第46話 「何と高潔な精神の持ち主だ……ッ!!」


 ゼロスはオワタ上空で汚ねぇ花火と化し――いや、巨大な火球だったから、割と綺麗な花火と化して成仏した。


 きっとゼロスも、あの世で喜んでいることだろう。


 そんなわけで、残るは有象無象の騎士どもと変態をどうにかして、姫様を回収するだけだ。


 俺は未だにクエスチョンマークを頭の上に浮かべたままの変態たちに近づいていく――と。


「ぁえッ!? いやッ、待て待て待てッ!! 待ってぇッ!!?」


 変態が慌てて叫んだが、待つわけがない。俺は真っ直ぐに近づいていく。


「そうだ一旦話し合おうではないかッ!? 人間には言葉がある!! つまり話せば分かり合えるそうだろうッ!?」


「対話の時間はもう終わったんだよ」


 お前の城から価値あるキラキラが根刮ぎ無くなった時点でな。


「いやちょっ!! えっとあっとそうだッ!! お主めちゃくちゃ強いではないか!! 儂とっても驚いたぞ!? どうだ儂の部下になるというのは!? 部下になってくれればお主が望むだけの褒美を与えようではないか!!!」


「お前には無理だな」


 どう考えても姫様を助けた方が王家に恩も売れるし、俺のキラキラライフ的にはプラスだろう。


「何でぇッ!!? 幾らでも出す!! 幾らでも出すって言っておるだろぉおおおおおおおおッ!!?」


「舐めるなよ、豚。この俺が金なんぞで寝返ると思ったか?」


「くぅッ……!! 敵ながら何と高潔な精神の持ち主だ……ッ!! く、クソッ! ここまでか……!?」


 変態が遂に観念しそうになった、その時。



「「「そうはさせんッ!!」」」



 予想外のことが起こった。


 何と、騎士どもが変態侯爵を守るように、前に立ちはだかったのだ。


 俺はてっきり、侯爵を置いて逃げ出すと思っていたのだが。


 思わず足を止めて、騎士どもに問い質す。


「正気か、お前ら? まさか俺との力の差を理解していないわけでもないだろ? それでもそこの変態を守るつもりか? 言っとくが……俺と戦えば、確実に死ぬぞ?」


 騎士どもが次々と答える。


「舐めてもらっちゃ困るぜ。俺らにも矜持ってもんがあるんでな……!!」

「俺らは元盗賊に、問題起こして家から捨てられた下級貴族の次男三男坊に、故郷に居場所のなくなった戦場帰り……、そんな何処に行っても煙たがられる、居場所のねぇ奴らの集まりさ」

「だが、だからこそここは俺らにとっても最後の砦なんだよ!」

「確かに侯爵サマは擁護できねぇ悪党だが、俺らにとっちゃ気前の良い主君だ。拾ってもらった恩もある。そう簡単に殺らせるかってんだ!!」


「お、お前たち……!!」


「それに諦めるにはまだ早ぇぜ侯爵サマ!!」

「そうだ! 奴らが王女サマを助けに来たってんなら、王女サマを人質にすれば良い!! そうしたら奴らは手出しできねぇはずだ!!」


「お、お前たち……!! 殿下に対して何と外道な手段を躊躇することなく……!? だがッ、事ここに至っては是非もなし!! 儂は王族ハーレムを築くという夢を叶えるまで、死ぬわけにはいかんのだ!!」


「きゃあっ!?」


 侯爵は周りの騎士どもからナイフを受け取ると、機敏な動作で姫様の背後に回り、首筋に刃を突きつけた。


「下郎ども!! 殿下の命が惜しくば動くんじゃないッ!! 武器を捨て、両手を頭の後ろで組め!!」


「きっ、貴様ぁあああああああああッ!! この卑怯者がぁああああああああああッ!!!」


 案の定、アナベルが激昂する。


 しかし困ったな。


 たとえ変態が姫様を本当に殺す気でも、俺なら姫様を殺される前に変態と騎士どもを全員始末することができるだろう。だが、姫様が負傷する可能性は高い。


 死ななければ治癒魔術で痕も残らず治すこともできるし、問題ないと言えばないのだが……やっぱり無傷で助けた方が心証も良いだろう。


 ……ふむ、そうだ。


 ここはレオナたちを働かせるか。


『お前ら、声を出さずに聞け』


 無系統魔術――【念話】にて、俺は声を出さずに思念でレオナたち三人娘に話しかけた。


「「「――――っ!?」」」


 一瞬、動揺した気配がしたが、そこはさすがにAランク冒険者だ。すぐに動揺を抑え込んで沈黙する。


『今から俺が――――するから、お前らは――――しろ。できるか?』


『ふん! 舐めないでよ! それくらいのこと、私たちなら造作もないわ!』


 すぐにエルフから返事がきた。


 よし、と内心で頷き、俺は作戦を開始した。


 と言ってもまあ、難しいことは何もない。


 俺の役割は変態と騎士どもの注意を釘付けにすることだけだ。


「おい! 聞いているのか貴様ら!! 早く武器を捨てて両手を頭の後ろで組むんだッ!!」


 変態が言うのに、俺は傲然と言葉を返す。


「おい、豚。そしてカスども。もし姫様に毛筋一つ程の傷でも付けたら、お前らを殺す」


「――ッ!? こ、こいつ……人質を取っているのはこっちだということが分からんのか!?」

「何て奴だよ……!! 人質取られてここまで動揺しねぇ奴は初めて見たぜ……!!」


「分かってねぇな、ゴミども。お前らは姫様を人質にしたつもりだろうが、俺はお前ら全員の命を人質にしてるんだぞ? 今、お前らの命が無事なのは、姫様のおかげだ。姫様に怪我一つないことが、お前らの生き延びる絶対条件だぞ? 分かったら、姫様に細心の注意を払い、蝶よりも花よりも丁重に扱え」


「~~~~っ!!? だっ、だがッ!! 殿下の身がこちらにある限り、貴様らとて儂らには何もできないはずだ!!」


「豚、もしかしてお前は、俺と交渉してるつもりか? 少し……頭が高いぞ?」


 俺はおもむろに空を指差す。


 そして、魔術を発動した。


 火系統魔術――【ファイア・ボール】


「「「――――ッ!?」」」


 巨大な火球が忽然と宙に出現し、変態どもが顔をひきつらせ、動揺する。


「これはこの街の門を吹き飛ばした魔術だ。たとえば……今からこれをお前らに向けて撃つ。その時、お前らは全力で姫様を守らなければならない。もしも姫様に火傷一つでも負わせたら、俺はお前らを皆殺しにする。惨たらしく、できるだけ苦しむようにして殺す」


「「「――――っ!!?」」」

「な、何て無茶苦茶な言い分だ……!!」

「理不尽にも程がある……ッ!!」

「イカれてやがるぜ……!!」

「ひ、人質取られた奴が言うセリフじゃねぇぞ……っ!!」

「何で俺たちの方が脅されてるんだよッ!?」


「だが、俺は慈悲の心を持つことで有名だ。5秒以内に姫様を解放しろ。そうしたら、お前らの命(だけ)は保証してやろう。さあ、いくぞ? 5……4……3……」


 と、ゆっくりカウントダウンしていく。


 変態と騎士どもは迷う様子を見せながらも、まだ動かない。


 姫様がいるのに、俺が火球を放つわけないと思っているのか、それとも姫様を解放すれば俺が約束を破って自分たちを皆殺しにすると思っているのか――あるいはその両方か。


 どっちであろうがどうでも良かった。


 すでに姫様の安全は確保されたからだ。



「――貴様ら全員動くなッ!!」


「「「――――!?」」」



 叫んだのはレオナだ。


 レオナはいつの間にか変態侯爵の背後へ忍び寄り、後ろから腕を伸ばして侯爵が姫様の喉元に当てていたナイフ――それを持つ腕を掴んでいた。


 そしてもう一人。


「動くなでござる。拙者のナイフにはオークも5秒で死ぬ毒が塗ってあるでござる。人間ならかすり傷でも死ぬでござるよ?」


 侯爵の背後からシズが、ナイフを侯爵の喉元に当てていた。


「てっ、てめぇらッ、いつの間に!?」


 騎士どもが動揺しているが、答えは簡単だ。


 俺が変態どもの注意を引きつけ会話している間に、リリーベルが水と風系統の複合魔術――【ミラージュ・ミスト】をレオナたちに掛け、姿を隠した二人が変態の背後にひっそりと回り込んだだけである。


 背後を見れば、ご丁寧にもリリーベルの足元にレオナとシズが手に入れていた財宝が、小さな山となって置かれていた。まあ……あれで動いたら音が鳴るからな。


 とにかく、これでミッションコンプリートだ。


「こ、ここまでか……!!」


 ようやく諦めの声を発し、騎士どもは武器を手放し、地面に投げ捨てていく。


 俺はレオナによって拘束の解かれた姫様に声をかけるべく、近づいていった――と。


「ま、待ってくれッ!!」


 俺の行く手を阻むように、巨漢の騎士が前に出てきた。


「頼むっ!! 自分はどうなってもいい! だがっ! どうか侯爵様の命は奪わないでくれっ!!」


「む!? 貴様、なぜそこまで……!?」


 と、当の侯爵が困惑しながら声をあげる。


 それに巨漢の騎士は顔だけで背後の侯爵へ振り向き、答えた。


「自分は……侯爵様のこと、性的に、好きだから……!!」


「…………」


 一瞬の沈黙。そして――、


「邪魔だ」


「ゴフェアアアアアアアアアアアッ!!?」



 ドガァアアアアアアアアアアアンッッ!!!



 俺は道を塞ぐ騎士を蹴り飛ばした。


 巨漢の騎士は地面とほぼ平行に飛んでいき、訓練場の壁に激突。激しい破壊音を撒き散らしながら壁を破壊し、その向こうへと消えていく。


 まったく、邪魔すんじゃねぇよボケが。


「「「も、モーホぉおおおおおおおおおおおっ!!?」」」


 と、おそらくは巨漢騎士の名を騎士どもが叫ぶが、極めてどうでもいい。


 俺は騎士どもが自然と空ける道を通り、恐怖と緊張のせいか、瞳を潤ませている姫様の前に立った。



「怖い思いをさせてすまなかった。だが、もう大丈夫だ、姫……!!(爽やかな笑み)」



 報酬は弾んでくれて構わない。


 国宝級かぁ……いったい何個貰えるのか、今から楽しみだぜ……!!


「ぎ、ギルガ、しゃまぁ……!!」


「おっと、大丈夫か?」


「だ、大丈夫、でしゅぅ……!!」


 姫様は安心して足に力が入らなくなったのか、倒れるように俺の方へ飛び込んできた。おまけに呂律も回っていない。変態に誘拐されて、だいぶ怖かったようだな。


 無理もない。俺も女だったら、これ以上の恐怖体験もないだろう……!!


 多少の同情を覚えた俺は、優しく姫様の背中を撫でてやった。


「あひんっあひんっ!!」


 姫様の声ではない。念のため。


 変態侯爵の声である。


 奴はなぜか、こちらを見ながらびくんっびくんっと体を震わせていた。


「こ、これが……寝取られというものか……ッ!!」


「気持ち悪い……」

「気持ち悪いでござる……」


 傍で侯爵を拘束しているレオナとシズが、大変に気持ち悪そうに言った。


 とにかくまあ、これで緊急の依頼も無事に終えることができた。城にキラキラがなかったら、オワタが地図上から消滅することになっていたかもしれないが。危ないところだった。


 俺は声を張り上げ、撤収準備に移ることにする。


「それじゃあ、面倒な後処理とかはクレイグに任せて、俺たちはレスカノールに帰還するぞ!!」


「「「了解!!」」」




















「――え゛っ!!?」



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