第16話 「三回まわってワンって言えたら許してやるわ!」
翌日。
昨日も「猫の足音亭」に宿泊した俺は、二の鐘が鳴った後、ゆっくりと宿を出た。
都市の規模に比べて、どこか閑散としているようにも感じる大通りを歩いていき、西門近くの冒険者ギルドに辿り着く。
中に入ると朝だからだろうか、以前来た時よりは冒険者たちで混雑していた。
軽くギルドのロビー内を見渡した後、さてマチネのところへ話を聞きに向かうかと動き出そうとした時――。
「ちょっとマチネ! ギルガって新人はまだなの!?」
受付の前に屯している集団から、甲高い声が上がった。
何やら俺の名前が呼ばれたようなので、入り口横の壁に背を預けて成り行きを見守ってみる。いや、何か怒ってるみたいだし。
「ちゃんと二の鐘が鳴ったら来るように伝えたんでしょうね!?」
「つ、伝えましたよー!! もうすぐ来ると思いますから落ち着いてくださいー!!」
「新人が私たちを待たせるなんてちょっと生意気なんじゃない!?」
「こらリリーベル、マチネに怒鳴っても仕方ないだろう? 少しは落ち着け」
「そうでござる。落ち着くでござるよ、リリーベル」
件の騒がしい集団は、責められてタジタジになっているマチネを入れて四人。
一番大声で騒いでいるのは、長い髪をツインテールに纏めた、金髪碧眼で長い耳を持つエルフの少女――って言っても、エルフだし少女って年齢ではないだろう。外見は十代後半ほどに見えるが、エルフは人族の十倍くらいの寿命を持つからな。若い期間も長いし、実年齢はちょっと分からん。
そしてリリーベルと呼ばれたエルフを宥めているのは、金髪に青い目をした獣人の女だ。外見は二十歳くらいだろうか。人族の平均と比べて身長が高く、175センチくらいあるかも。ふさふさの耳と尻尾を持っているが、何の獣人なのかは一目見ただけでは分からんな。軽鎧に身を包み、大剣を背負っているので剣士なのだろう。そしてマチネを超える巨乳だ。でっか。
最後の一人、何かござるござる言っているのは、黒髪黒目で日本人みたいな顔立ちをした少女だ。三人の中では一番小柄で、見た目は十代後半くらいに見えるな。っていうか、和装というか、忍者っぽい服を着ている。肩口から先に袖が無く、脇やサラシを巻いた横乳が覗いていたり、下の服は深いスリットが入っていて、白い太ももが覗いていたりと、なぜかだいぶ露出が激しいが。あの服装、まったく忍んでいないので、もしかしたら忍者ではないのかもしれない。
おそらくは仲間と思われる獣人女とござる女から宥められたエルフだが、その怒りは全く収まる気配を見せなかった。
「分かってないわね、アンタたち! 期待のルーキーだか何だか知らないけど、新人ごときがこの私を少しでも待たせたのよ!? 万死に値するわ!! 新人なら私たちが来る30分前にはここで待機してるべきでしょうが!!」
「わ、わあー……!! 時間にルーズなエルフとは思えないセリフですねー……!!」
エルフの剣幕にマチネがひいたように呟く。
しかし、エルフか……。
エルフというのは人族の10倍以上もの寿命を持ち、例外なく美しい容姿で、生まれながらに魔力の量と扱いに長けた種族だ。森に住んでいるから身体能力も低くなく、むしろ平均的な人族よりも優れていると言える。
はっきり言えば、繁殖力の低さ以外、ほとんど全ての面で人族の上位互換と言っても過言ではない。
それゆえ、エルフたちは基本的に他種族を「劣等種」と呼んで蔑んでいる。ナチュラルに傲慢な奴らなのだ。まあ、ドラゴンは人族を「下等生物」「奴隷」とか呼んじゃうんだけどな。
ともかく――そんなんだから、普通は自分たちの国から出て来ないのだが、たまに変わり者のエルフが人族の文化圏へやって来ることもある。
あのリリーベルとかいうエルフも、その変わり者の一人なのだろう。
まあ、変わり者と言っても、いま見た通り、別に慎ましい性格をしているわけじゃないのだが。
自分より劣っていると思った相手に対しては、どこまでも傲慢に振る舞うのがエルフという種族の特徴だ。だからこの世界ではエルフは結構嫌われているらしい。
「あーもうっ! まったくなっちゃいないわね最近の新人は!!」
「言うほどリリーベルも冒険者歴が長いわけじゃないだろうに……」
「冒険者歴なんて関係ないわよ! 人生の先輩ってことよ! 年下は年長の者に絶対服従! それが社会の掟なのよ! それに冒険者ランクでも上だし! 立場ははっきりさせるべきだわ!」
「うわぁ、エルフの老害染みた言動、拙者、どうかと思うでござる……」
「っさいわね、シズ! 私は老人ってほど歳取ってないわよ!」
「じゃあ、年齢でマウント取るのはやめた方が良いでござるよ? それに、これから一緒に依頼を受けるのだから、仲良くしてほしいでござる。冒険者の不仲が原因で依頼失敗なんて笑えないのでござる」
「ふんっ、分かってるわよそれくらい! だから誠心誠意謝罪の意思を見せれば許してやるわ」
「……念のために聞くが、具体的には?」
「そうね……ギルドの前で三回まわってワンって言えたら許してやるわ!」
「「「うわぁ……」」」
エルフの話を聞いていたマチネたちが、一様にドン引きの表情を浮かべる。
いや、周囲でエルフの話を聞いていた冒険者たちも、「これだからエルフは」というふうに顔をしかめていた。まあ、あれだけ大声で話してれば注目も集めるわな。
しかし……三回まわってワンっ、か。
面白い話が聞けたし、そろそろ行くか。
俺は壁に預けていた背中を離し、マチネたちの方へと近づいていく。
「――あ! ギルガさん! ようやく来たんですかぁー! もうっ、遅いですよー!」
すぐに気づいたマチネがこちらを見て手を振った。
それに釣られるように、エルフたちもこちらを振り向く。
リリーベルとかいうエルフが、俺の姿を確認するよりも先に、怒りに眉尻を吊り上げた顔で口を開いた。
「ちょっとアンタぁ!! 新人のくせに遅れるなんて生意気な――――の……よぉ?」
「ん? リリーベル?」
「どうしたでござる?」
途中で言葉の勢いが急速に衰えたエルフに、仲間二人が怪訝な表情を向ける。
俺はぱくぱくと口を開閉しながらこちらを凝視してくるエルフの前に、パーソナルスペースを侵すくらいの至近まで近づいて、見下ろした。
……話は変わるが、エルフが他の種族から嫌われる要因に、「何かとマウント取りがち」ということが挙げられる。
寿命マウント、年齢マウント、美醜マウント、知識マウントなど、色々とあるが……エルフにとって最も重要なのは、魔力マウントだ。
少数の人口でも人族たちに侵略されず、むしろ優位に立てるほどの国力を維持できるのは、生まれながら魔力が多く、魔力の扱いにも秀でているからである。そんなエルフたちにとって、魔力量は互いの格を明確に推し測るためのバロメーターだ。
そしてエルフは種族的に、誰でも魔力を感知することができる。
人間の多い都市部などでは意識的に感知能力を抑えていたようだが、ここまで近づけば、流石に理解できてしまったのだろう。
ちなみにドラゴンはエルフを遥かに超える寿命を持っているし、魔力量は文字通り桁が幾つも違うほどだ。
つまり……分かるな?
「はわ、はわわ……!!」
「俺がギルガだ。待たせて悪かったな」
「はわわわわ……!?」
「えーと、三回まわって……何だって?」
「しょ、しょのぅ……それはぁ……!」
「……とりあえず、手本を見せてもらいたいな。三回まわってワンって言ってみろ。話はそれからだ」
「ひぐぅ……っ!!」
エルフは屈辱にまみれた涙目でぷるぷると震えながら、くるくるくると、その場で三回まわった。
「わ、わんっ……!!」
「――よし」
「くぅ~ん……!!」
ここに、俺とエルフの格付けは決定された。
「「「…………」」」
そんな俺たちのやり取りを、マチネたちは唖然として眺めていた。
「おいおい、あいつ、『ヴァルキリー』の暴虐エルフを手懐けちまったぞ?」
「何者だ?」
「俺知ってるぜ! 一昨日、確認試験で【ヘル・ファイア】を使ったのがあいつだ!」
「あの噂のルーキーか……!! エルフが負けを認めたってことは、どうやら【ヘル・ファイア】を使ったってのはデマじゃなかったようだな」
「すげぇ……!! あのガタイで魔術師なのかよ……!! なんで大剣背負ってんだよ……!! 意味わかんねぇ……!!」
ロビーにいる冒険者どもの視線が集中する。何やら噂になっているみたいだな。
ってか「暴虐エルフ」って……こいつら、もしかして有名人なのか?
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