第19話 「そんな装備で大丈夫か?」


 翌日。


 朝六時過ぎという早い時間に、ギルドを通りすぎて西門前へ移動すると、すでに『ヴァルキリー』の面々は揃っていたようだ。


「――遅いわよ!」


 と、エルフがレオナの背に隠れながら苦言を呈す。


 どうやら冒険者としての実力でも敗北しているとはっきり分かるまでは、このスタイルでいくらしい。


 俺はエルフの戯れ言を無視し、レオナに聞いた。


「待たせたか?」


「いや、そんなに待っていない。気にしなくて大丈夫だ」


 と、レオナが苦笑しながら答える。


 実際、一の鐘が鳴ってからそんなに時間は経っていないしな。待たせても数分といったところだろう。


「そうか。荷物はそれだけか?」


 続けて問う。


 レオナたちの足元には、パンパンに中身が詰まったリュックサックがそれぞれの前に置かれていた。今回の依頼で野営その他のために必要になる道具や食料などを纏めたものだ。


 水は魔術で生み出せるから、これでも量としては少ない方なのだろう。


「ああ、すまないが、よろしく頼む、ギルガ殿」

「頼むでござるよ」

「ふんっ」


 と、三人娘それぞれにお願いされたので、俺は巨大なリュックサックを持ち上げ、ズボンのポケットに入れるふりをして、にゅるんっと【亜空間収納】に仕舞っていった。


「本当にそのズボンが拡張鞄だったのか……!!」

「はぇ~……ズボン型の拡張鞄とは、世の中には奇怪な物があるでござるなー……」


 レオナとシズが目を丸くして荷物を仕舞う様子を眺める。


 一方、エルフはなぜか愕然としたような顔で硬直していた。


「う、嘘よ……あり得ないわ……!!」


 Aランクの自分たちが持っていない物を、俺が本当に持っていたので、また敗北感でも覚えているのだろう、たぶん。


 あ、ちなみにこのズボンは古着屋で買った物であり、マチネの前で魔物を取り出したズボンとは違う物だ。ここにマチネがいたら突っ込まれただろうが、マチネはこの場にはいないので問題ない。


 とにもかくにも全員分の荷物を収納して身軽になったところで、出発する。


「んじゃ、さっさと出発するか」


「そうだな、行こう」

「うむ、出発でござる!」


 レオナとシズが頷き、門の方へと全員で歩き出す。


 そうして数歩進んだところで、先導するように先頭を進むレオナが立ち止まり、なぜか呆れたような顔をして振り向いた。


「いや、ギルガ殿……そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


 おっと、まさかの質問に反射的に答えてしまった。


 この答えでは死亡フラグになるか? ここは「一番いいのを頼む」と返すべきだろうか。いやでもそれだと意味が分からんだろうしな。問題ないからこれで良いか。


 ちなみに俺の格好は、古着屋で購入した普段着に、背中に竜牙の大剣を背負ったいつものスタイル。


 レオナが大丈夫かと聞いたのは、おそらく防具を装備していないからだろう。


 若干、レオナたちが呆れた視線を向けてきている気がするが、とにもかくにも俺たちは西門から外へ出発した。



 ●◯●



「では、近い場所から巡っていくぞ。最初はゴブリンの巣の予定だ」


「分かった」


 レオナが地図を見ながら発言する。


 地図はギルドから支給された物で、紙面上には今回、レオナたちが討伐を依頼されたゴブリンやオークの巣、盗賊たちの拠点と思われる場所が記載されていた。


 巣や拠点は結構な数に上り、レスカノールを中心に東西南北全ての方角に点在しているようだ。西にある物から順に潰していき、西、南、東、北の順番でぐるりと回っていく予定である。


「ところで、レオナ」


「なんだ、ギルガ殿?」


「北にはデカイ街はなかったと思うが、そこにも盗賊はいるのか?」


 地図を見ると、レスカノール北にも盗賊の拠点の場所が幾つか書き込まれていたので、少し気になった俺は質問してみた。


 北というのは、俺の縄張りがあるキプロス山に通じる道がある方角だ。麓の温泉街や鉱山は閉鎖されているはずだから、途中には小さな村が幾つかしかない。


 にも関わらず、道中では野生の盗賊に三回も遭遇したので、ちょっと気になっていたのだ。


 盗賊なら普通、もっと人通りの多い街道を狙わないだろうか?


「ああ、そういうことか。理由は二つほどある」


 と、レオナは語る。


「一つは北側には大きな街はないから、街道の治安維持に巡回する兵士たちがいないんだ。温泉街と鉱山が閉鎖される前には巡回の兵士たちがいたのだが、今はいない」


「ふむ」


「だから盗賊たちが拠点を築きやすいというのがある。交通量の多い街道の近くだと奴らも仕事をしやすいだろうが、その分、捕まったり討伐される可能性も高くなるからな。北の方にいるのは、リスクより安全を取った慣れていない盗賊……クゾォーリからの元難民連中が多いんだ」


「元難民……ああ、なるほど。つまりは素人連中が多いってわけか。通りで、何回も襲われると思ったぜ」


 一人で歩いてたから三回も襲われたのかと思っていたが、相手の力量も分からん素人だから襲われた可能性もあるな。


「ギルガ殿、盗賊に襲われたのか?」


「ああ、レスカノールに来る間に三回ほど襲われたな」


「それは……なるほど。確かに相手が素人同然だったというのもあるだろうな。少なくとも私が盗賊だったら、ギルガ殿は襲わないはずだ」


「拙者も襲わないでござるな。危険すぎるでござる」


 レオナとシズの言葉に、だよな、と頷く。


 客観的に見ても今の俺は体格が良いし強面だし、どう考えても暴力が得意な人種にしか見えない。そんな奴をわざわざ襲うのは、人数差だけを根拠に気が大きくなっちゃう素人だからだ。


 俺の内面の優しさが顔にも滲み出て舐められているのかと心配になっていたが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。


「――ふむ、ここから街道を逸れて森の中を歩いて行こう。シズ」


「了解でござる」


 色々と他愛もない会話をしながら進んでいると、街からだいぶ離れたところで、レオナがそう言った。


 街道の脇に広がる森の中へと入っていく。


 森の中で道なき道を先導するのはシズだ。腰の後ろから抜いた短剣で藪を切り裂きながら、「こっちでござる」と進んでいく。


「…………」


「……おい、リリーベル」


 それぞれに警戒しながら進んでいく道中、ついに堪えきれなくなった俺は、エルフに声をかけた。


 いや、街を出てからずっと、何かチラチラと俺の股間を見てくるんだよね。


「な、何よっ!?」


「それはこっちのセリフだ。ずっと俺の股間を見てきやがって……発情期か、欲求不満なのか?」


 俺の体は安くないぞ。


「なっ!? はぁああああっ!? ち、違うわよ!! 誰がアンタの股間なんて見るか!!」


 慌てて否定するエルフ。しかし、「じゃあ、どこ見てたんだよ?」と問い質すと、途端に「そ、それは……っ」と口ごもる。


 怪しいなぁ。


 怪しすぎて、むしろ自白しているようなもんだ。先頭を進むシズも「マジでござるか……」と白い目で振り向き、レオナはレオナで頬を赤らめ、視線をあちこちに飛ばし始めた。


「そ、そうなのか、リリーベル……!? す、すまない! 気づかなくて……!! そのぅ、もし我慢できないようであれば……そ、そこの茂みで済ましてきて良いぞっ!?」


「違うわよっ!! 何こんな奴の言うこと真に受けてんのよ!!」


「そう、なのか……? では、なぜギルガ殿の……その、こ、股間を見ていたのだ?」


「見てないっ!!」


 エルフの「股間見てる疑惑」は深まりつつも、俺たちは森の中を順調に進んでいく。


 舗装された道に慣れた現代人には少々辛い道のりながら、今の俺はドラゴンだし、レオナたちも流石は冒険者といったところで、息も乱さず進むこと、およそ2時間。


「――皆、そろそろ静かにするでござる。もうそろそろ、ゴブリンの巣がある場所に到着するでござるよ」


 シズの合図で会話を止め、沈黙しながら進むこと、さらに数分。


 遂に俺たちは最初の予定地――ゴブリンの巣がある場所までやって来た。


「ふむ……では、さっさと片付けてしまおう」


「待て、レオナ」


 と、背中から大剣を抜こうとするレオナを制する。


「む? ギルガ殿? どうした?」


「俺の実力を知っておいてもらった方が良いだろうしな。ここは俺に任せてもらおうか」


 魔力の残量の要らん心配をされた挙げ句、討伐にあまり加われなくて分け前を減らされる――なんてことになったら困るからな。


 依頼の分け前を最大化するためにも、俺はレオナたちにそう提案した。



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