第29話 「お仕置きもしておきました」

【ミスティア姫視点】


 ヘウレカ領に向かう道中、ギルガ様という一般成人男性(推定竜人王族)とすれ違い、急死に一生を得た後、私たちは目的のキプロス山に到着しました。


 けれど、その日はもう遅い時間でしたので、麓にある温泉街の廃墟で一夜を明かすことにしたのです。


 温泉街は門を固く閉じられていますが、大きな門の横にある小さな通用門は、鍵があれば開けることができます。そしてこんなこともあろうかと、私は通用門の鍵を(無断で)持ってきていました。


 ともかく、そうして廃墟で一夜を明かした翌日、私たちはキプロス山を登り、ドラゴンの巣穴へと向かったのです。


 しかし、山頂にあるドラゴンの巣穴には、巣の主の姿はありませんでした。


「留守中」だとギルガ様が仰っていた通りですが、今はたまたま狩りに出掛けているだけかもしれません。


 そこで私たちは山頂近くで夕方まで、ドラゴンの帰還を待ちましたが、結局その日、ドラゴンが帰って来ることはありませんでした。


 ですが念には念を入れ、私たちは一週間ほど山に滞在し、ドラゴンが帰って来ないか監視することにしました。


 夜は温泉街の廃墟で過ごし、朝になったら半数ほどを率いて山に登り、巣を確認に行きます。残りの半数は廃墟に残って生活環境を整えたり、携帯食料はありますがそれだけでは侘しいので、森に入って狩りをしてくれているのです。


 温泉街の廃墟での生活は、野営と違ってそれなりに快適でした。


 何しろ廃墟とはいえ、数年前までは普通に人が暮らしていた場所です。家屋も崩れていませんし、貴族たちの保養地だっただけはあり、街の中は石畳の道が多く、植物の侵食も最低限でした。


 ドラゴンさえいなくなれば、すぐにでも住めそうな程です。


 街にある温泉も、簡単に掃除するだけで使うことができ、私たちは旅の汗を流すことができました。


 そうそう、汗と言えば……温泉街に滞在している間に、アナベルのお仕置きもしておきました。


 別に大したことはしていません。



 裸に剥いて縄で縛り、鞭で打っただけです。



 あっ、勘違いしないでほしいのですが、鞭と言っても皮膚が裂け血肉が飛び散るような、拷問用の鞭ではありませんよ? 何と言えば良いのか迷いますが……乗馬用の鞭とも違って、ビラビラした短い革の束が付いている短い鞭で、痕も長く残らず、それほど痛くないやつです。


 幼い頃、お母様がお父様相手に使っているところを目撃して気になっていたので、お母様にあれは何だったのかと聞いてみたことがあります。


 お父様は仮にも王です。いくら王妃と言えど、あんなことをして大丈夫なのかと……。


 すると、お母様はなぜだか慌てた様子で教えてくださいました。


「みっ、見ていたのですかミスティ……っ!? あ、あれはっ……その、陛下から叱ってくれと頼まれたのですよ……?」


「しかってほしい……ですの? おとうさまは、おかあさまにしかってほしいのですの?」


「ん、んんっ……その、旦那様は国王陛下でしょう? 王とはいえ、人であることには変わりません。ですから、時には失敗してしまうこともあるのです……」


「おとうさまもしっぱいするのですね」


「ええ、そうよ……。そして人は何かを失敗した時、誰かに叱ってもらうことで安心することもあるのです」


「ええー!? ミスティはしかられたくないですわ!」


「黙って聞きなさい。大人にはそういう時もあるのです。そしてそういう時、たとえばミスティなら、この母が叱ってあげられます。けれど、陛下にはそういう人がいないのですよ。王を叱れる人など……。それに人前で面と向かって王が叱られたりすれば、それは王の権威を貶めることになってしまいます。ですから、尚更そうなのです」


「ふぅ~ん」


「そこで、陛下は妻である私に、人の見ていないところで、こっそり叱ってくれるよう頼んだというわけなのです。ですからミスティも、陛下が私に叱られていたなど、他の者に漏らしてはなりませんよ? 絶対に、です」


「はい、わかりましたわ! ……でも、しかるのにムチでぶつのはなんでですの? いたそうだし、おとうさまかわいそうですの」


「ん゛ん゛っ!? そ、それはっ……あれが、大人の男性の叱り方なのです! み、ミスティも大人になれば分かりますからっ……ともかく! 絶対に誰にも言わないように!! 良いですね!?」


 ――というようなことがあったのです。


 すっかり大人のレディになった今でも、どうして大人の男性をあのように叱らねばならないのかは理解できませんが……。


 だって叱るにしても、「ほらほら豚のように啼いてごらんなさい!!」とまで言う必要はないと思います。少し言いすぎではないでしょうか?


 お父様も「ぶひぃっ! ぶひぃっ!!」と、涙を流して泣いていましたし……。


 まあ、ともかく。


 そんなことがあったので、私もアナベルを叱る時、お母様と同じように叱ってみることにしたのです。


 アナベルは普段は真面目な良い娘なのですが、私が少しでも馬鹿にされたりすると、烈火の如く怒り出してしまう癖があります。それに加えて、身分が下の者には自然と高圧的になってしまうことも、悩みの種です。


 アナベルは侯爵家の娘ですから、それも仕方のないことかもしれませんが……。


 ですが、それで何度も何度も騒ぎを起こされると、流石の私も我慢の限界というものです。


 それまでは可哀想だと思い、自重してきましたが……私たちが12歳になったある日、ついに我慢の限界に達し、私は教育的な意味も込めて、お母様式お仕置き術を試してみることにしたのです。


 お母様の寝室からこっそりと鞭を拝借し、アナベルを裸に剥いて動けないように縄で縛り上げました。


「ひ、姫様……!? こ、これはいったい……っ!?」


「アナベル、貴女が悪いのよ? 幾ら言っても同じようなことで騒ぎを起こして……だから、これは教育……いいえ、お仕置きなのよ」


 ――というのが、最初でしたかしら?


 終わった後、流石に少し酷すぎたと良心の呵責に苛まれた私は、鞭を使ったお仕置きはもう二度としないつもりでした。


 けれど以前までと同じように、叱るにしても言葉だけで優しく諭すように叱っていると、アナベルがこう言ったのです。まるで怒りが我慢の限界に達したかのように。


「ひ、姫様っ!! どうしてっ、どうして鞭でお仕置きしないのですかっ!!?」


「え? だって、それは……アナベルが可哀想だと思って」


「可哀想などと!! 叱る相手に同情してどうするのです!! 叱る時は心を鬼にして折檻してこそっ、叱られた相手も反省するというものでありましょう!! ならばっ、姫様が私を叱る時は鞭で叩くべきなのですっ!! それでこそ私は真に自らの行いを反省できっ、変わることができるのですっ!! 相手を気遣った言葉だけの説教に、いったい何の価値がありましょうやっ!!!」


「…………!!」


 まるで雷が落ちてきたようでした。


 私に対してここまで声を荒げるアナベルなど、それまで見たことはありませんでした。それに、何て真剣な表情なのでしょう。


 私は自らの間違いを悟りました。確かに、アナベルの言う通りかもしれません。


 以来、私はアナベルを叱る時、裸に剥いて縄で縛り、鞭で打って反省を促すようにしたのです。


 今回――ギルガ様相手に無礼な言動を重ね、ギルガ様の化け物染みた強さを知らなかったとはいえ、私たち全員を命の危機に晒した罰として、私はアナベルをお仕置きしました。


 ですが……なぜでしょう?


 本当にこれで良いのか、疑問を覚えます。というのも……、


「アナベルっ! 貴女の言動のせいでっ、私たちは生死の瀬戸際に立たされていたのですよっ!? 魔力を感知できないから仕方ないとはいえ! もう少し相手を見て態度を変える努力をしなさいっ!!」


 あのように体が大きくて、並みの戦士を遥かに越える筋肉の持ち主で、整っているけれど獰猛そうな顔をした相手に、何を考えて喧嘩を売るように高圧的な態度で接するのだと、私は鞭を振るいながらアナベルを叱ります。


「ああっ!!? 姫様っ、申し訳っ、ありません……っ!! もう二度とっ、このっ、ような……っ、んああっ!! ことはっ、しません……!! で、ですからもっと、もっと私をぉ……打ってくださぁあい……っ!!」


 痛みに耐えているからでしょう。アナベルは全身から汗を吹き出し、滑らかな肌を濡らしています。そして鞭で打たれる度に、縄で縛られながらも身を捩るように体を蠢かすのです。


 痛みに顔を歪めるアナベルの目の端からは涙が流れ、口の端からはヨダレが垂れて、汗に濡れた肌と同じく、ヌラヌラと照り輝いています。


 それを見て、私は何だか淫靡な光景に思えてしまいました。ただ、お仕置きしているだけだというのに……。


 それにアナベルの表情が何だか……痛みに顔をしかめているというよりは、笑っているような、恍惚としているような……声にも喜悦が滲んでいるような……。


「んあああっ……!! 姫、しゃまぁ……っ!!」


 それに鞭で叩くようになって以来、お仕置きの頻度はむしろ増しているような気もします。


 これ、本当に効果あるのでしょうか……?






 ―――――あとがき―――――


 もしかして、「作者何書いてんだ……?」と疑問に思ったかもしれませんが、

 作者も「俺はいったい何を書いてんだ……?」と疑問に思っているので大丈夫です。

 ただ、テンポ良く先に進めるつもりだったのに本筋で関係ないエピソードで丸々一話消費してしまったのは申し訳ないと思っています。

 反省しますm(_ _)m



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