第21話 「流石高位の魔術師というべきか」


 ゴブリンどもを虐殺し、その骸を荼毘に付した後、俺たちはシズの先導で、更に森の中を歩き回った。


 結局、その日の内にゴブリンの巣が二つとオークの巣一つを襲撃し、無事に壊滅させることに成功した。


 ちなみに二つ目の巣からは、レオナたちも戦闘に参加した。


 流石はAランクというべきか、レオナは前衛として魔物どもを危なげなく駆逐し、シズは遊撃としてレオナたちに向かう魔物の数を調整するようにヒット&アウェイを繰り返し、リリーベルは大威力の砲台役として魔物の群を吹き飛ばしていた。


 戦いの最中、囲まれないように立ち回る姿は安定しており、確かにあれならばゴブリンやオークの巣でも駆除できるだろう。


 特に活躍していたのは魔術師であるリリーベルだが、レオナとシズも魔術を使って戦っていた。


 というのも、無系統魔術【身体強化】だ。


「リリーベルだけじゃなくて、お前らも魔術使えるんだな」


 少々意外に思ってレオナに問うと、苦笑しながら答えてくれた。


「まあ、私たちは魔力の体外操作ができないから、使えるのは【身体強化】だけだがね。流石に、これくらいは使えなくては高ランク冒険者は務まらないよ」


「そりゃそうか」


 魔力によって肉体機能を強化するこの術は、数ある魔術の中でも修得人数が圧倒的に多いらしい。


 魔力の体外操作を必要としないから、魔術師の素養がなくとも鍛練次第で修得できるし、魔杖も必要ない。練度を考慮しなければ、もっとも簡単に修得できる魔術の一つだ。


 だが、極めれば人間でもオークなどの魔物相手に無双できるくらいにはなる。まあ、練度が低いと「気のせいか?」ってくらいの強化しかできなかったりするらしいが。


 とはいえ魔術師の素養がないと魔力も低い傾向にあり、長時間【身体強化】を発動し続けることはできない。


 その点、レオナとシズは要所要所で【身体強化】を発動し、巧く魔力消費を抑えているようだった。


 ドラゴンの常識からすると全体的に非力なのは否めないが、それでも戦い方は巧いもんだと、感心していると、


「こちらとしては、ギルガ殿の方が驚きなんだが」


 レオナが苦笑して言う。


「いきなり何のことだ?」


「いや、ギルガ殿の【身体強化】のことだよ。もちろん、あの見事すぎる【ヘル・ファイア】には驚愕したが、流石高位の魔術師というべきか……【身体強化】の魔術一つとっても、凄まじい強化率だと思ってね」


「ん? ああ……」


 俺が戦っているところを見ての感想か。


 まあ、俺の正体を知らなければ、確かに【身体強化】を使っているように見えるだろうな。


 それは半分正解で、半分間違いだ。


 実は魔石を持つ生物――魔物は、常に魔力によって肉体機能が強化されている状態にある。だからこそ、人間の子供くらいの体格でも、ゴブリンは成人男性以上の膂力を発揮できるわけだ。


 だが、それは魔術というわけではない。魔石によって魔物が持つ、生来の身体機能の一つに過ぎない。


 仮に、これを「パッシブの【身体強化】」と呼称しよう。反対に魔術による強化は「アクティブの【身体強化】」だ。


 もうお分かりだろうが、俺は「パッシブの【身体強化】」を常に使っている状態なのである。


 俺もドラゴンである以上、体内には魔石を持つ。それは人間に【変身】した今も同様だ。【変身】では魔石が失われることはなかったからな。


 ドラゴンの魔石は非常に強力で、その身体強化機能も極めて高い。だからこそ、人間に変身した後も、俺は人外レベルの身体能力を備えているわけだ。


 ちなみに、俺は「里」のクソガキ竜どもと違って、真面目に魔術の鍛練を積んだから、この状態に「アクティブの【身体強化】」を重ねることもできる。たぶん、フ◯ーザ様が一段階変身するのと同じくらいの強化率がある。つまり強い(確信)。


 だがまあ、バカ正直に全てを説明する必要はないだろう。


「まあな」


 とだけ、頷いておいた。



 ●◯●



「今日はこれで切り上げて、野営の準備をしよう」


 ゴブリンの巣二つとオークの巣一つを壊滅させた後、森の梢の隙間から差し込む光がほんの僅かに赤くなっているのを見て、レオナが言った。


 森の中はもう、結構暗くなっているしな。


「了解だ。……で、何処で野営するんだ? 森の中か?」


「いや、ここから少し歩くと、街道に出るはずだ。そこを更に少し進むと、街道脇に野営のために切り拓かれた広場があるから、そこまで移動しよう。シズ、案内を頼む」


「了解でござる」


 ――というわけで、俺たちはシズの先導に従って森を抜け、街道を歩いて野営広場まで移動した。


 建物などは一つもなく、本当にただ木を伐って拓いただけという感じの広場だ。


 レオナの話では、日によっては商人や冒険者などでいっぱいになっていることもあるらしいが、この日は俺たち以外に人はいなかった。


「さて、テントの設営をしよう。ギルガ殿、悪いが私たちの荷物を出してもらえるか?」


「ああ、分かった」


 預かっていたレオナたちの荷物をにゅるんっとポケットから取り出し、渡す。


 それから俺も自分の荷物を取り出して、テントの設営にかかった。


 ――2秒で終わった。


「なっ、何よそれは!?」


 エルフが驚いた声をあげるが、俺は無視して作業を続けた。


 いや、2秒というのは流石に言いすぎだったからな。正確には1分くらいかかったか? 取り出したテント(既に組み立て済み)を地面に固定する作業が残っていたからな。


 その作業も終えたところで、驚愕するエルフと目を丸くするレオナたちに向き直り、説明してやる。


「何って……組み立てるのが面倒だから、事前に組み立てておいたテントを取り出しただけだが?」


 言ってしまえばそれだけだ。


 しかし、エルフはなぜか怒っている。


「そ、そんなことしたら『拡張鞄』の容量が無駄に圧迫されちゃうじゃない!」


「ああ……」


 何かと思えば、そんなことか。


 確かに「拡張鞄」はゲームのようにアイテムの種類ごとにスタックされるわけではなく、ただ容量が大きいだけの鞄に過ぎないから、収納する物はなるべく嵩を減らすのが鉄則である。


 そしてそれは【亜空間収納】でも変わらないのだが……内部容量がとてつもなくデカくて余裕がある場合には、その限りではない。


 だがそれを知らないエルフは、収納が圧迫されて途中で引き返すことになるのではと危惧しているのだろう。


「大丈夫だ。俺の『拡張鞄』にはまだまだ余裕があるからな」


「そんなわけないでしょ!?」


 しかし、エルフが叫んでいるのは別の理由によるものだったようだ。


「今日、ここまでに収納した素材の量だってあり得ないくらいなのに!? それに加えて30体よ30体! 30体以上のオークをそのまま収納してるのよ!? 流石にそんな『拡張鞄』あり得ないって分かりなさいよっ!!」


 そうなのだ。


 実は今、俺の収納の中には、オークどもの骸が丸々そのまま入っているのだ。30体分くらい。


 というのも、オークは魔石が一つ銅貨5枚になる他、睾丸や皮も素材として売れるらしく、持って帰ることにしたのである。解体はできないので、そのまま。


 あ、ちなみに――この世界のオーク肉は食用にはならないらしい。硬くて筋張っていて臭くて、とても食えたものじゃないとか。


 まあ、とにもかくにも、そんなオーク素材他、駆除した巣で発見した剣やら盾やら硬貨やら色々――今日一日だけで結構な量の荷物を収納している。


『拡張鞄』の性能がいまいちハッキリしないので分からなかったが、エルフの話では、すでに「あり得ない」くらいの容量らしい。


「おまけにそのズボン!」


 と、エルフは殺人犯に証拠を突きつける名探偵のように俺のズボンを指差し、高らかに叫ぶ。


「今日ずっと観察してたけど、やっぱり何の魔術付与も掛かってないじゃない!! それ、ただのズボンでしょ!!」


 ……まあ、バレたところで問題などないんだが、意気揚々と糾弾されているみたいなのが癪に障るな。


 誤魔化してみるか。


「そうは言っても、実際に荷物を収納して、こうして取り出すことも出来てるじゃねぇか。その事実以上の証明が必要か?」


「ぅぐっ!? そ、それは……!!」


 途端に口ごもるエルフ。口論雑魚かよ。


 と思った次の瞬間、


「ぽ、ポケットの中を確かめさせなさいよ!! それが何かヤバイ品で、荷物や素材が壊れちゃったりしたら、私たちだって困るんだから!!」


 そんなことを言い出した。


「こ、コラ! リリーベル! 流石に失礼だぞ!」


「いや、レオナ。別に構わん」


 エルフを叱るレオナを制する。


 つまり、エルフは預けた荷物の管理状況を確認させろと言っているわけだ。今回はエルフたちが俺の客と考えると、あながち無礼な言い分でもない。ふむ……。


「……良いぜ。確認してみろよ、ほら」


 俺はポケットの口を開けて、エルフの方に向けてやった。


 もちろんエルフは何も確認できないだろうが、その後はこう言ってやれば良い。「こいつは所有者しか使用できないようになってるんだ」ってな。


 実際そういう魔道具もあるそうだし、エルフも反論できないだろう。


「ふ、ふんっ……じゃあ、確認させてもらうわよ?」


「ああ、良いぞ」


 恐る恐る、エルフは俺のズボンのポケットに手を突っ込んだ。


 そして――、



「…………っ!!? うそ……何か、ある……っ!!」



 予想外、とでも言うように、エルフの顔が驚愕に染まった。


「何か、大きくて、太くて、長い……生温かいものが……」


「…………」


 それは俺の御立派様だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る