第42話 「俺は……最強だ」

【ミスティア姫視点】



 手首を縄で縛られたまま、半裸のクゾォーリ侯爵に連れて行かれたのは、城の敷地内に設けられた兵士たちの訓練場でした。


 もうそろそろ日も落ちようかという頃合い。空は藍色に染まり、地上は急速に夕方から夜へと変わりつつあります。ですが、訓練場の四隅や壁際には幾つもの篝火が焚かれ、暗がりからの奇襲を警戒するように多くの灯りが灯されています。


 その中に、優に100人は超えるだろう完全武装の騎士たちが、整列しながら待っていました。


 ――オワタ騎士団です。


 規律ある整列と待機の姿は訓練された者たちの証でしたが、一人一人の顔を見ると何処かにやけていたり、微かに私語が聞こえてきたりと、王国騎士団と比べれば規律の緩みが窺えます。


 けれど、何処か上品な王国騎士団とは違い、暴力に慣れ切った雰囲気を放っていました。


 極悪な盗賊などの荒くれ者たちを訓練すれば、このような騎士団が出来上がるのかもしれない。そう思わせるような者たちです。


 そしてその集団の先頭に、見覚えのある者を見つけました。


「ゼピュロス……っ!!」


 私を攫った張本人。


 鋭い目つきをした男が、以前見た時とは違って、騎士然とした金属鎧に身を包み、腰には相変わらず魔人剣を提げていました。


「よう、王女様」


 ニヤリと笑ったゼピュロスが私に声をかけてきます。


「元気そうで何よりだ。俺も賊どもから助けた甲斐があるってもんだぜ」


「くっ、どの口が……っ!!」


「まあそう怒んなよ。あんたのお付きの騎士どもと違って、別に死ぬわけでもねぇんだからよ」


「…………っ!!!」


 ぎりっと、私は歯を噛み締めます。


 この男によって殺された者たちの顔が次々と浮かび、怒りと憎悪で視界が真っ赤に染まるようでした。


「それに、もうゼピュロスじゃねぇ。その名前は捨てたんでな。今はゼロスだ」


「おい、ゼロスよ」


 と、クゾォーリ侯爵が口を開きます。


「お前が騎士どもを殺し損ねたせいで面倒なことになった。分かっているな? 奴ら、厄介な魔術師を助っ人に連れて来たようだが……今度は確実に始末せよ」


「わーってるよ、侯爵サマ。俺も出来の悪い部下のせいで困ってんだ。まさかあの人数で殺し損ねるなんてよぉ……」


 ゼロスの口調はひどく気安いものでした。明らかに主に対する言葉遣いとは思えません。ですが不思議と侯爵も、そのことに対して不快感を見せる様子はありませんでした。


 もしかしたらゼロスは、侯爵の配下というよりは、何らかの利益で協力している関係にすぎないのかもしれません。


 だとしたら侯爵が与えるよりも大きな利益を提示することで、ゼロスを寝返らせることもできるかもしれませんが……この男は私の大切な仲間たちを殺したのです。それが可能だとしても、到底そうする気にはなれませんでした。


「まあ、安心してくれや侯爵サマ。おそらく東門を破壊したのは儀式級相当の大魔術だ。人数がたった6人しかいねぇのは疑問だが……大量の魔石や高品質の魔力触媒があれば、少人数でも高位魔術師が揃ってればできないことはねぇ。そしてだからこそ、あれだけの大魔術をすでに使ってるんだ。かなり消耗しているはずだし、そもそもこの俺の前で、悠長に大魔術どころか高位魔術を準備する時間も与えねぇよ」


「ふんっ、それは分かっておる。だが、高位魔術相当の単一術式特化型魔杖を持っている可能性もある。それは大丈夫なのだろうな?」


 高位魔術相当の単一術式特化型魔杖ともなれば、それは国宝級の逸品です。誰が助けに来てくれたのか分かりませんが、普通に考えれば持っている可能性は限りなく低いでしょう。


 しかし、侯爵の思い違いを笑う気にはなれませんでした。


 むしろ、私を誘拐した理由のバカバカしさに反して、侯爵は腹立たしいほどに慎重です。


「おいおい、高位魔術をノータイムで発動できたからって何だってんだ? たとえ6人全員がそれだけの魔杖を持ってたとしても、この人数差だ。問題なんてねぇよ。それに……」


 コンコンっと、ゼピュロスは魔人剣の柄頭を指で叩いてみせました。


「いざとなれば、俺もこいつのを使う。侯爵サマも知ってんだろ? こいつの力を解放した俺は……最強だ」


 魔人剣の……真の力?


 いったい何のことでしょう? 私が知らない何かが、魔人剣には秘められているというのでしょうか?


「ふむ……まあ、確かにそうか。だが、ゆめゆめ油断などするなよ?」


「心配性だなぁ、侯爵サマはよ」


「バカめ。いつもは慎重すぎるくらいに慎重に、そしていざという時には大胆に。それが成功するコツなのだ!」


「へっ、そうかい。だとしてもまあ、戦いに関しちゃ大胆になっても良いだろ? ここは俺に任せてくれや」


「……良いだろう。だが、そうだ……殿下の護衛騎士を務めている金髪の小娘がいるはずだ。そいつは殺すな。殿下の前で、お前らで嬲ってやれ」


「ひゅ~っ! そいつは良い! そういや女は他にも三人いるらしいが……そいつらも好きにして良いかい? バカどもが溜まってるみたいでね。前は全員始末しなけりゃならなかったが、ここなら良いだろ?」


「ふんっ、好きにしろ。だが、手こずるようなら欲を出さずに始末するのだぞ?」


「分かってるって。任せてくれ」


 途端、騎士たちの間から歓声があがりました。


「さっすが侯爵サマだ! 話が分かるぜぇ!!」

「よっ! 最高の主!」

「あんたがナンバーワンだ!」

「あの、自分、女じゃなくて男で遊びたいんですけど……良いですか?」

「おめぇは黙ってろ」


 くっ……!! 下衆どもめ……っ!!


 他人を踏みにじることしか考えていないような、このような輩には嫌悪感しか抱けません。


 ですが、この者たちが危険であることは事実。


 アナベルたちが助けに来てくれたことは嬉しいですが、やはり素直には喜べません。ここに来てしまったら、アナベルたちは……!!


 しかし、私にできることなど今は何もないのです。自らの無力を嘆くこと以外には。


「それではゼロス団長、直に襲撃者どもがここにやって来る。しっかり頼むぞ?」


「ああ、任せてくれや」


 そして侯爵やゼピュロスたちは、襲撃者――アナベルたちが訓練場までやって来るのを、待ち始めました。




「「「…………」」」


「ゼロスよ」

「おう」

「奴ら、遅いのう」

「……おう」


「「「…………」」」


 ――襲撃者だぁ……!!!

 ――誰か……そいつら……止め……!!!

 ――うあああぁぁぁ……!!

 ――邪魔だ……ぁぁ……!!

 ――正義正義正……ぃ……!!

 ――ドガァアアァァ……ン……!!


 妙に静かな訓練場に、城内の騒乱の音が遠く響いてきます。


「侯爵サマ」

「うむ?」

「……見てっか?」

「うむ。……ああいや、待て。お前が抜けている間に奴らが来ては面倒だ」

「なら、誰か他の奴らに」

「う~む……いや、使用人どもには殿下の居所を聞かれたら、ここの場所を答えるように言いつけていたはずなのだ。だからこちらから探すまでもなく、奴らはここにやって来るはず……」

「じゃあ、もう少し待ってみるか……?」

「うむ……その方が良いだろう」


「「「…………」」」


 …………。


 夜風が少し、肌寒いですね。そういえば、勝手に着せ替えられたネグリジェ姿でここに来ていますし……。


「そういや侯爵サマ、あんた、何でそんな格好してんだ?」

「ふっ、分からんのか? 殿下とおせっせする直前だったからだ!」

「いや、寒くねぇのかよ?」

「案ずるな。我が性剣に滾った熱が、今も全身に巡っておるわ。それにこれから目の前で配下の者どもが嬲られる姿を見て殿下が絶望する顔を見れるかと思うと、むしろ暑いくらいだわい!! げひゅげひゅげひゅっ!!」

「ああ、そう……」


 本当に気持ち悪いなぁ、こいつ……。


 頭に隕石が落ちてきて死ねば良いのに……。


「「「…………」」」


「……どうする? さすがに、見に行かせるか?」

「うむ……!! そうだな、そろそろ、さすがに……む!? いや待て!!」


 その時です!


 ――ドオォォ……ン……!!

 ――ドオォォ……ンン……っ!!

 ――ドオオオォォ……ンンっ!!!


 何か爆発のような轟音が、この場に向かって近づいて来ているのが分かりました。音は段々と大きく、そして近くなっていきます。


 そして――、


 ――ドオオオオオオオオォォンンっっ!!!


 と、訓練場の壁の一角が、外側から爆破されたように木っ端微塵に吹き飛びました。


「「「――――っ!!」」」


 それまで弛んでいた騎士たちの雰囲気が、途端に引き締まります。


 立ち込める土埃の向こう側に、微かに人影が見えて。


 何人かの人影の内の一人が、叫びました。


「姫様!! ご無事ですかっ!!?」


 アナベル! アナベルです! 間違いありません!!


 ああ、アナベル……しかし、来てしまったのですね……!!


「――って、貴様らぁあああああっ!!? 儂の城を壊すんじゃなぁああああいっ!!! 普通に廊下を歩いてやって来んかぁあああっ!! 何を壁をぶち抜いて来ているぅううううううっ!!? 猪の魔獣か何かか貴様らはっ!!?」


 侯爵が叫び、そして――土埃が晴れた向こう側に、彼らが姿を現しました。


 内2人は、予想通りにアナベル、そしてクレイグの2人。その他、6人の内3人は冒険者と思わしき女性たちで、巨乳のエルフと妊婦の斥候らしき少女に、やたらと装飾品でゴージャスな獣人の女性です。


 何なのでしょう、あの冒険者たちは……すごく変わった集団ですね。


 そして、最後の一人、集団の先頭に立っている男性は……、


「――え? 嘘……なぜ……っ!?」


 私は目を瞪りました。


 鮮烈なほどの赤髪にドラゴンのような瞳。高い身長と隆々とした筋肉をお持ちの、強面だけれど整った顔立ちの男性は……、


「ギルガ様っ!?」


 それはキプロス山に向かう道中、一度だけ出会ってお話をした、推定竜人王族のギルガ様でした。


 しかし、なぜ、ギルガ様がアナベルたちと一緒に、ここへ……?


 あまりに予想外すぎて、困惑のあまりに思考が停止する私に、しかしギルガ様は周囲の侯爵にも騎士たちにも目もくれず、ただ私だけを真っ直ぐに見つめて、こう言ったのです。




「助けに来たぜ、姫……!!」




 どこか一仕事終えたように清々しく、爽やかな笑みで。


 もう何も心配することはないとでも言うように。


 私は、私は……その笑顔に…………





















 ――ズキュゥウウウウウウウウウウウンンっっ!!!!!



 と。


 何かに心臓を射貫かれてしまったような、そんな心地がしました……!!



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