第30話 「まさか……竜晶石ですか!?」
【ミスティア姫視点】
山頂のドラゴンの巣に毎日通ったり、アナベルにお仕置きしたりと日々は過ぎ、温泉街の廃墟への滞在も6日目を迎えました。
「姫様、これだけ待ってもドラゴンが戻って来ないということは、もしやあの御仁……ギルガ殿でしたな。彼の言う通り、今は留守……というより、棲み処を変えた可能性があるのでは? ドラゴンは普通、縄張りに執着するはずですし……」
朝、そろそろどうするかと皆と話し合っていると、近衛騎士のクレイグが発言しました。
「確かに、そうですね……」
クレイグの言う通りです。通常、ドラゴンがこれだけ縄張りを留守にしているとは考えられません。
「……分かりました。それでは山頂の巣を確認するのは今日で最後にし、明日の朝早くに出発しましょう。急げば明日中にレスカノールまで戻れるかもしれません」
「了解しました。予め出発の準備をさせておきましょう」
「ええ、よろしくお願いします。ですが……」
「何かご懸念でも?」
「このまま王都に戻り、ドラゴンがいなくなったと訴えても、果たして信じて貰えるかどうか……」
私が強く訴えれば確認の人員を出してもらえるとは思うのですが、貴族派閥の者が邪魔に入るかもしれません。彼らにしてみれば、王家がミスリル鉱山と温泉街を取り戻すことを歓迎はしないでしょうから。
それにお父様を説得する材料も欲しいところです。
「……ならば、今日は巣の中を探索してみてはどうでしょう?」
「巣の中、ですか?」
「はい。ドラゴンの鱗の1枚でも持ち帰ることができれば、我々が巣の中に入った……つまり、ドラゴンの不在という事実に対して説得力を持たせることができるかと」
なるほど。鱗ですか。
確かに巣の中を探索すれば、鱗の1枚や2枚はあるかもしれません。いえ、それどころか、運が良ければ爪や牙も落ちている可能性があります。
私たちはこれまで、もしや次の瞬間にでもドラゴンが戻って来るのではという警戒のあまり、巣の中をほとんど探索していませんでしたからね。
私はクレイグの提案に頷きました。
「それは良いですね。そうしましょう!」
ということでその日、私たちはドラゴンの巣を隅から隅まで探索してみることにしたのです。
ですが……、
「ありませんね。鱗の一枚も……」
「たった数年とはいえ、ドラゴンが棲んでいたにしては、あまりにも綺麗すぎます……」
山を登り、巣の中へ侵入した後、私たちは程なくして呆然と立ち尽くすことになりました。
巣の中に、爪や牙どころか、鱗の一枚も落ちていないのです。
まるで氷炎竜がここを去る前に、綺麗さっぱりと掃除してしまったかのように……。ですがそんなこと、あり得るのでしょうか?
いえ、あり得るあり得ないは、この際問題ではありません。このままではお父様や、陰険な貴族派閥の者たちに、ドラゴンの不在を信じさせることができないのが問題なのです。
鱗のたった一枚で良いのです。何か、私たちが確かに巣に入ったという証拠になる物が落ちていれば良いのですが……。
――と、その時。
「姫様! ありました! これです!!」
隅の方を探索していたアナベルが、笑みを浮かべて私たちを呼びました。
急いで近づくと、アナベルの腕には、彼女の頭部より優に一回りは大きい、澄んだ結晶のような物が抱えられています。
表面は滑らかな曲面を描いた、楕円の球体です。
魔力感知ができる私は、すぐにそれの正体を察しました。
「まさか……竜晶石ですか!? でかしました、アナベル!!」
「えへへ……!!」
褒めると、アナベルはまた嬉しそうに笑います。
竜晶石はドラゴンが生み出す貴重な素材です。それは豊富な魔力を内に蓄えており、魔道具の素材にも、魔術の触媒にもなるのです。使い道はまさに千差万別で、魔杖に用いればその品質は数段上昇し、魔術の触媒として用いれば、術者の実力以上の魔術を発動できると言います。
とても稀少な代物にも関わらず、需要は無限と言って良いほどで、それゆえ値段は非常に高価です。市場に流せばその値段は、ドラゴンの鱗数枚分にも匹敵するでしょう。
とにもかくにも、これでお父様を説得することができます……!!
「それに姫様! 見てください! 探せばまだ埋まっていそうですよ!!」
アナベルの言葉に、他の者たちもざわめきます。
彼女の指差す先では、大人が何人も横になれるくらい大きく掘られた穴の中に、土のような物が私たちの身長以上の高さで、こんもりと小山のように盛られています。そしてその中に埋まる形で、キラキラとした結晶が幾つも見えるのです。
思わずといったように、クレイグが感嘆の声を漏らしました。
「おお……!! 素晴らしい……!! 氷炎竜が多くの魔物を喰らったのか、それとも氷炎竜が特別膨大な魔力を持っていたからなのか分かりませんが、まさかこれほど大量の竜晶石が見つかるなんて……!!」
竜晶石はドラゴンの体内で、複数の魔物の魔石が融合、変質したものです。純粋なドラゴンの素材というわけではありませんが、その質や生産量は、ドラゴンの食事量と、ドラゴンの魔力量によって変わると言います。
見たところ目の前の竜晶石は品質も良く数も豊富です。食事量が多かったというよりは、やはり氷炎竜の持つ魔力が膨大だったおかげでしょう。
「これは嬉しい誤算でしたね! ふふっ」
私は思わず笑ってしまいました。ドラゴンがキプロス山に棲みついて、王家に入る税収が激減したり、貴族派閥が力を増したりと大変なことばかりでしたが、物事は悪いことばかりが起きるというわけではないようです。
これだけの竜晶石、売ればきっと一財産になるでしょう。
「ともかく、皆で手分けして掘り出してしまいましょう!」
「了解です!」
そうして私たちは、幾つもの竜晶石を掘り出し、私が持ってきていたポーチ型の「拡張鞄」に収納しました。
全部で17個ほどもあったでしょうか。大量です!
●◯●
翌日。
私たちは朝早くに温泉街の廃墟を出発し、一路レスカノールへ向かって、馬を走らせ続けていました。
昨日、大量の竜晶石を見つけたこともあり、皆の雰囲気は明るいです。それにドラゴンが巣を放棄して、別の場所に移ったと考えられることも大きいでしょう。
気分も軽く、馬を潰さないようにきちんと休憩を取りながら移動し続け――あと一時間もすればレスカノールに到着するかといった頃合い。
左右を森の木々に囲まれた一本道に差し掛かったところで、それは起きました。
――バンッ!!
と、空高くから響いた爆発音。
「「「!?」」」
私たちはほぼ一斉に馬を止め、辺りを確認しました。
音が聞こえてきたのは空。すでに音の発生源は消えており、推測になりますが……、
「今のは、【ファイア・ボール】でしょうか……?」
「音の感じからすると、そのようですな……。姫様、術者は感知範囲に?」
「いえ。どうやら30メルト以上は離れているようです。それらしい反応は何も」
「森の中で空に向かって【ファイア・ボール】を放つ……ですか。冒険者が仲間に何か合図でも送ったのでしょうか?」
少しばかり警戒し、その場で待っていても、一向に何も起こりません。となれば、クレイグの言うように、近くで冒険者が活動しているだけ――というのが一番可能性の高い推測でしょう。
その時は何事もなかったので、私たちは再度、道を進み始めました。
ですが、それは間違った選択だったと、すぐに気づくことになります。
それから幾らも進まない内に、道を塞ぐように倒木を置き、前方に展開している大勢の男たちが見えてきたのです。あれでは馬で駆け抜けても強行突破は難しいでしょう。
男たちの数は優に20を超えていました。
「盗賊……でしょうか?」
身なりは薄汚れているので、そう考えるのが妥当な気がします。
しかし、クレイグは険しい声で否定しました。
「……いえ、姫様。奴ら、何かがおかしい……」
「おかしい、ですか? ……ならば、来た道を引き返しますか?」
王都へ帰るにはこの道を通らねばなりませんが、無理をすれば森の中を迂回することもできなくはありません。明らかな危険は避けるべきと思ったのですが……。
「――!? クレイグっ!!」
「――むっ!? 奴らっ、いつの間に……っ!?」
引き返すためにもと、馬上で背後を確認するため振り返った時です。私たちの後方を遮断するように、こちらも20を超える男たちが、ぞろぞろと森の中から姿を現すところでした。
前方と後方で40……いえ、50人近いでしょうか? それだけの男たちにより、私たちは進路も退路も塞がれてしまいました。
それに、この者たち……。
「背後の者たちは、私の魔力感知に引っ掛かりませんでした……!!」
私の魔力感知は30メルト。感知できる人族の中でも、広い方です。ですが、男たちはまるでそれを知っているかのように、30メルト以上の距離を開けてから、気づかれないように背後の道を塞いだのです。
明らかに、ただの盗賊にできることではありません。少なくとも、私の能力のことを詳しく知っているのは間違いないです。感知範囲のことなど、広く公表しているわけがないのですから。
「くそっ、そうか……!! あの【ファイア・ボール】はこいつらの合図か! 私たちを待ち伏せしていたのか!!」
クレイグが悔しげに叫びます。それに男たちの一部がニヤニヤと笑ってみせました。
そして私たちが馬を止めてどうすべきか逡巡している間にも、前後の男たちはじりじりと距離を詰めて来ます。
すぐに前方の男たちが私から10メルトのところまで辿り着き――、
「――っ!? クレイグ、気をつけてください! 前方の集団の真ん中にいる男……魔力だけでも私に匹敵します!」
「……なるほど。それは確定ですな。こいつらは盗賊ではない」
私の魔力は人族ではかなり多い方です。それと同程度の魔力を持つ盗賊など、いるわけがありません。
――と、その魔力の多い男が、私たちに向かって声を張り上げました。
「よう! 騎士様方! まずは全員、馬から降りてもらおうか!!」
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