第18話 「受けても良いが、条件がある」


 最強の冒険者パーティー『ドラゴンスレイヤーズ』は最強つよつよファイア・ドラゴンにぶちころがされたらしい。


 それによって現在、盗賊の跋扈する領内で、ゴブリンやオークの巣の駆除に当たれる人材が、レオナたち『ヴァルキリー』しかいなくなってしまった――ということか。


「んで? それでどうして俺がこいつらを手伝うことになるんだ?」


 さっさと駆除に行けば良いと思うんだが。


「それは簡単な話ですよー」


 と、マチネが説明し出す。


「現在、レオナさんたちは盗賊の拠点やゴブリン、オークの巣を一つ潰すごとに、レスカノールまで戻って来ているんです。荷物が膨大になっちゃいますからね」


「ああ、盗賊の溜め込んでた盗品とか、オークどもの素材とかってことか?」


「はい。ゴブリンやオークなんかも人から奪った物を溜め込んだりしていますから、結構な量になることもあるんです」


「ほう……そいつは夢のある話だな。つまり、奪い返した財宝や素材なんかを、俺の拡張鞄で運んでほしいってわけか」


「そうです! さすがギルガさん、頭良いですね!」


 普通に分かるだろ。バカにしてんのか。揉みしだくぞ。


「そんで? 拡張鞄の方は分かったが、火系統魔術の使い手を探してたのは何でだ?」


「それはアンデッド化防止のためですよー。ゴブリンやオークたちは最悪、体内の魔石を抜けばアンデッド化を防止できますが、盗賊たちの場合、遺体のある拠点まで聖職者を派遣するか、遺体を火葬するしかないですから。火葬するにも膨大な燃料が必要になりますし、聖職者を派遣するにしても、その道中の護衛とかで、また人手を割かれてしまいますし。……正直、お布施の額もバカになりませんからねー」


「ふぅ~ん、なるほどな……」


 この世界では、一定以上の魔力を持つ生物が死んだ場合、死後、時間を経て遺体はアンデッドと化す。


 それを防ぐ方法は、人間の場合は主に二つ。


 生命系統魔術を使える聖職者によって遺体に残存した魔力を散らすこと。あるいは遺体を火葬することである。


 火葬については魔物も同じだが、魔物の場合はもう少し簡単な方法もある。


 それは体内にある魔石を抜くことだ。


 魔物の場合、魔石があるので人間よりもアンデッド化が早い代わりに、魔石を体内から取り出すだけでアンデッド化を防ぐことができる。


 ただし、これは言うほど簡単じゃない。特に今回の件だとそうだろう。


 何しろ魔石は基本的には心臓のそばにあるため、これを取り出すには、肋骨や胸骨に守られた胸腔内部を開胸して露出しなければならない。


 骨というのは筋肉や腱、靭帯によって互いに強く結び付いており、これを解体するのは容易なことではない。どんなに手慣れた者でも、ゴブリンやオークから魔石を取り出すには、一体につき数分から十分程度はかかるはずだ。


 まあ、返り血とかで汚れることを気にせず、死体を派手に損壊させるなら、もっと早く取り出せるだろうが。


 裏技として鳩尾あたりを切り裂き、そこから横隔膜にも穴を開け、腹腔から胸腔へと腕をねじ込んで魔石を取り出す方法もあるが、面倒臭さでは正規の方法とあまり変わらない上、血と脂でベタベタになるだろうから、たぶん誰もやりたがらないだろう。


 下手をすると胃を裂いてしまって、更に汚れる可能性もあるしな。


 とにもかくにも、アンデッド化を防止するのは斯様に面倒なのだ。


「でもでも! ギルガさんの【ヘル・ファイア】なら、纏めて火葬することもできるんじゃないですか? それだけの火力はあると確信しているのですが!」


 と、期待を込めた眼差しをマチネが向けてくる。


 生物の体は大量の水分を含んでいるから、これを火葬するのは並大抵の火力ではできない。その点、俺の火系統魔術なら骨まで灰にするのも可能だ。


 確認試験で俺の魔術を見たマチネには、それが分かっているのだろう。


「まあ、できるが……つまり、俺は荷物運びと火葬をすれば良いのか?」


「お願いできますか? ギルガさんがそうして下されば、レオナさんたちもいちいち街に戻ることなく、ハイペースで依頼をこなせるようになるんですが」


「……報酬は?」


 もちろんだが、仕事量に見合うくらいの報酬がなければ、この依頼は断るつもりだ。


 やりがい搾取だの人のためだのは、社畜の始まりだからな。そういうの、ホント良くない。


「報酬は、盗賊の拠点1ヵ所で火葬してもらう度に、金貨10枚を予定しています。それと物資の運搬が、1日ごとに別途金貨3枚でどうですか?」


「ふむ……」


 荷物運びの方はともかく、火葬が金貨10枚か……少し前までなら、それが妥当な金額かは判断できなかったところだが、今なら判断できる。


「安いな」


 これは明らかに安い。聖職者に面倒な遠隔地での【生命浄化】――アンデッド化防止のための魔術――を依頼して、さらにその護衛のために冒険者も派遣するとなると、たぶん1ヵ所につき金貨10枚では到底足りないと思うんだが……。【生命浄化】が必要な死体の数も、それなりになるだろうしな。


「そ、そんなことないですよー!? ルーキーさんにしてはかなり破格の報酬金額だと思うのですが!?」


「そのルーキーにしてはって言葉、嫌いだな。仕事の報酬は立場じゃなく、仕事内容で決めるべきだ」


「そ、それはそうですがー……」


 マチネが困ったように眉尻を下げるが、俺は間違ったことを言っているとは思わない。


 とはいえ、ギルドに火葬を依頼した誰か(たぶん領主だと思うが)にしても、経費を節約したいという事情があるのも理解する。


 アンデッド――特にゾンビは歩く疫病の温床となるため、多少なりとも善良で、金の勘定ができる領主ならば、アンデッド化防止の処置を施したいところだろう。これは金にならない行為だが、疫病が蔓延すれば費用以上に税収が減ってしまうからだ。


 それに、聖職者に依頼した場合と考えれば金貨10枚は安いが、「足元見やがって。気に食わねぇ。断固拒否する!」となるほどには安いわけではない。


 俺は条件付きで、この依頼を受けることにした。


「この依頼、受けても良いが、条件がある」


「ふぇっ!? 受けてくれるんですか!? でも……条件、ですかー?」


「ああ、盗賊の討伐と魔物の巣の駆除、俺にも参加させろ。もちろん、その分の報酬もきちんと頂くぞ?」


 討伐と駆除の報酬に、拠点や巣で回収した諸々の売却金を、俺にも分配しろということだ。


 もしもとんでもねぇお宝があって、それを指を咥えて見てろってことになったら、悔しいからな。


「そ、それはー……私に決めることはできませんねー……。レオナさんたちが許可すれば可能ですがー」


 と、マチネはレオナたちの方を見る。


 答えたのはエルフであった。



「新人が何生意気なこと言ってんのよ!? ちょっと魔力がバカ高いからって、冒険者の仕事を舐めないことね!! ――って、レオナが言ってるわ!」



「リリーベル!?」


 エルフがレオナの背後に完全に隠れながら、威勢の良いことを言った。


 まあ、ビビりエルフはさておき、俺は判断を委ねるため、レオナに視線を向ける。


「それで、どうする?」


「あ、うむ……そうだな」


 レオナはしばし考え込み、答えを返す。


「リリーベルのこの様子からすると、ギルガ殿は相当に高い実力を持っているのだろう?」


「まあな。俺、最強だから」


「う、うむ……すごい自信だな……。ごほんっ。ならば、盗賊たちの火葬に支障がない範囲で討伐にも加わってもらうというのはどうだろうか? その働き次第で分配する報酬を決めたいと思う。無論、仕事ぶりは私が正当に評価すると約束する。まあ、これは私を信じてもらうしかないが……」


 なるほど。


 エルフの反応やマチネの説明からすると、レオナは俺を魔術師と判断したのだろう。それで盗賊どもを火葬するための魔力を残しておくという条件で、討伐に加わることを許可する――ということか。


 まあ、妥当な判断だな。


「俺はそれで構わん」


「そうか。ならば、それでよろしく頼む」


 そう言って、レオナは笑顔で頷いた。


「正直なところ、私たちもそれほど余裕があるわけではなかったからな。実力者が討伐に参加してくれるというのなら、こちらとしても助かる」


「……では、これで話は纏まりましたねー。それではギルガさん、今日のところは食料など野営の準備をしてもらって、明日、一の鐘が鳴った後に西門に集合ということで良いですか? 準備に掛かるお金が不足しているようでしたら、その分、報酬から前払いとかもできますよー?」


 どうやら今回の依頼、依頼者側としてもギルドとしても、絶対に成功させてほしいようだな。それとも早く終わらせてほしいのか。報酬の前払いなんてずいぶんと手厚いサポートだ。


 しかし、奇しくも野営の準備は万端だ。


 俺はマチネの提案に首を振った。


「いや、大丈夫だ。野営の準備なら問題ない」


「そうですか! それは良かったです! ――それでは皆さん、明日から依頼、よろしくお願いしますね!」


 というわけで、俺は明日から、レオナたち『ヴァルキリー』と合同で依頼をこなすことになった――。



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