第5話 「俺の御立派様を見せびらかすわけにもいかねぇしな」
前回のあらすじ。
遂に【変身】魔法を修得し、人間の姿に変身することができた俺。
まるで彫刻のように引き締まり筋骨隆々とした体躯を見下ろすと、とんでもねぇ御立派様が股の間にぶら下がっていた。
「……でっか」
でけぇ。
俺の相棒が前世で見慣れた大きさよりも、遥かに巨大になっていた。
絞りに絞ったボディビルダーかよってくらいバッキバキの筋肉から察してはいたが、このデカさ……間違いなく前世の俺の肉体ではない。
【変身】魔法は変身後の姿形は指定できず、性別も変えることはできない。年齢も実際の年齢が反映されるらしい。
すなわち、竜として老いた者が人間に変身すれば、老人の姿になる――といったように。
ゆえに、変身後の姿は術者によって千差万別となる。
俺の姿はどうなっているのか……とりあえず、暴力的なまでに筋骨隆々としていることは分かった。スパルタの戦士みてぇだぜ。
身長は……たぶん、数年前にやって来た兵士たちの内、竜の牙製の大剣を持っていた大男と同じか、それよりも少しだけ高そうだ。感覚的で正確には分からないが、センチメートルに直すと190以上はあるだろう。
顔はどうなっているのか。ちゃんと人間に変身できているのか。
少しだけ不安に思った俺は、魔術を使って確認してみることにした。
光系統魔術――【ミラー】
事前に設定した仮想の平面上で光を全反射させる光系統の魔術だ。その名の通り、鏡として使うこともできる。
魔術を発動すると、俺から2メートルくらい離れた位置に、姿見ほどの大きさの鏡面が、宙に浮かぶようにして現れた。
「むっ!? 魔術が使いづれぇな……」
変身後に初めて魔術を使ってみて分かったのだが、変身前より明らかに魔力を操作し難くなっていた。
たぶん、変身して竜角が失われているからだ。竜角には魔力の制御を補助してくれる役割があるからな。
だがまあ、使いづらいとは言っても、今まで覚えた魔法や魔術が使えなくなる程ではない。魔力の操作に手こずり、発動までの時間がほんの少し伸びるくらいだ。
今まで半秒で済んでいたのが、1秒になるとか、そんな感じ。
雑魚相手であれば、特に気にする必要もないだろう。
それよりも……、
「ふむ……イケメンだが、強面の兄ちゃんだな」
鏡で確認した俺の姿は、二十歳くらいの若い男の姿になっていた。
髪の色は燃えるような赤髪で、体の何処かに鱗が生えていたりもしない。角も尻尾もちゃんと消えてるな。何処からどう見ても人間だ。顔立ちは中々に整っているが、目つきが鋭く、威圧的な印象も覚える。
というのも、眼球が人間のものではなく、金色で縦に裂けた虹彩の――竜眼のままなのだ。
言い訳じゃないが、これは変身に失敗したわけではなく、わざとだ。
ジジイ曰く、変身の際には元の姿の特徴を一部にでも残しておかないと、変身を解除できなくなってしまったりする――ことがあるらしい。
なので俺は、一番目立たなそうな竜眼を残すことにしたのだ。
この世界にはエルフとかドワーフとか獣人とか、色んな種族の人間がいるらしいし、これくらいの特徴ならドラゴンとバレることもないだろう(たぶん)。
「さて……変身も成功したことだし、さっさと人間の街に行ってみたいが……さすがに、このままってわけにはいかねぇか」
今の俺は当然だが、全裸だ。
【変身】の魔法は何処からともなく服が現れたりはしないからな。
まさか全裸で人間の街を練り歩くわけにもいかない。いや、ドラゴンに転生したせいか、俺自身、今は不思議と全裸でも気にならないのだが……。そもそもこの二十数年間、ずっと全裸だったわけだし。だが……、
「まさか俺の御立派様を見せびらかすわけにもいかねぇしな」
全裸で街を歩いていたら、さすがにこの世界でも衛兵とかに追われるだろう。
要らんトラブルを自分から作り出す必要もあるまい。
「服……たしかあったよなぁ?」
そう呟きながら、俺は壁際の方へ歩いていく。
向かう先、巣穴の一角には、幾つもの武具や防具が乱雑に積み重なっていた。
これらは俺が【アイス・ヘル】で返り討ちにした兵士たちが身に着けていた装備品だ。
実は、爪で引き裂くでも尻尾で叩き潰すでも炎で燃やすでもなく、凍結魔術で倒した結果、多くの装備品が無傷で残っていたのを回収していたのである。
鎧とか、巨大な竜の爪先で脱がせるの大変だった……。
しかし、その苦労の甲斐はあり、今では俺のコレクションになっている。竜の審美眼で見ても、これらの装備は中々の品質だ。
そんなわけで殺風景な巣穴のインテリアとして置いていたのだが、人間になった時に使えると思って、兵士たちの着ていた服も取っておいたはず。
さして探すまでもなく、装備品の山の下から、一塊にしておいた服の山を発見することができた。しかし……、
「くッッッさッ!!?」
幸いにして、虫に食われたりボロボロに腐っていたりということはなかったが、酸っぱい臭いが目に染みる程に異臭を放っていた。
これはこのままでは着れんな。
それに考えてみれば、元々よく知らんマッチョ野郎どもが着ていた服だ。そのまま着るのは何か嫌。
俺は徐に水系統魔術で巨大な水球を生み出すと、さらに火系統魔術で水球を沸騰させ、その中に片っ端から服を放り込み、煮沸消毒してやった。
「そういえば……おぇっ。……やっぱり、鎧とかも臭うな」
ふと思い至り、鎧などにも鼻を近づけて嗅いでみれば、こちらも中々に目に染みる臭いを発していたので、これら金属製の装備も熱湯水球で洗浄する。
「……この鎧とか着て歩くのは不味いか」
綺麗にした服や鎧を前に、腕を組んで考える。
服はともかくとして、兵士どもの鎧はある程度統一されたデザインをしており、全てに同一の紋章のような物が装飾されていた。これはたぶん、兵士たちが仕える国から支給された鎧なのだろう。
となると、そんな物を着て歩いていたら、悪目立ちする可能性もある。兵士たちが所属していた国の役人とかに、返せとか言われても面倒だし……やはり、この鎧を外で着て歩くのは止めた方が良いな。
とはいえ。
「しばらく留守にする予定だし、ここに置いてたら盗まれるかもしれんな」
これらはコレクションだしインテリアだから、竜の本能で巣穴に飾っていたが、盗まれるかもしれないのに財産を放置していくわけにもいかない。
「もしかしたら売ることもあるかもしれんし、持っていくか」
コレクションだから基本、売るつもりはないんだけどね。金に困ったら手放すかもしれん。
俺は鎧や剣や杖など、装備品の山に手を翳し、魔法を行使する。
無系統魔法――【亜空間収納】
装備品の山の輪郭がゆらりと歪んだかと思うと、次の瞬間、虚空の一点に吸い込まれるようにして消えていった。
続いて、今度は服の山から着れる物を探していく。
いや、状態的にはまだまだ着れる物ばかりなのだが、服のサイズが合わんのよ。どうやら今の俺の身長は、この世界基準でもかなり高い方らしい。
「おっ、こいつなら着れるな。……あの大男のやつか」
やがて、ようやく着れそうなサイズの服を見つけたので、それを着る。おそらく、竜牙の大剣を持っていた大男の服だ。
あ、靴も取っておいたやつがあるので履いたぞ。もちろん熱湯で綺麗にしてからな。
ちなみに下着は無しでそのまま着る。
いや、マッチョ野郎たちの中古下着なんて着たくないだろ?
「さて……残りの服も、一応収納して持ってくか」
サイズが合わないし、全部焼却処分しようかとも思ったが、良く良く考えてみると、この世界ならブランド物でもない中古服でもそれなりの値段で売れそうだ。文明の発展度合い的に、大量生産なんてしているわけもないだろうからな。
というわけで、服の山も収納して。
「良し! 準備は整った。そんじゃあ行くか! 人間の街に!!」
俺は意気揚々と、数年暮らした巣穴を後にした。
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