第28話 「俺の嗅覚が告げているのだ」


「拾っ……た? キプロス山で……? いや、まさか……しかし、姫様の話では……だとすれば……拾ったのではなく……その場合、所有権は……?」


 竜牙の大剣を山で拾ったと正直に教えてやったら、なぜか男騎士は難しい顔をしてぶつぶつと呟き始めた。


 程なくして、顔を上げた男騎士はやけに真剣な表情で、俺に問う。


「ギルガ殿、一つだけ、正直にお答えいただきたい」


「何だ?」


「もしやその大剣は、拾ったのではなく……(キプロス山の氷炎竜から)のではありませんか……?」


「ふむ……まあ、(兵士の身ぐるみ剥いで)いただいたとも言えるかもな……」


「やはり……!!(だとすると、大剣の所有権は氷炎竜から竜人でも高位の身分と思われるギルガ殿に渡ったと考えられる。そしてこれは、ドラゴンと竜人の関係性を考えれば、氷炎竜からギルガ殿への下賜に相当するだろう。……厄介なことになった。もしもギルガ殿が竜人の王族なら、氷炎竜からの下賜品を我が国の物だから返せと言っても拒否するだろう……。最悪、我が国と竜人の国の問題になりかねん。それに、氷炎竜討伐で一度失っている以上、ルーングラム王国が所有権を主張するのも難しい……)」


 男騎士は、何やら難しい顔で考え込んでいるようだ。


 ……もしや、俺が兵士たちをぶっ殺して奪ったことに勘づいたのか?


 考えてみれば、俺を襲って来た兵士どもは、目の前の男騎士と同じ国の所属だよな。もしもこの剣が仲間の物だと知ったら、返せと言って来るかもしれない。


 俺としては、別に竜牙の大剣など惜しくはない。だって所詮は歯だよ? 俺たちドラゴンの歯を大剣の形に加工しただけのもので、正直、そんな物を振っていることに時折微妙な気分になるくらいだ。


 人間たちにとっては財宝かもしれないが、ドラゴンの価値観で言えば、ただの歯の加工品で、財宝にカテゴライズされることはない。俺以外のドラゴンだったら、「キッショ……!!」と言って捨てるところだ。


 それでも俺がこれを使っているのは、単に手持ちの武器の中で、俺の怪力で振っても壊れない剣が、これしかなかったからだ。


 最悪、剣など無くても戦えるし、風系統魔術でも使えば、魔物の素材もあまり傷つけることなく倒せるだろうから、何の問題もない。


 なのだが……まあ、これは既に俺の物である。俺の物ってことはつまり、俺の物ってことなんですよ。


 ドラゴンから何かを奪おうとする者に待つのは、死だけだ。


 だから――男騎士の出方次第では、報酬のキラキラを諦めてお亡くなりになっていただく必要があるかもしれんな……。キラキラのことは残念すぎるけど……。


 俺は子供のようにあどけない表情を作り何も分からないふりをして、男騎士に確認してみた。


「もしかして、この大剣がどうかしたか……?」


「――ッ!?(な、なんだッ!? この生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされたかのような凄まじい悪寒は!? 何か分からんが……返答を誤ったら命はない気がする……っ!!)」


 瞬間、なぜか男騎士の表情が強張る。


 どうしたんだろう……? まさか、何かに気づいた……? この大剣を、厚かましくも返せとか言っちゃう感じ……?


 死? 死なの? お亡くなりになる……?


 男騎士はひきつったような笑みを浮かべて、答えた。


「ぎ、ギルガ殿……いえ、素晴らしい剣だと思って、つい見惚れてしまったんです。それ以上の意味はありません……ははっ」


「…………そうか?」


「ええ、もちろんです。そのように立派な剣は、ギルガ殿のような方にこそ相応しいですね、ははっ(そもそもこれは私にどうにかできる問題ではない。もしも無事王都まで戻れたら、その時は陛下に何もかも報告しよう……。決断するのは陛下だ。私じゃない)」


 ……ふむ。


 どうやら、俺の考えすぎだったようだな。


 良かったぜ。キラキラを貰う前に悲しいことにならなくて。



 ●◯●



「こっちは終わったわよ」


 ――と、そうこうしている内に、木陰で下着とズボンを洗っていたリリーベルたちが戻ってきた。


 金髪小娘はリリーベルによって洗濯されたズボンを穿いている。この短時間で乾いた様子なのは、リリーベルが魔術で乾かしたからだろう。水系統魔術で水を操作すれば、洗濯機よりも完璧に脱水することができるからな。


 そして漏らしたことが恥ずかしかったのか、金髪小娘はもじもじしている。


「ギルガ殿」


 レオナが苦笑しながら話しかけてきた。


「話は聞こえていたが、準国宝級の宝石か宝飾品とは、ずいぶんと吹っ掛けたな。こちらの御仁たちは見たところ騎士とはいえ、流石に払えないのではないか?」


「いやっ、それはっ!? だ、大丈夫ですギルガ殿! 借金をしてでも必ずお支払いたしますので!」


 男騎士が慌てたように言う。


 俺は頷いた。


「大丈夫だ、問題ない。そこら辺はちゃんと考えてある」


 舐めてもらっちゃ困る。俺だってこいつらに準国宝級の代物を支払う能力がないことくらい、百も承知だ。


 騎士だって実家次第で財力はピンキリだろうが、実家から引っ張って来れる金には限りがあるだろう。かと言って騎士の給料で俺に報酬を支払うことなど不可能。


 しかし、俺の嗅覚が告げているのだ。こいつらは無理でも、こいつらに近しい人物ならば、ギリギリ準国宝級の代物を都合できるくらいの財力と権力があるだろう――とな!


 ――それは姫様だ。


 おそらく金髪小娘含めたこいつらは、姫様の部下のような存在だろう。そうでなくとも、一緒にキプロス山のドラゴンに会いに行こうとするくらいには、近しい間柄だ。


 部下、あるいは近しい臣下であるこいつらの命を救われて、姫様が何もしないというわけにはいかないだろう。


 つまり、俺への報酬を支払ってくれるのは、こいつらではない。姫様なのだ!



 …………。



 ん?


「あれ? ところで、お前らと一緒にいた姫さんは……?」


 そういえば、思い返すと金髪小娘が姫様がどうのと言っていたような……?


「――そっ、そうだっ!! こんなところでのんびりしている場合ではないっ!!」


 金髪小娘が急に正気に返ったように、デカイ声で叫んだ。


「クレイグ殿! 早く姫様をお助けせねば!! 今ならばまだ間に合うはずです!!」


「分かっている。落ち着け、アナベル。姫様を救うのは当然だ。我々だけ、おめおめと逃げ帰るわけがないだろう! だが……姫様が我々を逃がした意味も理解しているな?」


「そっ、それは……!? しかしっ!!」


 ひどく焦った表情を浮かべる金髪小娘に、男騎士は落ち着かせるように説明する。


「現実的に、我々3人だけで姫様をお救いすることはできん。到底戦力が足りんからだ。だから姫様は我々を逃がした。ご自身が攫われたことを知らせ、救出のための戦力を連れてくるようにと……」


「ですがっ、時間をかければ姫様の身に何があるか……っ!!」


「あの賊どもが何処の手の者かは想像できる。王族の威光を理解しない獣や盗賊ではないのだ。十中八九、貴族派閥の誰かの仕業だろう……となれば、そうそうに滅多な真似はしないはずだ。それに姫様はあの指輪を着けている。居場所を把握するのは容易だ」


「くっ……!!」


「まだ猶予はある。王都……まで戻るのは流石に時間が掛かり過ぎるから、レスカノールでリーンフェルト伯に救援を要請しよう。あの方は王国派閥の方だから、今回の件には無関係だろうし、助力してくれるはずだ」


「……っ、わかり、ました……っ!! ではっ、一刻も早くレスカノールへ!!」


 え? 姫様が、いない……?


 攫われた……?


 じゃあ、俺のキラキラは……?


「おいコラちょっと待て」


「ひぃっ!? ごめんなさっ――!?」


 衝動のままに口を開いたら、金髪小娘が一瞬で涙目となって縮こまった。


 しかし、俺はそれを無視して男騎士を問い質す。


「俺のキラキラ――じゃねぇ。姫さんはどうした? 何処にいる?」


 だが、最初に口を開いたのはビビり散らかす金髪小娘だった。


「あ、あの……今は、答えている時間がないというか……後にしてほしいというか……」


「黙ってろ」


「ごめんなさいっ!!」


 一方、男騎士はしばらく目を瞑り、何事かを考えていた様子だったが――程なくして、意を決したように目を開くと、頷いた。


「分かりました。ちょうど、ギルガ殿にお願いしたいこともあります。姫様の身に何が起こったのか、説明しましょう」


「ああ」


 聞かせてもらおうじゃねぇか。俺のキラキラが何処にいるのかを、よぉ……!!



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