せっかく異世界に転生したので冒険者になってみる…ドラゴンだけど

天然水珈琲

第一章

第1話 「やはりいたぞ! ファイア・ドラゴンだ!」


 俺の名はギルガ。


 つい最近、成竜したばかりのオスのファイア・ドラゴンだ。


 偉大にして、強大にして、長命にして、霊長の長にして、他種族全てを見下すきらいのある傲岸不遜な絶対王者――それがドラゴンという種族だ。


 その一員である俺だが、普通のドラゴンとは少しだけ違うところがある。


 それは、俺が「転生者」だということだ。


 俺には前世の記憶がある。


 天の川銀河太陽系第三惑星地球という星で、日本という国の平成と令和という時代を生きた男の記憶だ。


 前世の俺は特筆することもないような平凡な男で、石を投げれば当たるような、ありふれたブラック企業にて、社畜として働いていた。


 あの時代の日本では珍しくもなく、過労と不摂生で死ぬまで、ずっと独身だった。


 まあ、前世のことはどうでも良いんだ。


 実のところ、前世の記憶を持っていると言っても、その記憶が現世の自分に与えている影響は、かなり低いように思う。


 今の俺は前世の俺とはまったく性格も趣味嗜好も違うのだ。というのも、たぶん、ドラゴンとしての肉体に精神が大きな影響を受けているのだろう。


 しかしながら、前世の記憶の影響がまったくの皆無というわけでもなかった。


 前世の記憶の影響があるからだろう。俺は「里」で同族たちに変わり者と思われていた。


 ――「里」


「里」というのは、ドラゴンたちの里のことだ。


 天上天下唯我独尊を地でいくドラゴンにしては意外に思うかもしれないが、この世界のドラゴンたちは、子育てを集団で行う。


 如何にドラゴンと言えども、やはり生まれたばかりの頃は非常に弱い。


 体は人間の大人よりも小さいくらいで、武器を持ち、戦い慣れた人間たちに集団で襲われれば、簡単に殺されてしまうだろう。


 あるいは、ちょっと目を離した隙に崖から落ちて死んでしまったり、魔物に襲われて殺されてしまったりするかもしれない。


 種族としては絶対的強者であるドラゴンも、このように幼い時は弱く、様々な危険が付きまとう。


 ゆえに、知恵あるドラゴンたちは子育てのための相互扶助の場――竜の「里」を、とある峻厳な山脈地帯に設けたのだ。


 交尾を終えたメスのドラゴンたちは「里」に戻り、ここで卵を産んで、孵った幼竜たちが成竜するまで皆で育てることになる。


 ならば「里」にはメスの母竜たちと幼竜しかいないのかと言えば、そういうわけでもない。


 たまには「里」にいる番のメス竜や自分の子供に会いにオスの竜がやって来ることもあるし、すでに生殖能力を失った老竜たちが、元々の巣を放棄して、「里」へと生活の場を移すこともあるようだ。


 竜として転生してから、そんな「里」の中でおよそ20年、成竜するまで俺は過ごした。


 普通の幼竜たちなら、一日中、狩りや喧嘩や意味もなく空を飛び回ったりして遊ぶものだが、俺の場合、それらは独り立ちするまでの訓練と割り切り、同年代の幼竜たちとはあまり遊んだりしなかった。


 というのも、生まれながら俺に備わっていた前世の記憶のせいだ。


 同年代のクソガキ竜どもと喧嘩して遊んだり、狩りのついでに獲物をいたぶって遊んだり、飛ぶ速さを競って遊んだり――――そういうのは、俺には無理だった。いやだって面白くないし。


 代わりに、俺が興味を示したのは、この世界の人間たちの言葉や文化についてだった。


 竜の里で人間たちのことについて学べるのか? と疑問に思うかもしれないが、学べるのだ。


 というのも、「里」にいる老竜たちの中には、人間たちの言葉や文化に精通している者がいたのだ。


 しかしそれは、その老竜が「人間のことが好きだから」――などという理由では断じてない。


 基本、竜というのは人間のことなど虫ケラか下等生物としか思っておらず、人間に利用価値を見出だした一部の竜たちにしても、手先の器用な便利な奴隷くらいにしか思っていないのだ。


 俺に人間のことについて教えてくれた老竜にしても、そうだった。


 では、なぜその老竜は、人間の言葉や文化について知っているのか?


 それは人間たちと交流し、捧げ物を献上させるためである。


 地球でも多くの伝承でそうであったように、この世界の竜もまた、財宝が好きだ。竜には生まれながらにして、財宝の価値を見抜く審美眼が備わっているし、オスの竜どもは縄張りに巣を作った後、多くの財宝を集めて巣を飾り、メス竜たちにアピールする習性がある。


 あるいは人間どもが作り出す洗練された料理や酒などを好む竜もいる。


 だが、財宝も料理も酒も、竜たちに生み出すことはできない。


 正確に言えば不可能ではないのだが、竜たちはその必要を感じないのだ。


 俺に教えてくれた老竜曰く、


奴隷にんげんたちから奪えば良い物を、儂らが作る必要はあるまい?』


 とのことだ。


 何ともナチュラルに傲慢な発言であるが、これが竜たちにとっての常識なのだから仕方ない。


 竜にとって欲しい物とは作り出すものでも、ましてや交渉して何かと交換するものでもなく、ただ力で奪うものなのだ。


 しかし、何かを奪うためにいちいち人間たちを殺して奪っていては、竜たちが求める財宝や酒などを作る者がいなくなり、強いては自分たちが困ることになりかねない。


 少し考えれば分かることだが、理解できないバカな竜も結構な割合で存在するのが困りものだ。


 だが、この老竜はそうではなかった。


 血の気が多く短気な竜たちの中でも賢い部類だった老竜は、人間たちと言葉を交わし、自らが望む財宝や酒などを献上させることを思いついた。その時、自らの望みを伝えるために人間の言語を話す必要があるので、老竜は人間たちの言葉を覚えたそうだ。


 そして老竜が正確に何千年生きているのかは、もはや本人でさえ分からないほどだが――長く人間たちと交流(という名の一方的搾取)を続ける内に、言葉だけでなく文字や文化などにも精通するようになっていったらしい。


 とにもかくにも、俺はこの老竜から人間の言葉や文字、文化や人間たちが使う「魔術」と呼ばれる技能についてなど、暇があれば色々と学んでいった。


「里」の竜たちは、そんな俺を理解できない変わり者として扱った。


 彼らにとってみれば、人間の言葉はともかく、文字まで学ぶ必要はないと考えているし、何より「魔術」など竜が扱う「魔法」の劣化技能に過ぎない。そんなものを覚える必要が何処にあるのか――と、面と向かってバカにしてくるバカも存在した。


 だが、俺は知っている。


 竜たちが見下すこの世界の人間たちよりも、魔術が使えないという点でさらに貧弱だと思われる地球の人間たちが、容易に竜をも殺し得る兵器を開発してきた歴史を。


 ならば、この世界の人間たちが、いつか地球世界と同じような兵器を開発しないという保証はない。


 ハンドガン程度ならば竜の鱗で簡単に弾き返すことができるだろう。しかし、大口径のライフル弾だったら、竜の鱗さえ砕くかもしれない。あるいは大砲や戦車の砲弾ならば、もしくはミサイルならば、燃料気化爆弾や核爆弾ならば、竜の群さえ殺し尽くすことが可能かもしれない。


 竜の寿命は長い。


 今は中世程度の技術力しか持たない人間たちが、俺が生きている間に近代化を遂げ、それら兵器を開発する可能性は十分にある。


 いや、それどころか、人間たちの「魔術」と呼ばれる技術が、竜を殺し得る領域まで発展しないと、いったい誰が断言できるのか。


 場合によっては、科学と魔術、二つの技術が融合し、地球世界よりも急速な技術発展を遂げる可能性すらある。


 だからこそ人間たちのことを学び、警戒することを無駄とは思わないのだが――他の竜たち、特に俺と同年代の幼竜たちには想像すらできず、言ったところで理解もできないだろう。


 俺は俺をバカにしてくるクソガキ竜どもを毎日のように返り討ちにしながら日々を過ごし20年――遂に成竜し、「里」を巣立つことになった。


 それから数ヵ月、世界を放浪し、良さげな火山を見つけたので、そこを魔法でリフォームして巣にすることにした。


 火口にぐつぐつと煮えたぎるマグマを浴場にして、そこへ続く洞窟と住居を作った。


 ファイア・ドラゴンは熱を魔力に変換して吸収することができるので、マグマの中に潜っても平気どころか、心地好いほどだ。だが、さすがにマグマの中に巣を作るわけにはいかない。


 俺も竜である以上、財宝などには興味を惹かれる本能がある。なので、いつかは財宝集めに精を出すことになるだろう。


 その時、財宝を巣の中に飾る必要がある。マグマの上に財宝を置いたりしたら、すぐに燃え尽きるか、マグマの中に呑まれて消えてしまうだろう。マグマの中に巣を作れないとは、そういう意味である。


 とにもかくにも、こうして巣を作り、火山一帯を縄張りとした。


「里」とは違い、自分一人だけの新生活が始まり――日々は光陰矢の如く過ぎ、早数ヵ月。


 ある日、俺の巣へ招かれざる客が訪れた。


 剣やら槍やら弓やらで武装した――人間たちだ。


「やはりいたぞ! ファイア・ドラゴンだ!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る