第10話 「ここには嘘を書いちゃダメですよ?」


 列に並んで待っていると、すぐに俺の番がきた。


「身分証または許可証、もしくはギルドカードを出せ」


 門番の兵士が極めて事務的に言うのに答える。


「持ってない」


「ならば入市税として銀貨一枚だ」


 どうやら街に入るだけで金が必要なようだ。


 前に並んでいた者たちを観察していて気づいたのだが、身分証やギルドカードの有無、荷馬車などの有無で税を取るか取らないか、取る場合でも金額などが違ってくるらしい。


 それはともかく。


 さて、どうするか……などと、悩む必要はない。


 実のところ俺は、たぶん結構な金を持っている。というのも、三度目に俺の討伐へやってきた兵士たちが、そこそこの金を持っていたのだ。俺はそれを回収し、【亜空間収納】にて保管していた。


「ああ」


 ズボンのポケットに手を突っ込み、【亜空間収納】から銀貨を取り出し兵士に渡した。


 ちなみに山で兵士たちから回収した金には、銀貨の他に銅貨と金貨、そして鉄や雑多な金属が混じったくすんだ硬貨などがあった。まあ、金銀銅貨も合金なのは同じだが。


 くすんだ硬貨は全て同じ大きさで、銅貨、銀貨には小さい物と大きい物の二種類あった。兵士たちは持っていなかったが、もしかしたら大きい金貨もあるのかもしれない。


 まだ物価などは分からないから、いまいちどれくらいの価値かは把握できていないのだが、回収した銀貨や金貨の枚数からすると、今日明日で無くなる金額ではなさそうだ。


「うむ、通ってよし」


 銀貨を受け取った兵士は頷き、俺はようやく人間の都市に入ることができた。


「さて、まずは冒険者ギルドとやらを探さないとな」


 どこにギルドがあるか分からないので、まずは適当に大通りを選んで歩いてみる。


 都市の中は意外と閑散としていた。壁に守られた限られた土地面積に暮らしているから、もっと人混みが酷いかと思ったのだが、通りを歩いている人影は疎らだ。


 その数少ない者たちも、何処と無く暗い雰囲気を纏っている者が多い気がした。


「これは想像以上につまらなそうだ」


 何か辛気臭いし、面白い事とかなさそう。もっと都会の都市へ、そうそうに移動するべきかもしれない。


 期待を裏切られた感が強い。


 それでもまずは、人通りの多い方を目指して歩き続けていると、左右に屋台の並ぶ通りに出た。


 食い物や食材、ちょっとしたアクセサリーに木製の食器など、実に雑多な屋台が連なっている。人通りもいっぱいという程ではないがそれなりに混んでおり、活気らしきものもあった。


 適当に屋台を眺めながら歩いていると、食欲をそそる匂いを放つ屋台があったので近づいてみる。


 どうやら串肉を売っている屋台のようだ。


「それ、1本幾らだ?」


 店主のおっさんに聞く。


「おお!? 何だ兄ちゃん、ずいぶんガタイが良いな! 串肉は1本銅貨2枚だぜ!」


「じゃあ、2本くれ」


「あいよ! 2本で銅貨4枚だ」


「……」


 俺はポケット、もとい【亜空間収納】から大銅貨を取り出し、黙って店主に渡してみた。店主からはお釣りの銅貨1枚と串肉2本を渡される。


 どうやら大銅貨は銅貨5枚分の価値のようだ。


 俺はその場で串肉を食ってみることにした。そこそこデカイ肉を大口で頬張り、味わうように咀嚼する。


 ……ふむふむ、なるほどな。


 何の肉か分からんが、血抜きがあまいのか臭みが強い。しかし濃い塩味と香草と香辛料で味付けされており、不味くはないな。いや、少なくとも熊や猪の踊り食いよりは100倍くらい美味いし、文明的な味だ。


 やっぱ野生動物を毛皮ごと踊り食いする竜の食性は、クソだってハッキリ分かんだね。


 やはり人間の街に出てきたのは正解だったか。


「……美味いな」


「おっ、兄ちゃん、ありがとよ! がははっ!」


 転生してからの食事を思い出して思わず呟くと、店主のおっさんは照れくさそうに笑った。


 そんなおっさんに、「そういえば」と問う。


「道を聞きたいんだが、良いか?」


「ああ、何処に行くんだい?」


「冒険者ギルドだ」


「おう、冒険者ギルドなら、西門近くの一番でっけぇ建物がそうだぜ!」


 さらに聞けば、俺が入って来たのは北門らしい。それから西門への行き方を教えてもらい、串肉を食い終わった俺は屋台通りを後にした。


 ちなみに。


 竜の姿なら串肉2本など舌の先に乗せるくらいの量でしかなく、腹の足しにはならないが、人間の姿をしていると食事量はかなり少なくて済むようだ。


 と言っても、普通の人間よりは大食いになるだろうけどな。


 串肉2本でも間食程度にはなりそうだった。



 ●◯●



 屋台のおっさんに教えてもらった道を進み西門付近まで移動すると、確かに一際デッカイ建物が見えてきた。


 そこには剣と弓が描かれた看板が掲げられており、ともに「冒険者ギルド、レスカノール支部」の文字も刻まれていた。


 ここで間違いないようだ。


 というか、この都市、レスカノールって名称だったのか。把握。


 ともかく、俺はスイングドアとなっている大きめの入り口から中に入り、ギルドの内部を見回す。


 そこはダンスパーティーでも開けそうなくらい広めの空間で、壁際には何かが掲示されており、その前で冒険者と思わしき者たちが屯しているが、時間帯のせいなのか、冒険者の数は思ったよりも少ない。


 入り口から奥の方は受付になっているようだ。幾つも窓口がある。


 どうやら酒場一体型の冒険者ギルドではないらしい。役所のロビーを彷彿とさせる場所だ。


 俺はカウンターが空いていることを確認し、一人の受付嬢の前に移動した。


「――ギルドに登録したいんだが、どうすれば良い?」


「あ、はい。こんにちは、登録ですねー……」


 栗色の髪で胸のデカイ受付嬢だ。年齢は二十歳になるかどうかってくらいか、たぶん。容貌は整っているが、どこかのんびりしていそうな人物だった。


 彼女はがさごそとカウンターの向こう側で何かを探すと、やがて一枚の紙とペンを取り出してきた。


「それじゃあ、この紙に記入お願いします。文字は書けますかー?」


 紙を見て記入項目の文字を確認。どうやらジジイから教わった文字で問題ないようだ。


「ああ、大丈夫だ」


 さっそく記入しようとすると、なぜか受付嬢に止められた。


「あ、ちょっと待ってくださいー! 一応、事前に説明しておくことがありますのでー!」


「ふむ、分かった。何だ?」


「ここに経歴と得意技能の欄があるじゃないですかー?」


「ああ、あるな」


「ここには嘘を書いちゃダメですよ? ギルドがパーティーメンバーを紹介したり、依頼を斡旋するにあたって重要な項目になるのでー、得意技能は本当に得意なのか、この後試験するのです。経歴も後で調べられるので、その時に嘘だとバレたらギルドを追放され、二度と冒険者になれなくなるペナルティがあるのです! 嘘はメッ! ですよ?」


 なるほど。自己申告だが、きちんと確認するってわけか。


「分かった。それで、経歴ってのは何を書けば良いんだ? どこで生まれたとか、どこで働いたとか、そういうのもいちいち書かなきゃいけないのか?」


「いえー、そこはあなたが冒険者としてアピールポイントになると思った経歴だけを書いてください。たとえば以前、傭兵さんとして働いていたとかー、騎士さまだったとかー、そういうのですねー」


「完全に理解した」


 俺は頷いて記入していく。


 名前、ギルガ。年齢? 今何歳だ? う~ん……二十歳としておくか。経歴……ドラゴン、って書くわけにもいかねぇから、無記入にするしかないな。使用武器は、剣、と。得意技能は、魔術全般って書いておくか。剣は持ってても剣術なんかは使えないからな。最後に、出身地? まさか竜の里って書くわけにもいかないだろう。困ったな……山、で、どうにかいけないか? そういえばあの山、キプロス山って呼ばれてるらしいな。じゃあ、キプロス山にしておくか。


「書いたぞ」


「はいはい、それでは確認しますねー……ふむふむ、名前はギルガさんですか。あ、申し遅れました、私はマチネといいます! よろしくお願いしますね!」


「ああ」


「年齢は二十歳……私と同じですね! 仲間です!」


「んああ」


「おやや? 経歴欄は白紙ですかー。まあ、そういう人は多いので全然大丈夫ですよー」


 おいおい、全部口にするじゃねぇか、こいつ。


 個人情報保護の観念が壊滅的だな、この世界。


「使用武器は剣。確かに立派な大剣ですね~! 得意技能は魔術全般! なるほど、これはすごいですよ~……って! ギルガさん! これはダメ! 嘘書いちゃダメって言ったじゃないですかぁ!!」


 お? 何だ、俺を嘘吐き呼ばわりするのか、この女。


「嘘じゃねぇよ」


「いやいや!? 魔術が使えるのは良いにしても、魔術全般っていうのは幾らなんでもないですよー! ちゃんと得意な系統とか書いてもらわなきゃ! まさか全部の系統魔術が使えるとでも言うつもりですか!?」


 もちろん全部使えるに決まっている。


 だが、この女――マチネだったか。こいつの言い様だと、もしかして人間は得意な系統とか苦手な系統があり、苦手な系統魔術は使えなかったりするのか?


 それに考えてみたら、嘘吐き呼ばわりされるのはむかつくが、全部の系統を試験されるとなると面倒臭いな。


 俺は黙ってマチネから紙を取り返すと、「魔術全般」の文字に二重線を引き、代わりに「火系統魔術」と書き直した。


「ほら、これなら良いだろ」


「火系統ですかー。確かにギルガさんは、火系統っぽい見た目してますもんねー」


 俺の髪色を見て言いやがったな。


 ちなみに髪の色と使える魔術の系統には、何の因果関係もないことを明記しておく。


「でも、大丈夫ですか? この後の試験で火系統魔術が使えなかったりすると、ギルド登録はできませんよー?」


「大丈夫だ、問題ない」


「でもでも、見たところ、ギルガさんってば魔杖も持ってないみたいですけどー?」


 ジジイに聞いたことがあるが、人間は魔杖がなければろくに魔術も使えないらしいのを、今思い出した。カモフラージュのために、兵士どもから回収した魔杖でも持っておくんだったか?


 だが、今さら面倒だ。


「大丈夫だ、問題ない」


 俺は強引に押し通した。


「むむぅ……! そうですか。私はちゃんと注意しましたからねー?」


「大丈夫だ、問題ない」


「もうっ! じゃあ、このまま進めちゃいますからね! ……ええっと、あれ? 得意技能は火系統魔術だけですか? そんなに立派な大剣を持ってて、かなり鍛えてるみたいなのに。剣術とか得意だったら、それも書いた方が良いですよー?」


 ジロジロと俺の筋骨隆々な肉体を視姦してくるマチネ。


 俺は正直に答える。


「自慢じゃないが、剣を振ったのは今日が初めてだ」


「本当に自慢じゃない!?」


 正確には、前世で中学生だった時、修学旅行で買った木刀をぶんぶんと振り回した経験はあるがな。


 部屋の壁に穴開けて、めっちゃ怒られたぜ。


「え、ええー……剣を振ったこともないのに、そんな立派な剣を持っているんですかー?」


「ああ、先祖代々伝わる家宝だ」


「ああ、なるほどー。それなら、まあ?」


 腑に落ちない顔をしているが、ギリギリで納得したようだ。


 まさか兵士をぶっ殺して奪った剣だとは言えないからな。


「んー、と……出身地は、キプロス山? もしかして、キプロス山の麓にあるキプロス温泉街のことですかー?」


「ああ、それだ」


「なら、出身地はキプロス山じゃなくてヘウレカ領に書き直しておきますねー。んしょんしょ……これで良しっとー」


 出身地の欄を書き直して、マチネは満足そうに頷いた。


 どうなることかと思ったが、出身地も誤魔化せたな。……この世界、経歴詐称し放題なのでは?


「さて、ギルガさん。これより得意技能の申告に虚偽がないか、確かめるための試験を行います。修正するなら今が最後の機会ですよ?」


 まるで嘘を吐いた子供を叱るみたいな表情で、マチネが告げる。


 ふむ……。


「そのデカイ胸を揉みしだかれたいのか?」


「ふぇええ!? なな、何ですかいきなりー!?」


「お前が鬱陶しく何度も疑うからだ。問題ないって言ってるだろ。揉むぞ」


「揉ませません! もうっ! いじわる言うギルガさんには最後のチャンスをあげませんからね! これから試験です! 試験官は私なので厳しくいきますよー!!」


 この女、職権乱用して俺を落とす気か?


 許せん。



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