第4話 「遂にこの時が来た!」


 前回の兵士たちの襲撃以来、新たに俺の討伐にやって来る者たちはいなくなった。


 兵士どころか、冒険者たちも来ない。


 急にずいぶんと静かになったものだと思ったが、特に気にすることなく穏やかに日々を送っていると、驚くべき事実が判明した。


 いつものように狩り(食事)をした帰り、そういえば麓の温泉街はどうなったかと思って空から覗いてみると、火の消えた炉のように寂しげな様相に変化していた。


 よくよく見てみると、通りに人の姿が一つもない。


 どういうことだと竜眼に魔力を籠めて探ってみた。


 竜眼は魔力を見通す能力を持つ。この世界の生物は皆、大なり小なり魔力を持っているから、竜眼で魔力を見ることで建物内にいる存在も探ることができるのだ。


 しかし、何と竜眼でも温泉街に人の姿を捉えることはできなかった。


 建物どころか地下にさえ、人の魔力の反応がない。すなわち、あれだけ賑わっていた温泉街は無人の廃墟のごとく様変わりしていた。


 俺も鈍くはない。


 おまけに前世は人間であり、人間たちの考えそうなことは、ある程度推測できるつもりだ。


 もしやと思って、俺の巣がある火山から少し離れた別の山に行ってみた。


 そこには鉱山があって、大勢の人間たちが働いていたはずなのだが――――何とこちらにも人の姿はなく、鉱山の入り口は木の板で厳重に封鎖されていた。


 う~む……。


 これって完全に、俺を恐れて温泉街と鉱山を放棄した感じだよな?


 いや何で?


 俺としては別に、巣穴までやって来なければ、温泉街で暮らすのも鉱山で採掘するのも、好きにすれば良いと思ってたんだが……。


 ……あ! まさか、俺があの兵士たちに「我が望みは、静寂……」とか勢いとノリで言ってしまったのが原因だったりするのだろうか?


 それを拡大解釈して、俺の巣穴どころか縄張りにしている火山やその周辺からも、住民たちや鉱夫たちを退去させた……ってこと!?


 おいおい、別にそこまでしろとは言ってなかったんだが。


 しかし、わざわざ人間の町まで行って、「別に近くに住んで良いし、鉱山で採掘しても良いよ」と言いに行くのも面倒くさい。


 そこまで気を遣ってやる義理なんかないしな。


 ……うん、このままで良いか。勝手に戻ってくる分には好きにすれば良いけど。


 ――というわけで、俺はそのまま穏やかな日常のルーティンをこなしていくことにした。




 そして、数年が過ぎた――。



 ●◯●



 ――って、いや飽きた!!


 竜の生活飽きた!!!


 マンガ読みたいアニメ観たいスマホでゲームしてユーチューブでショート動画を意味もなく流し観したい!!!


 野生動物ジビエの踊り食いも丸噛りも、もう嫌だ!! 不味い!!!


 ポテチ食いたいコーラ飲みたいハンバーガードカ食いしたい!!!


 竜の生活は恐ろしく暇だ。はっきり言ってつまらない。面白いことが何一つない。朝起きて狩りに行って、クソ不味い野生動物を血抜きもせずにバリボリ喰らい、適当に縄張り内を見回った後に巣穴に戻りクソして寝る。


 これが竜の生活の全てだ。


 俺に前世の記憶なんて物がなければ、この生活を苦痛に感じることもなかっただろう。これが当然なのだと疑うこともなく、生きていくことができただろう。


 だが、不幸にも俺には前世の記憶が残っていた。


 その記憶が俺に教えるのだ。


 この世界の竜の一生はクソだと。


 何にも面白いことなんてないと。


 美食と娯楽に溢れた現代日本に生きていた者にとって、あまりにも原始的過ぎる生活は、ただ生きているだけでも苦痛だった。


 ――そんなことは、幼竜の頃から分かっていた。


 だから俺は、人間たちの言葉や文字、文化などをジジイから教わったのだ。


 いずれ人間の世界で暮らし、何か美味しい物や何か面白いことを見つけるために!!


 しかし、そのためには一つだけ問題があった。それは俺がドラゴンであるということだ。


 俺は人間世界で暮らす上で、冒険者なる職に就こうと考えている。そう、皆お馴染みのアレだ。あるんだよ、この世界にも。冒険者ギルドが。


 だが、だ。


 ドラゴンが冒険者ギルドに行って「冒険者にしてくれ」と言って、果たして成れるだろうか?


 いや、おそらくギルドの規約に「ドラゴンは冒険者に成れません」という条項はないだろう。普通に考えて、あるわけがない。あったら規約を作った奴は頭がおかしいと言わざるを得ない。


 だからワンチャン、ギルドに行けば冒険者にしてくれるかもしれない。


 しかし、それが現実的ではないことくらい、俺にだって分かるのだ。


 そもそもドラゴンのままじゃ、人間たちの美食も娯楽も楽しめない。それでは本末転倒だ。


 ならば、どうすれば良いか?


 簡単だ。人間に成れば良い。


 そういう魔法があるんだよ。


 俺はその魔法の存在を知った時から、ジジイに教えてもらい、修得するために修練を重ねてきた。


 俺は「里」では変わり者と揶揄されつつも、他のクソガキ竜どもにはない強い学習意欲と、最初から成熟した精神によるスタートダッシュで、「里」始まって以来の神童と呼ばれたほどだ。


 だが、その俺をしても修得には長い時間が掛かるほど、難しい魔法だった。


 本当は成竜したら巣なんか作らず、さっさと人間世界に行こうと思っていた。しかし、その魔法は成竜する頃になっても修得できなかったのだ。


 ゆえに、俺は火山に巣を作ってからも、毎日毎日、有り余る時間の全てを注いで、その魔法の修得に向けて努力を重ねてきた。


 そして成竜してから数年。


 遂にこの時が来た!


 俺は念願の魔法を、遂に修得できたのだ!!



 それは――無系統魔法【変身】。



 姿形や性別を指定することはできないが、様々な生物に変身することができるという魔法。


 これで人間に変身すれば良い。


 そしてその時は唐突に訪れた。


 ここ数ヵ月、あと一歩の手応えを感じつつも一向に発動しなかった【変身】の魔法が、確かに発動したのだ。


 俺は巣穴の中で自らの肉体を人間のものへ変化させていく。


 眩い光が全身を包み、やがて光の輪郭は竜の形を失い、縮小されていく。


 グネグネと不定形のスライムみたいに蠢く光体は、程なくして変形を止めた。


 光がゆっくりと消えていく。


「お、ぉお……!!」


 ずいぶんと低くなった目線。もはや懐かしい、二本足で自然と直立する感覚。そして思わず漏れた声は、成人したオス……もとい男の、低い声音だった。


 軽く持ち上げた両手に、視線を落とす。


 ――手だ。


 5本の指を備えた、見慣れた両手。間違いなく人間の手が、そこにはあった。


 やったのだ。


【変身】魔法は成功した!!


 さらに視線を両手から自らの体に移す。まるで彫刻のように引き締まった分厚い大胸筋と腹筋があり、さらにその下には――



「……でっか」



 思わず声が漏れた。



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