第9話 「永遠の安息だ」
「人間の足って、遅いな……」
俺は歩いた。
推定騎士どもと別れてからも、休まずに歩いた。
夕方になり、日が落ちてからも休憩どころか寝ることもなく歩いた。まあ、今は人間に変身してはいるが、ドラゴンだ。徹夜して歩き続けることくらい、体力的にはどうってことない。
だが、それでも久々に体感する人間の足の遅さには辟易とした。
「空を飛んでいけば、1日どころか1時間もかからず到着するのにな……」
目指すは一番近いところにある、何かでっかい都市だ。
以前、空を飛んで都市の存在を確認した時には、火山から1時間もしない内に都市を眼下に収める場所まで到達したはずなのだが、地上を歩いていると一向に着かない。
本気ダッシュすれば時間はかなり短縮できるとは思うが……急がなければならない理由もないのにあくせくするのは違う気もするんだよなぁ。
前世は社畜だったんだ。
社畜の一生は辛い。
シャワーのように浴びせられるパワハラによって精神を消耗させられ、自分には価値がないと思い込まされ洗脳され、ならば残業してでも他に迷惑をかけないようにと物理的に終わるはずのない仕事量に、必死を超えてゾンビ状態で立ち向かう……。
残業代? そんなものはない。
――いかんいかん。転生したのにまだフラッシュバックしやがるぜ。
もしも今日本に行けたら、躊躇なくドラゴンブレスで本社ごといけ好かないクソ上司や社長や役員どもを粉微塵にするのになぁ。
まあ、ともかく何が言いたいかというと。
前世はそんな感じだったので、今生では勝手気儘に生きると決めているのだ。そのために幼竜時代も必死こいて魔法や魔術の鍛練に明け暮れたんだからな。
この世は所詮、力こそパワー。
前世と違って、この世界の問題はだいたいパワーで解決できる。
こんなふうにな。
「おいおい兄ちゃん、武器も持たずに一人で何処に行くんだぁ?」
「ってか武器どころか荷物も持ってねぇじゃねぇか、こいつ」
「チッ、貧乏人が」
「まあ良い。とりあえず持ってる金、全部出しな」
「分かってると思うが逆らうんじゃねぇよ? 痛い思いしたくねぇだろ?」
夜が開けて爽やかな空気が広がる早朝、街道を歩いていると薄汚い格好をした男どもが、街道両脇の森の中からぞろぞろと現れ、道の先を塞いだ。
「盗賊か?」
「分かり切ってること聞くんじゃねぇよ」
「理解したら、モタモタしねぇでさっさと金を出すんだよ! かーねッ!!」
「分かった分かった」
俺は鷹揚に頷く。
「なら、金よりも価値のあるモンをくれてやる」
「はあ? 金よりも価値のあるモン? 何だ、そりゃ?」
「それはな――――
盗賊どもに向かって手を翳し、魔術を発動。
火系統魔術――【ファイア・サークル】
「「「ぎゃぁああああああああッ!!?」」」
盗賊どもを囲む円形の範囲に高熱の炎が発生し、それは瞬く間に太い炎の柱と化して空へ立ち上った。
炎が生んだ上昇気流が次から次へと周囲から空気をかき集め、強風が吹き荒ぶ。炎の柱はごうごうと空気を貪り、激しい勢いでさらに燃え盛る。
しばらくして炎を消すと、地面は円形に赤熱し、その中に盗賊どもの姿は影も形も見当たらなくなっていた。
「ふむ……しかし、もしかして……」
俺は歩みを再開すると、考える。
今の俺って結構、ガタイもデカイし強面なはずだよな? にも拘わらず盗賊どもが襲って来たのは……丸腰だから舐められたのか?
どう見ても奴ら、魔力感知なんて出来そうな面には見えなかったしな。
しかし、奴らが例外ではなく、それが人間たちの普通だと考えるべきだろう。
「とすると……一応、舐められないように武装してた方が無難か。考えてみれば、冒険者になるんだしな」
そんなわけで無系統魔法【亜空間収納】から剣と、それを吊るす剣帯を取り出した。
剣は竜牙の大剣で、剣帯は肩に掛けられるタイプだ。俺はデカイ抜き身の大剣を背負うように剣帯に吊るした。
それからゆっくりと歩いていると、
「グルルルル……!!」
今度は野生の盗賊ではなく、野生の狼に遭遇した。黒い毛皮をした狼だ。
野生の狼のくせに野生の勘には優れていないのか、無謀にも俺に襲いかかってくる。
疾走から跳躍。真正面から飛びかかって来る狼へ、俺は大剣を背中から抜きざま、一連の動作で振り落とした。
ズドンっと、地面へ叩きつけるように狼の頭部を両断する。
「おお……!! 死体が綺麗に残ったな」
曲がりなりにも剣で攻撃した結果、狼の死体は原型を留めていた。
昨日も野生の獣――体内に魔石がある種類で、魔物というカテゴリに属する――は何匹か襲って来ていたのだが、ぶん殴ったり魔術を使ったりした結果、どいつも原型が無くなっていたからな。
剣を使えば手加減(殺さないという意味ではない)が上手くできそうだ。
「冒険者ギルドでは魔物の素材が売れたはずだよな……持ってくか」
俺は倒したばかりの狼を亜空間に収納し、そしてまた歩みを再開する。
その後も野生の魔物や野生の盗賊が何度も襲ってきた。
特に野生の盗賊の群と二度も遭遇したのには驚いたな。最初の一回目と合わせれば、都合三度のエンカウントだ。
奴ら、俺が武装していてもお構いなしに襲いかかって来やがった。
どうやら自分たちの方が人数が多いから、負けるとは考えなかったらしい。
まあ、普通に考えたらおかしくはないんだが……この世界は種族の違いとか魔術の存在とかで、個人間の力量差が大きいんだから、もう少し慎重になるべきじゃないか、とは思う。
あるいは、慎重に獲物を吟味している余裕がなかったのか。
いや、ちょっと歩いただけで盗賊の集団に三回も遭遇するとか、治安悪すぎだろ! 世紀末かよ。
とにもかくにも。
魔物や盗賊たちを蹴散らしながら、休みなく歩き続けた結果、山を下りて二日目の昼過ぎには、大きな壁に囲まれた(この世界基準で)大きな都市に辿り着くことができた。
都市へ入るためだろう、門の前で待っている人間たちの列に並びながら、あれ? と思う。
そういえば異世界お約束の、盗賊に襲われている美少女や、美少女が乗っていたり、美少女冒険者が護衛していたりする馬車などに遭遇しなかったな。盗賊に襲われている美少女がいないタイプの商人の馬車にも遭遇しなかったし。
あんなに盗賊はいたのにな。
騎士みたいな美少女姫様や、わからせが必要な金髪小娘には遭遇したけど、あれはノーカンだろう。
おいおい何やってんだよ異世界! しっかりして! 役目でしょ!
とまでは言わないが、何となくイベントを逃した気分だぜ。
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