第2話 「我が望みは、静寂……」


「やはりいたぞ! ファイア・ドラゴンだ!」

「体の大きさからしてまだ若い個体だ!! ツイてるぜ!」

「全員、作戦通りに動け!!」


 人間たちは家主である俺に挨拶も何もなく、いきなり矢を放ち、魔法を放ち、剣や槍で攻撃してきた。


 人間どもの勝手な話し声は聞こえているし、「里」での学習の成果もあり、問題なく内容も理解できた。


 しかし、まだ若い個体だから何だというのか。だからお前らが勝てるということにはならないだろ。幾ら何でもドラゴン舐めすぎだ。


 俺は呆れつつも、巣に侵入してきた人間たちをぶっ殺した。


 戦闘描写?


 そんなものは無い。


 軽く爪を振り回したり、尻尾を叩きつけたり、気まぐれにブレスを吐いてみたりすれば、戦いとも呼べない駆除は終わった。


 何か俺を討伐できる秘策でもあるのかと思ったが、それらしいものは特に確認できなかったな。


 いや、もしかしたら、魔道具で結界みたいなものを自信満々に張っていたから、それが秘策だったのかもしれない。


「これでお前のブレスは効かない!!」


 とか言っていたので、念のために中くらいの火力でファイア・ブレスを吐いてみたのだが、普通に結界ごと焼き払えたんだが。


 その後、生き残りの奴らが絶望したような顔をしていたので、おそらくあの結界を張る魔道具が、奴らの自信の源だったのだろう。


 生き残りの奴らが逃げ出そうとしたので、一人も逃がさず駆除させてもらった。


 ちなみに前世人間である俺だが、侵入者たちを殺すことに躊躇いや罪悪感は微塵も覚えなかった。


 いや、考えてもみて欲しい。


 こいつらは他人の住居に無断で侵入した挙げ句、問答無用で家主を殺そうとしてきたのだ。その理由も、少し考えれば分かる。


 確かにドラゴンというのはこの世界でも絶対強者と呼ばれているが、それは人間たちに襲われないことを意味しない。


 なぜならドラゴンの体は鱗の一枚、血の一滴に至るまで貴重な素材となるため、想像を絶する高値で売買されるからだ。


 加えてドラゴンの巣穴には財宝が貯め込まれていることも多く、もしもドラゴンを討伐できれば、そいつは一生遊んでも使いきれないほどの大金に、ドラゴンを倒したという絶大な名声をも手にすることができる。


 つまり、欲に目が眩み、なおかつ自分たちならドラゴンを倒せると勘違いしてしまった愚か者どもが、襲って来るということ。


 とはいえ、だ。


 俺からしてみれば、こいつらは住居不法侵入の上、家主を殺して財産を奪おうとする凶悪な強盗殺人犯(俺は人ではないけど)に過ぎないのだ。


 まさか人間たちの国へ侵入者たちの罪を訴え出るわけにもいかないし、そんな面倒なことはしたくもない。


 ゆえに俺は自然界の絶対なる真理たる、自己救済の理念に則り、強盗殺人犯どもを返り討ちにしたというわけだ。


 死体が残っていると腐って巣穴が臭くなるので、念入りに焼却して。


 それから、俺は何処から人間たちに、俺がここに住んでいることがバレたのだろうと考えてみる。


 ……いやまあ、答えは分かりきっているのだが。


 実は俺が縄張りにしている火山の麓辺りには、人間たちの街があったのだ。


 俺が普通のドラゴンだったら、自らの縄張り内に人間の街などあれば、問答無用で滅ぼしているところだ。


 しかし、俺は他のドラゴンと違い優しいドラゴンなので、人間たちを見逃してやっていた。


 どうも麓には温泉が湧き出しているらしく、貴族などの特権階級と思われる者たちの保養地にでもなっているらしかった。


 それを遠目に目撃したことがあるので、人間たちからも俺の姿が見えていたのだろう。それに狩りに出る時には外へ出ないといけないし、俺の姿を目撃する機会は結構ありそうだ。


 そう考えると、あの温泉街(といっても日本風の温泉街ではもちろんない)に住む者たちが、街の近くに住み着いたドラゴンに危険を感じ、俺の討伐を冒険者たちに依頼したとも考えられる。


 そしてもしもそうだとしたら、また俺を討伐しに人間たちが現れるかもしれない。


 ――という俺の予想は、どうやら正解らしかった。


 最初の襲撃者どもから数十日後、またしても武装した人間たちの集団が、俺の巣穴に侵入してきた。


 今度は数十人規模の兵士たちだった。


 奴らは俺を見つけるなり、叫んだ。


「むっ! ファイア・ドラゴンだ!」

「あの体躯の大きさ、まだ若い個体だぞ!!」

「目撃情報通りだな!」

「これならば……殺れる!!」


 いやこのくだり前もやった。


 それに何が「殺れる!!」だ。全然殺れないよ。


 しかし目撃情報とは……ああ、もしかして、空を飛んでいる時か。それで若いドラゴンみたいだから、討伐できるとでも勘違いしたのかもしれない。


 今の俺は尻尾も含めた全長が10メートルほど。一応成竜しているのだが、確かに100歳を超えたドラゴンと比べると、体の大きさは3分の1にも満たない。


 成長したドラゴンの大きさを人間たちが知っているならば、確かに一目見て「若い!」と判断できるだろう。


 だが、若いと言ってもドラゴンなんだが……。


 なんか「里」の老竜――ジジイに聞いた話と違うな。人間ってこんなにバカなのか? ジジイの話ではもっと警戒心が強くて慎重で、無闇にドラゴンを襲うような考えなしではないはずなんだが……。


 まあ、あのジジイが人間と交流していたのは数百年も昔のことで、後はずっと「里」に引き込もっているという話だから、ジェネレーションギャップでもあるんだろう。


 ともかく、俺は兵士の集団にファイア・ブレスを吐きかけ、殲滅し、さらに念入りに焼却してやった。


 これでしばらくは静かになるだろうと思ったが、しかしこの数週間後、今度は前回よりも更に大勢の兵士たちがやって来た。今回は100人近い規模で、装備も以前の奴らより上等に見える。


 どうも人間たちは、何が何でも俺を討伐したいらしい。あるいはあの温泉街、俺が思うよりもずっと重要な街なのか?


 兵士を送って来るということは、為政者が討伐の判断を下したのだと思うのだが。


「ファイア・ドラゴン! やはり、かなり若いぞ!!」

「成竜したばかりってところか!」

「これならば十分に討伐できる!!」

「気合いを入れろ! ドラゴンスレイヤーになれば褒美は思いのままだぞ!!」

「「「おおーッ!!!」」」


 いやこのくだり前も(ry


 っていうか、こいつらの話しぶり、もしかして今の人間たちってドラゴンを討伐できる兵器または魔術を、すでに開発しているのか?


 前々回も前回も送り込んだ奴らが全滅したのに、懲りずにまた来たところを考えると、その可能性は低くないように思える。


 俺は舐めプしないように気を引き締め、けれど今後のことも考えて、人間たちがどのような戦術を使うのか、慎重に観察してみることにした。


「耐熱結界陣、構築!!」

「対ブレス用結界、展開!!」

「巨獣拘束用術式用意――――発動!!」


 兵士どもは俺を囲むように迅速に広がると、何人かの者たちが一斉に杖――魔杖と呼ばれる魔術師の杖を掲げた。


 するとそいつらの魔力が同調し、複数人で一つの魔術を行使する。


 それがたぶん、「耐熱結界陣」というやつだろう。巣穴中に水系統の魔術が展開されたのが分かった。


 この魔術の役割、高温を下げるためだけじゃないな。戦場全体に水の魔力を満たすことによって、炎の魔法や魔術を弱体化させる効果もある。


 続いて、またも複数人で同じ魔術を行使する。今度は「対ブレス用結界」だな。風系統の魔術が発動し、兵士どもが体に緩やかな風を纏わせた。発動中、攻撃に反応して急激に出力の上がる風の結界魔術のようだ。


 最後に、何人かの兵士どもが更に魔杖を掲げると、杖の先から光で出来た太い鎖が放たれ、俺の四肢や首、尻尾に絡みついて拘束した。「巨獣拘束用術式」ってやつか……なるほどな。


「フハハハハッ!! ドラゴンにトドメを刺す栄誉は俺のものだ!!」


 俺が光の鎖に拘束されると、一際大柄な兵士が大剣を肩に担いで近づいてくる。


 ……あの剣、どうやら竜の牙を素材に作られているようだ。


 確かにそれならば、人間でも十分な技量と力さえあれば、竜の鱗を断ち斬ることができるだろう。



 ……なんてことだ。



 大勢の兵士たちでブレスへの対抗魔術を行使し、さらに拘束魔術で動きを止め、竜の鱗さえ斬れる竜の牙製の剣でトドメを刺す……。


 成竜して100年も経た竜にはもう効かないだろうが、確かにこれならば、成竜して間もない若い竜くらいならば、拘束さえ上手くいけば、十分に殺すことができるだろう。


 人間たちは、すでに竜を殺し得る力を手にしていたのだ……!!


 俺は大剣を掲げ近づいてくる男を忌々しげに睨みつけ――男はそんな俺を嘲笑うかのように口角を吊り上げる。


「残念だったなぁ、若いファイア・ドラゴンよ。人間様を舐めてるからこうなるのさ。お前の体は俺たちが有効活用してやるよ。だから安心して――死になッ!!」


 そして男は、勢いをつけて大剣を振り下ろ――――




















 ――【アイス・ヘル】




















 ――男が剣を振り下ろすよりも先に、俺を中心にして、巣穴の隅々までが凍りついた。


 至近距離から極寒の殺人冷気を浴びた男は、一瞬で体の芯まで凍りつき、その動きを停止させていた。


 やがてバランスを崩してぐらりと倒れた男は、ガシャンッ! と、陶器が割れるような音と共に、粉々に砕け散った。


「な、なぜ……ッ!? ファイア・ドラゴンじゃ、なかったのか……ッ!?」


 巣穴の壁際、魔術の殺傷圏からギリギリ外れていたためか、何人か生き残っていた兵士の内の一人が、愕然と呟いた。


 ドラゴンは生まれながらに膨大な魔力を持ち、それぞれが属性に見合った魔法を扱うことができる。


 ファイア・ドラゴンならば炎魔法を。ダーク・ドラゴンならば闇魔法を。サンダー・ドラゴンならば雷魔法を。


 しかし、ファイア・ドラゴンが闇魔法や雷魔法を使うことはない。否、使うことはできない、というべきか。ファイア・ドラゴンの身体構造は、炎魔法に特化しているからだ。、他の属性魔法を扱うことはできない。


 だが、魔法の劣化技能とはいえ――いや、劣化技能だからこそ、魔術ならば話が別だった。


 人間たちは己の魔力を加工し、様々な属性の魔術を扱う。そのためには外付けの魔力触媒が必要だが、生ける魔力の化身たるドラゴンは、訓練次第で触媒もなく魔力を別属性に加工することができる。


 魔法に比べて威力は激減してしまうし効率も悪いが――手札が増えるというのは素晴らしい。


 それに威力が激減するとは言っても、消費魔力量と環境によって使い分ければ、その点はある程度補うこともできる。


 今回は巣穴中に水の魔力が満たされていたから、氷結魔術の効果が倍増された――というわけだ。


 術者が死に、光の鎖による拘束が解けた俺は、悠然と身を起こし、兵士たちを睥睨した。


 そして幾分くぐもった声ながら、はっきりと人間にも聞き取れる言葉で、生き残りの兵士たちへ告げる。



『愚かな人間どもよ。いったい何時からだ……? 何時から、我が炎魔法しか使えないと、錯覚していた……?』



 ドヤァ。


 素晴らしい。生きている内に一度は言ってみたいセリフを使うことができるとは。


 まあ、俺にとってはネタみたいなものだが、元ネタを知らない兵士諸君にとっては、十分に恐ろしく感じられたらしい。


 決して寒さによるものだけではなく、恐怖によってガタガタと震えながら、愕然と呟く。


「なん……だと……!?」

「言葉を理解している……? バカな、若い竜じゃないのか……ッ!?」

「まさか……伝説の氷炎竜……?」


 いや、誰だよ、氷炎竜。


 ファイア・ドラゴンって言っただろ。


 だが、わざわざ訂正するのも格好悪いな。


 俺は当初の予定通り、生き残りの兵士たちにこう告げる。


『去れ、人間ども。そして貴様らの主に告げるが良い。自分たちが誰に剣を向けてしまったのかを……』


「わ、我々の国を、滅ぼすつもりか……?」


『それは貴様らの主の、態度次第だ……』


「な、何を求める……? 生贄か? それとも、財宝か……?」


『否。我が望みは、静寂……』


「…………っ!? ……わ、分かった……!! 必ずっ、必ず我が王にお伝えする……!!」


『……行け』


 顎で巣穴の出口を示してやると、兵士どもは手足が上手く動かないのか、ぎこちなくも急いだ様子で帰っていった。


 生き残りは6人か。


 巣穴を出ていく兵士どもの背を見送り、どうやら上手く手加減できたようだと息を吐く。


 実のところ、炎魔法でも普通に兵士たちを倒すことはできたのだ。奴らの戦術や武器が若いドラゴンを殺し得るとは言っても、普通、若いドラゴンは高等な魔法を使えないのである。自分の牙や爪、尻尾、習わなくても自然と使えるドラゴン・ブレスなどが主な攻撃手段だ。


 それゆえに、たとえば俺の同年代のクソガキ竜どもだったら、あの兵士どもに殺されていた可能性もなくはない。


 だが俺は幼い頃からジジイに師事し、魔術を学んでいた。その結果として、竜としてはかなり若いながらも、魔力の扱いに長け、難しい炎魔法さえ修得している。何だったら、魔力を巡らし身体強化し、光の鎖を強引に引き千切ることも可能だった。


 しかし、敢えて手加減するため、わざわざ魔術を使って奴らを倒した。


 それは生き残りに「これ以上ちょっかい掛けないでね、ぶっ殺すよ?」と、為政者どもに伝えさせるためである。


 今回も全滅させたら、また兵士どもを送り込んでくるかもしれないし。


 だがこれで、俺が普通のドラゴンとは違い、理知的で温厚かつ優しいドラゴンだと人間たちに伝わったはずだ。一般的ドラゴンなら自分の巣穴に侵入してきた人間を見逃すとかあり得ないからね。


 これでしばらくは大人しくなるだろう、うん。


 さて……氷結魔術のせいで寒くなったし、マグマ風呂に入ってさっぱりするか。






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