第35話 「正義!」
俺たちはレスカノール西にあるクソ領へ向けてひた走った。
「――見えてきたぞ! 領境の関所だ!」
人間たちの足に合わせてゆっくりと走りながらも、休まずに走り続けることで、2時間後には領境の関所に辿り着いた。
周囲はもうすっかり暗くなっている。だが、煌々と篝火が焚かれた関所の門前には、物々しい雰囲気で警備が敷かれていた。
これは俺たちが乗り込むと察してのことではない。治安が悪くなり領民たちが逃げ出すようになったため、それを防ぐ目的で警備が増強されているらしい。
まあ、領民が逃げ出してくる時には、ほとんど関所なんか使わないらしいが。
「ギルガ殿! おそらく止められると思うが、どうするつもりだ!?」
レオナがちらりとクレイグたちを見ながら聞いてくる。
どうも騎士どもの鎧を見れば、それが王都の騎士であると分かるらしいな。となれば、姫様を攫った直後だ。王都の騎士とあってもできるだけ足止めするように通達されているかもしれん。
だが、問題はない。
「どうするつもりだと!? そんなの決まってんだろ! 強行突破だ!」
誰にも俺は止められねぇ!!
「な、何だ貴様らっ!? おい! 止まれ!」
止まることなく関所へ接近していくと、衛兵だか門番だか知らんが、門前に立っている兵士どもが俺たちに気づき、叫んだ。
何も怪しいことはしていないはずなのに俺たちを見るなり止めようとするとは……俺の予想通り、領主から何か通達が来ているようだな!!
「止まれと言っているだろう!! 槍で突かれたいのか!?(な、何だあいつらは!? なぜか分からんが、猛然と関所に向かって走ってくる……!! 門衛歴15年の私の勘が告げている! 絶対的に怪しいと!!)」
バカめ! 止まるわけがないだろう! お前らが端から俺たちを通さないつもりなのは丸っとお見通しだ!!
「くっ!! もうどうなっても知らんぞ! 貴様らが悪いんだからな!!」
兵士どもが門前を塞ぐように集まってきた。その数4人。
全員が槍先を俺たちに向けて構えている。
そこへ俺は猛然と走り込んだ!
「うぉおおおおおおおおっ!! 正義ぃっ!!」
突き出された槍先をするりとすり抜け、兵士どもを拳の間合いに捉えるやいなや、俺は正義パンチを繰り出した。
「正義! 正義!!」
十分に手加減した正義パンチで瞬く間に3人の兵士どもを吹き飛ばし、意識を刈り取る。
安心しろ! 命までは奪わない! 殺したら後が面倒……もとい、正義だからな!
「なッ!? てっ、敵襲だぁあああああああああああッ!!」
残る一人の兵士が叫んだ。途端、関所横に立つ兵士たちの詰め所から、さらに数人の兵士どもが走り出てくる。
だが、一向に構わんっ!! どうせ全員、正義パンチで上手に寝かしつけるつもりだからな!
「な、何だ貴様らは!?」
「盗賊かッ!?」
「貴様ら、こんなことをしてただで済むと思っているのかぁあああッ!!?」
うるせぇッ!!
「正義正義正義っ、正義ぃいいいいッ!!」
俺は正義パンチで関所にいた兵士どもを全員眠らせた。
「これで邪魔者は消えた! お前ら! 馬を探せ馬を!!」
「「了解!!」」
アナベルとクレイグたちがきびきびとした動作で、詰め所の方へ走っていく。
「まるで私たちの方が盗賊ね……」
「なぜか躊躇することなく関所を襲ってしまったが、後で大変なことになったりしないだろうか……? う~ん、いつもの私たちなら、流石にギルガ殿を止めていると思うのだが……」
「関所を通らず越境することも、できなくはないでござるからな」
三人娘がここに来てほんの少し正気に返ったのか、口々にそんなことを言う。
ちなみにレオナたちも関所襲撃に躊躇を覚えなかったのは、俺が掛けた生命系統魔術【ブレッシング】の副作用だ。
【ブレッシング】には恐怖や不安を取り除き、精神を高揚させる作用があるからな……。
――とにもかくにも。
ここは関所だ。しかも領境の関所だ。
関所というのは、何も通行税を徴集したり、怪しい奴を弾いたりするだけが仕事ではない。何か緊急の事態があった時には、領主に報告するために早馬を走らせたりすることもあるだろう。すなわち、領地に張り巡らされた情報連絡網の一つが関所なのだ!
だからある。絶対にある。馬がいる!
――と、すぐにアナベルが小走りで戻ってきた。
「――ギルガ殿! いました!」
ほらぁ!
でかしたアナベル! やればできるじゃねぇか! お前が漏らしていたことは姫様には秘密にしてやろう!
「ですが……」
「ん? どうした?」
顔を曇らせるアナベルに首を傾げる。
「馬は三頭しかいませんでした……」
「何だ、そんなことか」
問題ない、大丈夫だ。
俺はその場にいる全員をささっと見回した。
「そうだな……重量的に、レオナとシズ、リリーベルとアナベルが1頭に2人で乗れば良い。残りの1頭はクレイグだ」
「ギルガ殿は乗らないのですか?」
「俺は自分で走る。俺は馬より速いからな」
考えてみたら馬になんて乗ったことないしな、俺。それに操作はクレイグに任せるにしても、野郎と一緒に乗るなんて御免だ。他の奴ならまあ良いけど……重量バランスを考えれば俺が抜けた方が良いだろう、たぶん。
「なるほど、流石はギルガ殿ですね」
感心したように頷くアナベル。
森で姫様を救うべく熱弁して以来、妙に素直になったな……。
「しかし、2人乗りとなると、
「その点も問題はない。【スタミナ・ヒール】を使えるからな」
【スタミナ・ヒール】とは、生命系統魔術の体力回復魔術である。馬が潰れる度に、これを何度も掛けてやれば体力の問題も解決だ。ちょっとした副作用もあるけど……。
「【スタミナ・ヒール】まで……!! 流石ですね……!!」
「まあな」
俺も死にたくないからな。生命系統魔術は「里」で重点的に練習した。特に治癒魔術。
まあ、治癒魔術を練習するには怪我をした相手が必要なのだが、「里」では俺に突っかかってくるクソガキ竜どもが幾らでもいたからな。ぶちのめして練習台にしてやったぜ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ギルガ殿!」
「ん?」
アナベルと話していると、なぜかレオナが少し怒った様子で声をあげた。
「わ、私とシズを一緒に乗せるとは、どういう意味なのだ……っ!?」
「え? 嫌なのか?」
「嫌とかそういうことではない! ギルガ殿が言った『重量的に』という言葉の意味を問い質しているのだ!」
「…………」
俺はシズを見た。小さい。軽い。
続いてレオナを見た。デカイ。そしてデカイ。つまり重い。
「まあ、シズは体が小さいからね。妥当な組み合わせじゃない?」
「拙者はもっと大きくなりたいでござるよ……。胸はリリーベルより大きいでござるが……」
「あんた、喧嘩売ってんの……?」
――と、その時。
「ギルガ殿! 馬の準備は整いました!」
クレイグが馬三頭の手綱を引きながら戻ってきた。
「良し! ならさっさと出発するぞ! 女どもはさっき言ったように、それぞれ馬に乗れ!」
「ギルガ殿! 質問の答えを聞いていないのだが!?」
「クレイグは一人乗りだ! 行くぞ!」
行くぞ行くぞ行くぞぉおおおおおおおおおっ!!!
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