第3話 「伝えねば……!!」

【ファイア・ドラゴンから逃走した騎士視点】



 戦うべきではなかった……!!


 戦うべきではなかった……ッ!!


 決して手を出して良い相手ではなかった……ッ!!


 激しい凍傷で紫色に変色しつつある手足の激痛を我慢し、生き延びた僅かな仲間たちと共に、必死に山を下りながら、私は深い後悔に見舞われていた。


 キプロス山の山頂、ぐつぐつと煮え滾る火口へと続く洞窟の中に、奴はいた。


 鮮烈な程に赤い鱗に全身が覆われ、その下には隆々としたはち切れんばかりの筋肉を秘め、縦に裂けた金色の虹彩には深い叡智の光を宿した、ドラゴン・ロード――伝説に謳われる氷炎竜が。


 しかし、洞窟の中で最初に奴を見た時、私たちはその体躯の大きさと竜鱗の色から、成竜したばかりの若いファイア・ドラゴンだと誤解してしまった。


 事前に騎士団へ上がってきていた目撃証言からも、若いファイア・ドラゴンとの情報があったし、何より奴が巣を構えている場所が火山の火口近くだ。単なるファイア・ドラゴンだと判断しても、仕方ないことではあった。


 だが、その誤解の代償がルーングラム王国近衛騎士90名以上の戦死という事実は、まるで笑えない。


 ――いや、戦死というと、語弊があるかもしれない。


 あれはまるで戦いになど、なっていなかったのだから。


 最初、奴は反撃もせずに我々が魔術を行使するのを眺めていた。経験の浅い若い竜ゆえに、戸惑っているのか、あるいは人間を舐めて慢心しているのか、さもなければ私たちを恐れているのだろうと、そんな風に都合良く考えてしまった。


 ――とんでもない勘違いだった。


 私は、私たちは、とんでもない馬鹿野郎だった。


 奴は戸惑っていたのでも、恐れていたのでもない。冷静に、冷徹に、我々のことを観察していたのだ。


 どれくらい「手加減」すれば、私たちを全滅させずに済むのか、こちらの力量を測るために。


 そして徐に――私たちにとっては唐突に――我々数人を生かすように「手加減」した上で、騎士団を壊滅させてみせた。


 あの、あまりにも恐ろしいによって。


 …………あれは、魔法、だよな?


 まさか魔術ではあるまい。あの威力、あの規模は、どう考えても魔法のはずだ。


 ということは、奴は炎と氷の二属性を持つ、世にも特異な竜ということになる。


 それは伝説に謳われる災厄の竜と同じだ。相反する二つの属性を持つがゆえに、弱点となる属性がなく、人類には倒しようがないと言われた氷炎竜そのものだ。


 事実、奴がその体躯の小ささ(竜としては小さいという意味だ。我々人間からすれば、十分に巨大だ)に反して、長く生きてきた古竜であることは、疑いようがない。


 なぜなら奴は、人間の言葉を理解していた。


 なぜなら奴は、我々が王の命により討伐に訪れたことを、看破してみせた。


 なぜなら奴は、竜なのに「静寂を望む」という、まるであまりにも長すぎる生に飽いたかのような、異質すぎる言葉を吐いた。


 どれもこれも、若い竜ならば考えられないことだ。すなわち、これは奴が外見に反して古竜であるという証左だった。


 なぜ、伝説の災厄竜がキプロス山にいるのか。


 理由など分からない。ただ、我々が、そしてルーングラム王国が不幸だったというのは、確かだろう。


 奴が棲み処にしたキプロス山は、ルーングラム王家の王領にある。


 キプロス山を含むヘウレカ領は、王国中の貴族や大商人たちが別荘を構える有名な保養地であるキプロス温泉街を含み、近くの別の山にはミスリル鉱山もある。それゆえに、ヘウレカ領から上がる税収は莫大な金額になる。


 だが、そこに竜が棲み着いたとなれば、あらゆる経済活動は停滞してしまう。


 温泉街は無人の廃墟と化し、いつ竜の怒りを買ってしまうか分からないから、近くのミスリル鉱山も採掘を中止せねばならないだろう。


 それは王家にとって大きな痛手だった。


 だからこそ、王は私費を投じてAランクの冒険者を雇い、キプロス山の調査を命じた。しかし、冒険者たちは帰って来なかった。


 冒険者たちがドラゴン以外の魔物に殺された可能性は低い。彼らはAランクなのだ。ならば、まず間違いなく、ドラゴンによって殺されてしまったのであろう。


 ――危険なドラゴンだ。


 そう判断を下した王は、次に軍の中でも普段から魔物討伐を主任務とする部隊を、ファイア・ドラゴン討伐のために向かわせた。彼らは間違いなく精兵であった。だが、帰って来なかった。


 ルーングラム王国は建国以来、すでに二頭のドラゴンを討伐した実績がある。


 魔術と魔道具製作技術に優れた我が国は、ドラゴンを封殺し、討伐するための道具を開発し、討伐手法を確立していたのだ。それが自信となり、成竜して巣を作ったばかりの若いドラゴン程度と、奴を侮る結果に繋がってしまった。


 そして最後に、我々近衛騎士たちが派遣された。


 ルーングラム王国において、近衛騎士は決してお飾りなどではない。その採用基準は血筋によるものではなく、完全に実力によるものだ。ゆえに、実力さえあれば平民であっても近衛騎士に抜擢されることがある。


 自分で言うのも何だが、我々の実力は間違いなく一流の領域だろう。


 そんな近衛騎士たちに、王は惜しみ無く装備や道具を与えてくださった。単一術式特化型の一級魔杖に、魔術効果を付与された防具の数々。我らが近衛騎士団長にして英雄の領域にあるザッカス騎士長に至っては、国宝剣ドラゴンキラーを貸し与えられた。


 一流の実力を持つ騎士団に、一級の装備品の数々。そして一級を超える国宝剣。


 相手が若いドラゴンであれば、負けるはずのない戦いだった。


 だが。


 我々は敗北した。


 相手は若いドラゴンなどではなかった。


 騎士団は壊滅し、生き残りの我々6名は、生き延びたのではない。奴が王へ忠告させるため、我々を生かしたのだ。


 ……ドラゴンキラーも回収できなかった。あの時は逃げるので精一杯だった。いや、そうでなくとも、あの竜の眼前からドラゴンキラーを回収することなど不可能だっただろう。


 そして奴の「静寂を望む」という言葉。


 あれはどこまで適用されるのだろうか?


 キプロス山の山頂、奴の巣穴の中に入って来るなという意味だろうか。それとも、火山の麓の温泉街も含まれるのだろうか。いやもっと広く、ミスリル鉱山の採掘すら煩わしいと思っている可能性もある。


 いずれにせよ、万が一にも奴を怒らせる危険性を考えれば、温泉街は閉鎖し、ミスリル鉱山も採掘を中止する必要があるだろうな。


 派遣された魔物討伐部隊の全滅に、近衛騎士団の壊滅。国宝剣ドラゴンキラー他、数々の魔杖や装備品の紛失。ヘウレカ領の実質的放棄……。


 これだけの失態、ルーングラム王家は大きく力を落とすことになるだろう。


 そして相対的に力を増した貴族どもが、増長し、蠢動を始めるに違いない。


 ……荒れるぞ。


 間違いなく、これからルーングラム王国は荒れる。


 その引き金を引くのが、私たちの報告になるだろう。


 それでも。


「伝えねば……!!」


 伝えなければならん。


 あのドラゴンの脅威を。


 奴には決して手を出してはいけなかったという教訓を。


 今回の失態で、私たちは処刑されるかもしれない。そして敬愛する王は窮地に陥るだろう。


 それでも、国を滅ぼされるよりはマシなはずだ。


 だから、私は最後の奉公と思い定め、激痛を訴える手足を引き摺って、帰路を急ぐ。


 伝えねば。


 災厄竜が、再び世に現れたと――!!



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