様、お待たせいたしました。私、当店の店主をしておりますマーチンと申します。本日は何やら大変貴重な品を売ってくださるようで……ささ、どうぞ、こちらに。奥の部屋でお話しましょう……!!」
俺は店主によって奥の応接室へ通された。
そこでソファに腰掛け、待ちきれないといった様子の店主を尻目に、出された紅茶を優雅に啜る。
それからようやく、再びポケットに仕舞っていたブツを取り出した。
「売りたいのは、これだ」
「お、おぉ……!! まさか、お客様がこれほど立派なモノをお持ちとは……ッ!!」
涎を垂らさんばかりに、俺のブツを凝視する店主。
「触って……みるかい?」
ごくり、と唾を飲み込む音。
「よ、よろしいのですか……ッ!?」
「ああ、存分に確かめてくれ」
「あ、ありがとうございます……!! お、おおぉ……何と、何という……ッ!! 素晴らしい……!! これは素晴らしいですよぉ……!! この黒光りした質感、とてつもない硬さ、そして常識外れの大きさ……ッ!! 間違いない、これは間違いなく本物だ……ッ!!」
手渡したブツに頬擦りせんばかりに目を近づけて、女性の肌に触れるように、いやらしい手つきで撫で回す店主。
流石の目利きというべきか。もはや微塵も、それが偽物だとは疑っていない様子である。
「それで、どうだい……? 幾らで、買う……?」
「うむむ、うむむむむむ……ッ!!」
途端、笑み崩れていた顔を真剣なものに変えると、店主は冷や汗を浮かべながら考えに考え――、
「金貨……300枚では如何でしょうか?」
そう言った。
「ふむ……」
実のところ俺は、ブツの相場が分からない。
だからこそ、売る前に作戦を考えてきた。それはとりあえず、値段を提示されても二回ほど渋ってみるという作戦だ。
最初に提示された金額が足元を見た結果ならば、渋ってみせれば更に高い金額を提示してくるだろう。
だが――、
「お客様、正直に申し上げます。こちらの品……これほど立派なモノとなりますと、王都でオークションに掛ければ金貨500枚は下らないかと」
「ふむ?」
店主が真摯な顔でそんなことを言い出したので、黙って聞いてみることにした。
「しかし、私どもの商会の規模ですと、即金で金貨300枚が上限でございます。ですから、急ぎでなければ、オークションに出品することをおすすめいたします」
「ふむ……実は、俺はそいつの相場を知らなかった。黙っていれば、あんたは金貨300枚でそいつを買えたかもしれないのに、なぜ、そんなことを?」
小太り店主は透き通った微笑みを浮かべ、語る。
「……こちらのご立派なモノを、ウチで扱ってみたい。それは本心ではあります。しかし、商人にとって信用は命。信用を失った商人は、もはや転げ落ちるのみです。しかるに……お客様の御立派様は、あまりにも貴重。それゆえに正しい価値を知ろうと思えば、簡単に調べられてしまうでしょう。私がここでお客様を騙し、多少の儲けを得ても、後々、本来の価値を知ったお客様からの信用を失うだけ。それよりはお客様に正直に告げ、信用を勝ち取る方が、後々利益になると思ったのでございます」
「利益? 俺がどんな利益になるってんだ?」
ふっと、自信ありげに店主は笑う。
「お客様がお持ちの、その珍しいズボン型の拡張鞄。そして、そちらの大剣……もしや、ドラゴンの牙ではございませんか?」
ソファの横に立て掛けておいた大剣を見ながら、店主は言う。
なるほど。貴重な魔道具に強い武器を持っている俺なら、この先も大金を稼いで、この店に金を落としてくれるかもしれない――そう思ったわけか。
そう納得した俺だが、しかし、店主の話には続きがあった。
「ですが、何よりもお客様自身です。こう見えて、武器屋を営み数十年……腕の立つ方々は多く見て参りました。それこそ、Sランクに至った伝説的な冒険者の方や、英雄と呼ばれる騎士の方ともお会いしたことがございます……。お客様からは、その方々と同じような……いえ、あるいはそれよりも優れた、覇気のようなものを感じるのです」
ふぅ~む、これはどっちだ? お世辞かな?
「そんなお客様からの信用と、差額として手に入る金貨200枚……比べるまでもありませんな。そんなものは、お客様からの信用と比べれば、
断言し、店主は手にしたブツをこちらへ返却するように差し出した。
俺はそれを受け取らない。どっちだって良い。お世辞かどうかなんて、どっちだって良い。俺にはすぐに金が必要なのだ。それに……。
「ふっ、気に入ったぜ」
「……え?」
「そいつは金貨300枚で、あんたに売ろう」
「よ、よろしいのですか……!?」
「ああ、あんたが商人だっていうなら、そいつを扱って利益を出して、次は金貨500枚で買ってくれりゃあ良い」
「次、ですか……?」
不思議そうにする店主の前でソファから立ち上がり、俺はポケットに手を突っ込んだ。
そして、にゅるん――と、新たなブツを取り出す。
それはそのままで盾にも、鎧の胴体を守るプレートにもなりそうなくらい、大きく、硬い代物。
「ドラゴンの鱗は、まだまだあるからな」
今回、店主に売ったモノと同じ……ダーク・ドラゴンの鱗だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます