第22話 「あまり強い言葉を使うなよ」


 マチネに続き、エルフにまで御立派様を鷲掴みされた俺だが、二度目ともなると耐性ができるってもんだ。


 俺は狼狽えることもツッコむこともなく、エルフがポケットの中を探るに任せ、泰然自若としていた。


 だが、しかし。


 どうやらエルフは、マチネほどには箱入りではなかったらしい。


「ん? …………これって……? っ!? ~~~~っ!!?」


 見る見る内に顔を真っ赤にしていくエルフ。


 次の瞬間、叫んだ。


「なっ、何てモノ触らせてくれてんのよっ!!?」


 そしてポケットから手を引き抜いて跳び退り、右手を掻き抱くように胸の前で握り締める。


「いきなりどうしたでござる?」

「…………!!」


 一方、シズはひたすら不思議そうに首を傾げ、レオナはエルフ同様、赤面していた。


 どうやらエルフが何を掴んだのか、気づいてしまったらしい。


 というか、どうして俺が怒鳴られなきゃならんのか。おかしいだろ。


「お前が勝手に触ったんだろうが。ちょっと男のイチモツを触ったくらいで騒ぐなよ」


「ちょっとじゃないわよ!? がっつり握っちゃったわよ!?」


「だからどうした。お前、さては男に慣れてないな? 生娘か」


 何歳かは知らないが、どうもエルフは処女のようだ。この程度のことで騒ぐのは、マチネだけにしてほしい。


 呆れた視線を向けていると、何を思ったのか、エルフはハッとして胸を張り、仁王立ちした。今度は怒りではない何かに顔を赤くし、レオナたちの方を不自然にちらちらと窺っている。


「なんだ、リリーベル、やはり処女だったのか……」

「嘘つきエルフでござるなぁ……」


 というレオナたちの呟きからすると、エルフは仲間たちに対して見栄を張っていたらしい。たぶん、経験豊富とでも嘯いていたのだろう。こいつプライド高そうだし。


「だ、だ、だ、誰が処女よ!! 男なんて、そりゃあ、な、慣れてるに決まってるでしょ!! もうヤりまくりの取っ替え引っ替えなんだからっ!! ふ、ふんっ! 今さらアンタの粗末なモノを触ったくらいで、この私が動揺すると思う!?」


 めちゃくちゃ動揺しているが。顔真っ赤だが。


 しかし、「粗末なモノ」……ね。


「ふっ」

「!?」


 俺は思わず失笑した。


 俺の御立派様に対してその発言。もはや自分から処女だと公言しているのに等しい。


「リリーベル……あまり強い言葉を使うなよ」


「な、何よ……!?」


 俺はエルフに嘲笑を向けた。


「――処女に見えるぞ」


「っ!? ~~~~っ!!?」


 ――こうしてエルフが処女であることは白日の下に晒され、俺の「拡張鞄」のことについては有耶無耶となった。


 この後、エルフは顔を真っ赤にしたままテントを作っていた。



 ●◯●



 レオナたちも無事、テントの設営を終えたところで、食事の準備に取りかかる。


 ちなみにレオナたちと俺は別々に食事を用意している。


 レオナたちは手慣れた様子でそこら辺の石を組み上げ、簡易的な竈を作り、すぐそばの森からたきぎを集めて火を熾した。そこでお湯を暖めてスープを作るらしい。今日の昼食は硬そうなパンとチーズを水で流し込むだけだったが、流石に夕食ともなれば温かいものを食いたくなるか。


 俺の昼食?


 屋台で買った串肉(まだ温かい)を5本とパン(白い。高級)を5個とリンゴみたいな果物を2個食ったよ。今日の昼飯は粗食だったから腹が減ったぜ。


 というわけで、レオナたちが準備するのを尻目に、俺はそうそうに夕食を取ることにした。


 買い溜めておいた屋台の串肉や、パンに濃い味付けの肉と野菜を一緒に挟んだ物や、果物に白パンなど、すぐに食べれるものを色々と取り出し、それらを適当に摘まみながら火を熾す。


 といっても、レオナたちみたいに石で竈を組んだり、薪を集めたりはしない。


 にゅるんっと、ポケットから焚き火台を取り出し、さらににゅるんっと、ポケットから購入しておいたまきを取り出して、魔術で火を点けた。


 これはレオナたちみたいにスープを作るわけではない。串に刺したチーズや薫製肉を気ままに炙って、それをツマミに酒を飲むためだ。


 全ての準備を終えた俺は、焚き火のそばに座って食事をし、ポケットから取り出した樽からジョッキでエールを汲んで飲み、たまにチーズや薫製肉を炙ってキャンプ飯もどきを楽しんだ。


「むっ!?」


 しかし、すぐに失敗したことに気づく。まさかこんな盲点があったとは。


「野外で使える椅子とかテーブルとかも買っておくべきだったなぁ……」


 地べたに直座りとか不便だ。探せば椅子になりそうな小さな岩くらいあるだろうが、それも面倒だし。それに食い物も、今は適当な布を敷いてその上に置いているが、ちょうど良い高さのテーブルがあった方が便利に決まっている。


 必要な物は全部買ったつもりになっていたが、やはりこうして実際に野営を経験してみると、まだまだ準備不足だったことが分かるな。


「街に戻ったら、椅子とテーブルを買っておくか……」


 他にも何か、足りていない物があるかもしれない。思いついたら忘れずに覚えておくことにしよう……って、こういう時のためにペンとメモ用紙が必要だな。この世界、植物紙はそこそこ普及しているようだし、探せばあるだろ。


「やれやれ、我ながら準備不足なことだぜ」


 嘆きながら、2杯目のエールをぐびりぐびりと飲み干して――それからふと、視線を感じたので顔を向けてみると。


「「「…………」」」


 唖然とした様子でレオナたちがこちらを凝視していた。


 レオナたちが何を言いたいのか、賢い俺はすぐに理解する。


「ああ、大丈夫だ、安心しろ。俺は樽一つ分飲んだところで、酔わねぇよ」


 たぶん。ドラゴンですから。


「……ち、違うわよっ!!」


 エルフが大声で否定した。


 え? 依頼中に酒を飲んでけしからん――って怒ってたんじゃねぇの?


「あんた、何よその焚き火台は!? 街で買って来たようなまきは!? 樽に入ったお酒は!? 屋台で買ったみたいな食事は!? いったい野営を何だと思ってるのよ!?」


 ああ……そういうこと。


「便利だよな、『拡張鞄』って」


「拡張鞄」があれば、野営で面倒な火熾しも食事の準備もする必要はない。屋台で買った出来立ての食事をそのまま収納して持ち歩けば良いからな。


 ――いや? 「拡張鞄」だと時間経過があるから難しいか? 【亜空間収納】だったら問題ないのだが。


「便利にも限度があるわよ! さっきは有耶無耶になったけど、もう騙されないわ!! あんたのそれ、絶対に『拡張鞄』じゃないでしょ!?」


 ズバァンッ! と、エルフが指を差して叫ぶ。


 俺はエルフからシズへと視線を変えた。


「そんなことより、シズ」


「そんなこと!?」


「お前、それ何飲んでんだ?」


「む? これでござるか?」


「ちょっとシズ!? あんたも普通に会話するんじゃないわよ!!」


「これは味噌汁という、ヤマト料理の一種でござる」


 俺は微かに驚いた。


 レオナがスープを作り出す前、お湯だけコップに貰った後、何かを溶かして飲んでいると思ったら、味噌汁だったのか。通りで嗅いだことのある匂いだと思ったぜ。


「へぇ。お湯だけで作れるのか?」


「うむ、簡単に作れるでござるよ。拙者の作った味噌玉をお湯で溶かすだけでござるので」


 詳しく聞いてみると、味噌に出汁となる節(何の魚で作っているかは不明)と、ネギと海草(わかめ……か?)を入れて丸めた物らしい。そういうの、前世でもあったな。自分で作れるインスタント味噌汁というわけか。


「それ、余ってたら一つくれないか? 代わりに欲しい食い物やるよ、肉とか」


「おお! それは忝ない! それではその串肉と交換で……」


 俺は串肉と味噌玉を交換した。


 それからコップを取り出し、味噌玉を入れ、魔術で水を注いで熱湯に変えた。スプーンでかき混ぜ、飲んでみる。ほぼ完全に俺の知っている味噌汁だった。


「ほう、美味いな」


「――ふおおっ! ギルガ殿は味噌汁の美味しさが分かるでござるか!?」


 懐かしい味に思わず呟くと、シズが興奮した様子で大声を出す。キラキラとした目で整った顔を近づけてきた。近い。


「ああ、気に入った」


「何と! やはり分かる人には分かるのでござるな! レオナやリリーベルなどは匂いが気に入らぬなどと言って飲まぬのでござる」


「そうなのか?」


 レオナを見ると気まずそうに視線を逸らし、エルフを見ると顔をしかめていた。


「まあ、何だ……独特な匂いが、ちょっとな」


「あんた、そんな泥水みたいなの、よく飲めるわね」


 まあ、確かに、この匂い、苦手な奴は苦手なのかもな。


 仲間たちの心ない言葉に悲しそうな顔をするシズを慰める。


「俺は好きだぞ、これ」


「む、ふへへ……!! そうでござるか?」


「ああ。っていうか、こっちの方でも味噌なんて売ってんのか?」


「ふむ……? 味噌は拙者が自分で仕込んでいるのでござるよ。しかし……その口ぶり、もしかしてギルガ殿は味噌を知っているのでござるか?」


「まあな。米が食いたくなる味だ」


「ほう……!! どうやらギルガ殿はヤマト文化にも精通しているようでござるな。手持ちにはないでござるが、家には米の蓄えがあるので、街に戻ったらヤマト料理を御馳走するでござるよ!」


 米もあるのか。


 それは楽しみだな。正直、パンより米の方が好きだし。


「っていうか、家? お前ら、家持ってんのか?」


「うむ。拙者らはパーティーで家を借りて、皆で住んでいるのでござるよ。依頼が終わったら、ギルガ殿を招待するでござる」


 流石はAランク。稼いでんな――と思ったら借家だったか。


 呼ばれたので家には行こう。ヤマト料理とやら、大変に興味がある。


 しかし、エルフが反対し出した。


「ちょっと! こいつをウチに呼ぶ気!?」


「安心するでござるよ、リリーベル。ギルガ殿は紳士でござる。変なことをする御仁ではござらん。拙者には分かるのでござる」


「ほう、よく分かってるじゃねぇか、その通りだ。シズ、ほら、もう1本串肉食え」


「忝ない! 遠慮なくいただくでござる!」


 シズは輝くような笑顔で串を受け取った。


 たまには日本食を食いたくなる時もあるだろうからな。俺の異世界QOLを上げてくれるだろうシズには優しくしておくか。



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