第11話 「伝説の【ヘル・ファイア】です……!!」
職権を行使して新人冒険者の未来を潰そうとする気満々の受付嬢――マチネに連れられて移動したのは、ギルドの裏手にある、壁に囲まれた広場だった。
土が剥き出しの地面に、端の方には矢の的や、ボロボロの古くさい金属鎧を着せられた案山子などが立っている。広場内のあちこちには、何人かの冒険者たちが思い思いに訓練している様子が見えた。
俺を連れて広場に入ってきたマチネの姿に、冒険者たちの視線が集中する。
試験とやらには慣れているのか、すぐに事情を察して「新人か?」と呟き、こちらの野次馬と化して手を止める先輩冒険者諸君。
一方のマチネは鎧を着た案山子の前まで移動すると、それを「ふふーん!」と手で示した。
「ギルガさん、ここはギルドの訓練場です! ここでこれから確認試験を行います! もう逃げられませんよー!」
「さっさと始めろ」
「むむっ! その余裕そうな表情がいつまで持つか見物ですね、ふんっ!」
マチネはデカイ胸の下で両腕を組むと、試験の内容を告げる。
「ギルガさんの申告にあった得意技能は火系統魔術! なのでギルガさんには今から、あの案山子に向かって攻撃魔術を放ってもらいますよー! 攻撃魔術じゃない魔術を使ったら失格! 威力が弱すぎても失格ですからねー!」
攻撃魔術限定か……。
この女、そんなことは一言も説明していなかったと思うが。まあ、最初から攻撃魔術を使うつもりだったし問題はないのだが……。
「ちなみに、威力の強弱はどういう判断基準なんだ?」
「私の独断と偏見です!」
試験官の匙加減一つで合否が変わるのかよ。何やっても不合格にされたら堪ったもんじゃねぇぞ。
「マチネ」
「何ですかー? ふっふっふっ、今さら謝っても遅いですよー?」
「お前って美人だし可愛いな」
「ふぇっ!?」
「性格も明るくて親しみやすくて良いと思う」
「なななっ! 何でしゅかいきなり!?」
「そうだ、今度飯奢ってやるよ。お前の好きなところに食いに行こう」
「この人、公然と賄賂で合格を買おうとしてますー!? 私は白銀亭のコース料理なんかに屈しませんよ!?」
すでに屈しそうだが。リクエストしてるが。
「そ、それに、今さら私のことを美人だとかお世辞言っても、手心なんて加えないんですからねー!!」
「いや、お前が美人なのは本当のことだろう?」
「ふぇえええええっ!? 何ですかこの人ーっ!?」
マチネは真っ赤に赤面した顔を両手で覆い隠した。
ふむ、どうやら褒められ慣れていないと見えるな。冒険者なんて気が利かない野郎ばっかりだろうから(偏見)、褒められる機会が少ないのか?
まあ、チョロくて大変に宜しい。これで俺の合格は決まったようなものだな。
「おいおい、あの新人、試験前にマチネちゃんを口説くとは余裕だな」
「あのガタイにあの大剣、おそらく、名の知れた元傭兵と見たぜ……!!」
「戦場での陰惨な命のやり取りにうんざりしたタイプじゃねぇな。更なる強敵とスリルを求めて、魔物を相手にするために冒険者に転向するって感じか……!!」
「生粋のバトルジャンキータイプだな……!! とんでもねぇルーキーが来やがったぜ……!!」
「最初は魔術みてぇだが、この後の剣術の確認試験、楽しみだな。どう見ても魔術師よりは剣士って感じだし、いったいどんな剣捌きを見せてくれるのか……!!」
外野が好き勝手言ってるが、無視する。
それに試験は魔術だけだよ。すまんね、剣術使えなくて。
「こ、こほんっ! ん、んんっ!」
マチネが気を取り直すように、わざとらしい咳払いをした。
「そ、それでは! ギルガさんの試験を行いますよー! あの鎧に好きな魔術を放ってください! どうぞ!」
好きな魔術か……好きな魔術なんてないが。
たぶん、得意な魔術ってことか? とはいえ本当に得意な魔術を全力でぶっ放すわけにもいかないだろう。普通にこの都市くらい焦土と化すからな……。
弱いやつを手加減して放つくらいで良いか。
俺はそう決めると、案山子に向かって翳した手のひらの先に、魔術で炎を生み出す。
「何ッ!? 魔杖持ってねぇぞあいつッ!?」
「いや、さすがにそれはねぇだろ!? 杖以外の発動体をどっかに仕込んでるんじゃねぇか?」
「そうかな……? いやそうかも……だが、何か持ってるようには見えねぇぞ?」
野次馬どもの声を無視し、俺は手のひらの先の炎を案山子に向かって発射した。
炎は案山子の着込んだ金属鎧に着弾。直後、轟ッ! と爆発したように巨大な炎と化して全体を包み込む。
「うひゃぁあああああああ!?」
「「「なんだぁああああああああ!!?」」」
マチネと野次馬どもが叫んだ。
案山子から10メートルくらいは離れているとはいえ、逆巻く炎は放射熱だけでピリピリとした痛みを肌に与え、大気を貪る音は獣の雄叫びのように聞く者の身を竦ませるだろう。
十数秒ほども炎を維持した後、魔力の供給を切って魔術を停止させた。
幻のように消え去った炎が逆巻いていた場所には、もうすでに案山子の姿は影も形もない。案山子本体は灰となって吹き荒ぶ炎に散らされ、案山子が着込んでいた金属鎧は赤熱し、ドロドロに溶けた状態で地面に落下していた。
「「「…………ッ!!?」」」
あんぐりと口を開け、マチネと野次馬どもが金属鎧の残骸を凝視している。
それから何秒経っただろうか。マチネがわなわなと震えながら口を開いた。
「ま、まさか、今の魔術は……っ!?」
「な、何だ!? 何だってんだいったい!? 知っているのか、マチネちゃん!?」
「は、はいー……! お、おそらくですが、あれは、伝説の【ヘル・ファイア】です……!!」
「「「【ヘル・ファイア】だって!?」」」
驚愕した野次馬どもとマチネが、答え合わせを求めるように、一斉にこちらを見る。
俺はそれにふっと笑った。
こんな時、何て言えば良いか、俺には分かっているのだ。
「……【ヘル・ファイア】? 違うな。今のは【ヘル・ファイア】ではない……」
ごくり、と唾を飲む音さえ聞こえるような静寂。
次の言葉を待つマチネたちへ、たっぷりと間を溜めた後、告げた。
「――ただの【ファイア】だ」
衝撃がマチネたちの精神を貫いた。
俺の言葉を咀嚼し、理解するまで数秒の静寂。
その後、静寂は一斉に破られた。
「「「う、嘘吐けぇえええええええッ!!!」」」
嘘じゃねぇよぉ……。
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