第31話 「や、やりましたね、姫様!!」

【ミスティア姫視点】



 私に匹敵する魔力の持ち主――いやに目つきの鋭い男が、馬から降りるように告げました。


 魔力が多いと言っても、魔術師には見えません。腰には長剣を提げており、筋骨隆々という程ではありませんが、良く鍛えられ、引き締まった体をしています。明らかに戦士の体つきです。


 そして全身から放つ威圧感は……何ということでしょう……!! ギルガ様にも匹敵するように感じます……っ!!


 あの男の威圧感に加えて、この人数と包囲された危機的状況。さすがのアナベルも、いつものように罵声を飛ばす余裕はなく、険しい顔で警戒しています。


「あの男……っ!?」


 クレイグが戦慄し、冷や汗を流していました。


 クレイグは近衛騎士団の精鋭です。その彼がここまで戦慄する相手は、世界中を見渡してもそれほど多くはないでしょう。


 私はごくりと唾を飲み込み、意を決して声を張り上げました。


「貴様ら!! 我々を王国騎士と知っての狼藉かっ!? 今ならば見逃してやる! 道を開けよ!!」


 ギルガ様相手に居竦んで以来、お上品なお姫様モードでしたが、ここは上位の立場であるとアピールする場面です。久々に感じますが、第8魔術師隊隊長としての喋り方を選択します。


 ちなみに全員が騎士というわけではありませんが、わざわざ教えることはないでしょう。


「おいおい、そんな鎧着て馬に乗ってんだから、分かるに決まってんだろ? ってか、余計な問答はいらねぇんだよ。さっさと降りろや?」


 男は王国騎士相手と知っても退く様子を見せません。


 騎士は王国騎士だけでなく、高位貴族の領主ならば私設騎士団を持っている場合もあります。盗賊の中には私設騎士団は襲っても、王国騎士団には手を出すなという暗黙の了解があるはずですが……この男たち、やはり盗賊などではないのでしょう。


 つまり、突発的な思いつきによる追い剥ぎ行為などではなく、最初から私たち相手に計画された襲撃。


 ……いけませんね。


 当然ですが、捕まるわけにはいかないようです。何とかして男たちの包囲を突破しなければ。


「……姫様」


「クレイグ?」


 クレイグが馬を寄せ、小声で話しかけてきました。どうやら、何か考えがあるようです。


「真ん中のあの男。奴だけでも倒せれば、前方の包囲を強行突破することも不可能ではありません」


「……倒木はどうします? 馬に乗ったまま飛び越えられるかどうか……」


「ジョンの地系統魔術で地面を盛り上げ、スロープを作って飛び越えましょう」


 ジョンというのは、今回、私について来てくれた第8魔術師隊の隊員です。


「なるほど……ジョン、いけますか?」


「了解しました。お任せください、姫様」


 ジョンが力強く頷きます。どうやらいけそうですね。


「それでは、クレイグは時間稼ぎと注意を引きつけてください。あの男は私がやります。倒せるかどうかは分かりませんが、周囲の者たち含めて、確実にしばらくは行動不能にしてみせます」


「了解です」


 クレイグは反対することなく頷きました。


 この距離であの男を倒せる可能性があるとすれば、私しかいないと、彼も分かっているのです。


「おい、おい、おい!! なぁにを相談してやがんだてめぇら!? さっさと降りねぇと皆殺しにすんぞ!?」


「――待て!!」


 男が苛立ち混じりに声を張り上げ、それに対してクレイグが前に出ます。どうやら会話で時間を稼いでくれるようです。……私が魔術を準備するための時間を。


「貴様らの目的は何だ!? 金か? 金ならばくれてやる! そこを通せ!」


「バカかお前は? もちろん金も欲しいが、てめぇらの身ぐるみ剥いで全部売った方が金になるだろうがよ? 通すわけねぇだろが」


 私は男から視線を遮るように、静かに前へ出たクレイグの後ろへ馬を移動させます。それから腰に差した短杖ワンド型の魔杖を抜き、杖に魔力を注ぎながら術式を構築していきます。


「確かに貴様らの方が人数は多い! だが、我々は全員が手練れだぞ! 戦いになればそちらの被害もバカにならんはずだ! 貴様は無事でも他の奴らはどうだ!? 我々は貴様らをほぼ壊滅に追い込む自信があるぞ!! それでもやるか!?」


 クレイグが真ん中の男だけでなく、周囲の男たちを見回すようにして告げます。


 クレイグの言葉は真実で、盗賊ならば確実に尻込みするはず。ですが、誰一人として怯える様子はありません。


「ハッ! 残念だったな。逃げる奴なんていねぇよ。なぜなら……てめぇらを皆殺しにするくらい、俺一人で十分だからなぁ!!」


「……そうか。どうやら、説得は無駄のようだな」


 …………。


 ……できました!!


「――クレイグ!!」


 私が名を呼んだ直後、クレイグは素早く馬を操り、右斜め少し前方へ移動します。


 クレイグが退き、男たちと私の間に、空間が開けました。


 瞬間、私は杖の先を男たちに突き出し、構築していた魔術を放ちます。


「喰らいなさいっ!!」



 雷系統魔術――【サンダー・ウェブ】!!



「「「――――!!?」」」


 突然の攻撃に男たちが驚いた顔をしますが、もう遅いです!


 杖の先から放たれた青白い雷は、幾条にも枝分かれしながら巨大な蜘蛛の巣のように広がり、男たちに襲いかかります。


 広範囲の雷に逃げ場はなく、雷が襲いかかる速度は目で追うことすらできません。不意を突けば回避も防御も不可能な一撃!


 荒れ狂う雷の網は、男たちにぶつかると同時、眩い雷光を迸らせながら激しく弾けました。


「……や、やりましたね、姫様!」


 舞い上がる土埃が晴れるよりも先に、勝利を確信したアナベルが歓声をあげました。


 しかし、むしろ逆に、私はアナベルの歓声を聞いて嫌な予感を覚えてしまいます。


 睨みつけるように土埃が晴れるのを待ち、攻撃の成果を確認すると――、


「そんな……!!」


「……気づいてたぜぇ? その男の後ろでコソコソと何かやってやがったのはよぉ?」


 思わず、私たちの間に動揺が走りました。


 ――無傷。


 真ん中の男だけではありません。私たちの前方に陣取っている全ての男たちが無傷だったのです。


 その理由は――おそらく、男たちの前に広がる「空気の揺らめき」が答えなのでしょう。


 いえ、ですが、信じられません……!!


「まさか、風の障壁で防いだというのですか……!?」


 広範囲の【サンダー・ウェブ】を、風系統の障壁魔術で防ぐ……それは不可能ではありませんが、容易いことではないはずです。【サンダー・ウェブ】はそれほど脆弱な魔術ではないのですから。


 それに、まさか……と、私は男が掲げる「剣」に視線を集中させました。


 最前まで腰に提げられていたはずの長剣は、いつの間にか鞘から抜かれ、その剣身を露にしています。


 それは異形の剣でした。


 形こそ普通の剣と違いはありませんが、その見た目は尋常なものではありません。表面にはどこか生物的なヌラヌラとした光沢があり、剣身全体に、青白い光の筋が血管のように走って、どくんどくんっと、鼓動のように明滅しているのです。


「ば、バカな……っ!!?」


 クレイグが呻きにも似た呟きを漏らします。


 あの異形の剣身を見て、その正体を察せない戦士はいないでしょう。それほどに悪名高い『古代戦器アーティファクト』です。


「魔人剣、だと……!!?」


 ――魔人剣。


 現代の魔術理論とは異なる理論、技術を用いて製作された遺失技術の産物。それを『古代戦器アーティファクト』と呼びます。


 そんな『古代戦器』の中でも、「魔人剣」は「人魔大戦」と呼ばれる人族と魔族との最も大きな戦いにおいて、魔族側が使用したとされる魔道武器にして、非人道兵器です。


 ですがその性能は現代の魔道具や魔杖とは比較になりません。


 特定の魔術を極短時間で発動できる単一術式特化型魔杖と似た性能を持ちながら、その出力は儀式陣で増幅されたように強力なものと聞きます。


 すなわち……私の魔術を防いだのは、あの男が「魔人剣」を使った結果なのでしょう。


 これが単一術式特化型魔杖ならば、あの規模と強力さから「風陣障壁」の術式だと断定するところですが、「魔人剣」となると話が違います。数々の逸話から推測するに、刻まれた術式は「風操作」のように汎用性に富んだものに違いありません。


 現代の技術では魔杖に詰め込んでも実用性のある出力は得られないでしょうが、それができるのが『古代戦器』というものです。


 そして風を操る魔人剣……もう数年前になりますが、そんな剣を持つ者が我が国で暴れ回っていたと聞いたことがあります。確か名前は……、


「風の魔人剣……まさか奴は、ゼピュロスっ!?」


 クレイグも気づいたようです。


 そう、『血風刃』のゼピュロス!


 かつて最もSランクに近い冒険者と謳われながら、数々の不祥事を起こして冒険者ギルドを追放され、捕まることなく逃げ回っては王国中を荒らした凶悪な指名手配犯!


 いつしか彼の噂も聞かなくなり、死んだものと思われていましたが。


 それがなぜこんなところに……!?


「ほう……? まだ俺の名前を覚えてる奴がいやがったか。最近はバレねぇように上手くやってたのによぉ。人の噂も七十五日ってのは嘘か? ……いや、ただ覚えてるだけなら間違ってはいねぇのか?」


 ゼピュロスは聞き覚えのない諺らしきものを呟きながら首を傾げていましたが……すぐに一人で納得したように頷くと、こちらに視線を戻しました。


 この間、相手がゼピュロスと知った私たちも、不用意に動けません。


「まあ、なんだ……最初から以外は全員殺すつもりだったが……俺のことを知ってるとあっちゃあ、なおさら生かしておけねぇなぁ?」


 彼はニタリと不吉に嗤って、おもむろに魔人剣を振り上げます。そして――、


「とりあえず、てめぇらの動揺する面白ぇ顔も見れたし……まずは適当に間引くか」


 こちらに近づくことなく剣を振り下ろし――次の瞬間、私たちに向かって暴風が降り注ぎました。



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