第37話 犯人は……

 時間は三時半を回っていた。予定ではもうすぐ船便が着くはずだ。

「何よ、探偵さん。全員食堂に呼び出して」

 自分の席に座っている神門は聞く耳を持たないようで、身体を机に預けていて、豊かな胸を圧迫させていた。

「そうよ。あたしたちは帰る用意をしたいの。早くこんなところから出たいの」

 と、座っている響花も苛立っているようで、貧乏ゆすりを始めた。

「まあ、落ち着いてください。皆さんに集まっていただいたのは、他でもない。犯人が分かったんです!」

 真は両手で食堂の机を押すように叩いた。

 一瞬全員驚いた表情を見せたが、すぐに玉葉が口を開いた。

「犯人って伊知郎君じゃないの?」

 そう言ったのだが、真は食堂の周りをゆっくりと歩いた。

「本当に犯人は伊知郎さんだと思いますか? 玉葉先生?」

「だって、みんなそう言ってるじゃない。それに、くるみちゃんだって襲われたんだし、そんなこと深夜にするのは姿を現さない伊知郎君しかいないじゃない」

「もし、犯人が伊知郎さんだとしたとして、何らかのトリックを使い、葉子先生を殺害したとしましょう。そうなると、どうして伊知郎さんは姿を現さないんですか?」

「それは、行方をくらました方が、くるみちゃんを狙いやすいからじゃない?」

「玉葉先生。もし僕が伊知郎さんのような犯人だったとしたら、何らかの方法で葉子先生を殺害した後、何食わぬ顔で、正面玄関から入ります。まあ、返り血を浴びていたとしたら、服を着替えるか、それとも嵐の雨で洗い流した後に焦った顔をして入ります」

「それは、あなたの見解でしょう?」

「では、何故伊知郎さんがこの暑い夏に、しかも嵐の中で蛇も出るかもしれないこの場所に、食べ物もないのにわざわざ一泊するつもりですか?」

「それは……、厨房の食べ物を盗んだとか?」

「厨房の食べ物は盗まれてないぞ」

 そう言ったのは中田だった。彼は冷静に腕組みをして玉葉を見ている。

「と、いうことは……」

「こうは考えられませんか。例えば伊知郎さんがもし誰かに殺されていたとしたら。しかも、誰も見られていない場所に……。そして、誰にも気づかれないように彼を葬ったとしたら、いくらでも伊知郎さんを犯人に仕立て上げられることが出来る」

 すると、沈黙が一気に訪れた。つむぎは思わず鳥肌が立っていた。

 自分の中では伊知郎という人物は生きていると思っていたからだ。尚且つこの離島の中で潜伏しているとも思っていた。だから昨日洋館に入ってから一歩も外に出なかった。

 その沈黙を破ったのは響花だった。

「バカバカしい。どっちにしても、もう船に私たちは乗って帰るのよ。今更事件のことを掘り起こそうとしたってどうするの?」

 立ち上がっていた彼女を真はなだめた。

「まあ、響花先生落ち着いてください。真犯人は、本当は伊知郎さんを犯人にしたかった。その為のトリックを多分色々考えていたとは思います。しかし、今回の葉子先生の殺害は突発的だったのです。慌てた犯人は、色んな方法を使って、何とか伊知郎さんがさも生きているかのように仕向けていったのです」

「それで、誰なんだ、犯人は」

 能美は恐怖もあるとは思うが、それ以上に興奮していた。

「犯人はこのままだと一番自分が怪しまれる。そう思って、一番疑われない方法を取ったんです。そう、自分が狙われたようにすればいい」

 その言葉を聞いた時、つむぎはハッとした。

「そうですよね。くるみさん!」

 真は真摯な顔つきで彼女に指を差した。

 くるみは両手を両肘の上で握りこぶしを作り、誰にも見ないように俯いていた。


「まさか、あんたが葉子先生を殺したの?」

 響花は思わず口をあんぐりした。

「そうなの? くるみちゃん」

 玉葉はくるみを見る。

 くるみは突如天を見上げて高笑いを見せた。

「ハハハハハ……。面白いですね。私は被害者なのに犯罪者にするなんて。言っときますけど、私は深夜にナイフを持った人に襲われたんですよ」

 そう睨みつけるくるみに対して、真は静かに言った。

「あなたは元々護身用に持っていたバタフライナイフで、自分の右足を刺した。あなたの傷口には自分が刺したとしたらピッタリ合うんです。それに可笑しくないですか? 犯人はつまずいてあなたを刺したんですか? そうでないと膝を狙うには変ではないですか?」

「確かに、そう考えると変よね。普通襲われるんだったら、胸に近い場所に刺すはずなのに、犯人はどうして足を狙ったのか……」

 と、玉葉。

「そんなこと知らないわよ。とにかく私は狙われたんですよ。それに葉子先生の件はどうなんですか。私が恩師を殺すなんて」

 くるみは涙を浮かべている。それを見て真はせせら笑った。

「……分かりました。席を移動しましょう。二階の葉子先生のところに皆さん行きましょう」

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